29日福岡での、園芸福祉の講座でした。
その日の朝からうさの調子がおかしかったようで
夫からメールが。
「どうしよう、全然立てないし、ご飯もほとんど食べない」と。
大好物のパインも食べられないとのこと・・
パインが食べられない、って。
その前日の朝には飛びつくみたいにして食べていました。
ほんとに大好物だったのです。
いよいよかもしれない・・
と思いました。
でも、園芸福祉の講座は年に一度の開催。
以前から、必ずしも「そのとき」に立ち会えないかもしれないと自分に言い聞かせていました。
立ち会えないかもしれない、
でも、うさにとって、わたしにとって、一番いいときに、
そのときが来る、と。
お昼に連絡したら、もう抱いていても、起きられない
とのことで。
電話をうさの耳の近くにやってもらって、
うさー!!うさー!!と叫びました。
夫にお願いしたのが、もしものことがあっても、知らせないで。ということ。
泣いて帰りの運転できないから。
お昼休憩に、講座を一緒に受講した方々と
うさぎが・・・とお話したら 「動物、じゃなくて、家族ですよね」
と、言ってもらって、優しい方々とのご縁にも感謝。
「もう、覚悟はしてるんですけど・・」と、話していました。
講座のときに視覚障がいの方に、感触の心地よい植物選定・・という話で
ラムズイヤーを先生が、近くの花壇から持ってきてくださっていて
他の参加者の方が「ラムズイヤーのラムって、、、」とおっしゃったので
「羊だけど、羊より、うさぎの耳の方がそっくりですよね」
と話して、うっと泣きそうになってしまいました。
実習が終わって、
席についているときは、
うさの耳をなでていた、その感覚につながりたい、
離れたところにいる、うさと、
深いところでつながりますようにと
一心にラムズイヤーの葉を触っていました。
少し早めに、16時ごろ、講座が終わって、いそいで、帰りました。
もう、間に合わないかもしれないけど、もしかしたら間に合うかもしれない、と思ったから。
いつも、ちんたら運転なのですが。二時間半たらずで、着きました。
夕方6時半ちょっと前。
二階に電気がついてて、夫が泣いていました。
14時50分だったそう。
ちょうど、わたしが、ラムズイヤーをなでていた時間でした。
うさは、冷たくなっていて。
横たわっていました。
いっぱい泣きました。
そのあと、夫と、体の汚れたところを拭いてやりました。
死の恐怖を和らげると言われている、メリッサ
レモンバームを夫と一緒に摘んできて、
体の周りたくさんに並べてやりました。
なでてやっていると、開いていたうさの目が閉じて、
夫が
「やっと眠れたのかな」と言っていました。
食事はあんまり量は食べられなかったけど
私たちは生きているわけだから
日常をちゃんと過ごそうと、
いちおう食べました。
そうすることに罪悪感を感じたりせずに
生を大切にしようと。
翌日はヒプノセラピーの講座
目が、水膨れのように腫れていましたが
このタイミングは、絶対にうさがくれたタイミングだと
朝から、講座の課題を書きました。
それは、自分のこうありたい、という状況を書くものなのですが
今までにないくらい
生を大切にしたいという思いと言葉が詰まっていて
自分でも、驚きました。
ハーブの花を夫と一緒に摘んで
うさのお墓に一緒に埋めてやることにしました。
心のどこかでは ここにはもういないなぁと思いながら
この儀式の中で手放そうとしている思い
癒そうとしているものがあるんだろうなぁと。
うさをいっぱい撫でて
夫とふたりで、いっぱい泣きながら
でも優しい光の中で
夫と一緒に家の中からお墓を眺めて
珈琲を飲んで
儀式は終わりました
講座に行って、うさのことを話したら
先生のKaoriさんがウルウルと。
「ごめんね、感じやすくて」とおっしゃってましたが
不思議にそのときに ものすごく。
癒されました。
人間って不思議だなぁと思ったのです
繋がっているという感覚
それこそが癒しをもたらすのかもしれないなぁ
・・・やはり、うさがくれたタイミングだと思いました。
つづく。
(ほぼ、自分のために書いています
これも、儀式だと思います
長々とまとまらない文章・・・読んでくださった方
ほんとうにありがとうございます。)