あなた方は聞くには聞くが、決して悟らない。
 
見るには見るが、決して認めない。
 
 
どうしようもない「私」に手をさしのべ、救ってくださる神に全面的に信頼できると悟った(悟らされた)瞬間、悔い改めの気持ちは、神への「賛美」に変容する。
 
塵芥にすぎないこのわが身をなぜか慈しむ神のわざの不思議。悔い改めと賛美は表裏一体ということである。
 
この文章は、川村信三神父が書かれているものです。
 
クリスチャンは、よくカトリックとプロテスタントに区別したがります。
 
川村神父さんの文章のどこに、プロテスタントとカトリックの違いがあるのでしょうか。
 
クリスチャンは、同じ神とイエス様を信じているのです。
 
イエスの受難は、「すべて」の人への「ゆるし」のためである。
 
スペインの神学者カファレナの言葉。
 
聖体を受けている、受けていないが、神への道ではありません。
 
悔い改めて、神を賛美する者が、神の国に入ることができるのではないでしょうか。お願い
 
 
 

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