今から 30年以上も 昔

安全な食の流通を 覗いてみたくて

事務補助パートとして応募し 採用していただけた職場 

らでっしゅぼーや

有機 ・ 低・無農薬野菜の戸別宅配サービス業者

創業1988年

私が週3日で通勤しだした頃は

2年目くらいの若い職場でした。

 

スタッフの方々は全員 転職派 個性的な人物の集まりでした。

当時のセンター長に怒鳴られながらも手探り状態で

彼らはよく頑張っていました。

 

20人以上は いたかと思われるパートの人々

少なくとも私にとって とても居心地よい職場でした。

(10年間お世話になり 英語指導職 1本にしたく 

2000年に退職しました。)

今のらでぃっしゅぼーや

https://www.radishbo-ya.co.jp/brand/

 

 

そして

 

1995年 今から 25年前

らでぃっしゅぼーや勤務5年目の頃

 

 

3月に母が旅立ったのが ターニングポイントで

幼いころから 何でも姉の真似をしたがっていた私は

そのころも

姉が専門職とする介護の仕事を

私も携わってみようと思いました。

 

英語指導も含め しばらくは

事務パートしながら 

何足かのわらじを履きながらの 

自分ができるであろう仕事に

挑戦し続けました。

 

ケアテンプに登録し 研修終了した ある午後

山手線 五反田駅で 初対面の受講者の方と 電車で帰路に

その方は Suicaの前身イオカード(プリペイドカード)を持っていたのか 

さっさーと改札口を通過

 

私は切符を買わなければいけなかった

精算するつもりで 急いで一区間だけの切符を買い 

同伴者と一緒に乗車 

 

その方が下車され 一人になったので

本を読み始めた 

何の本だったか 思い出せないが

 

ある文字が 私の目を釘付けにした 

 

 

 

 

 

1000円

 

1000円?!

 

 

 

 

がぁ~ん わ・た・し 

 

 

お・つ・り 

 

 

わすれたぁ~!!

 

 

1000円さつ 9まい!!

 

 

 

1万円札で 130円の切符を買い 

ジャラジャラと でてくる 小銭だけをつかんで 

改札口を通過する彼女のあとを追いかけたのでした。

 

1000円札 9枚 の おつりをとらずに 

 

小銭が出て お札がでてくるまでの ほんの一瞬に

私は急いで 小走りで改札へ、、あ~あ~

 

戻る気力もなし 切符を買う次の乗客の手に渡ってしまうのは当たり前

「あきらめよ!!」 と 自分に言い聞かせ

 

重い だるい 気持ちで 一夜を過ごし

 

あくる日 職場へ 

昼休み中 失敗談の一つとして パート仲間に伝えました。

 

 

 

 

仲間の一人が 

 

「電話してみたの?電話してみたら ダメもとで、、、」

 

言われるまま その場で 電話

 

 

 

 

なんと!! 奇跡のような出来事でした!!

 

 

届けてくれていたのです。9000円を!!

それも 20才前後の男性の学生さんに!! 

名乗らずに 届け 去って行ったと!!

 

その 誠実で 善良な若者に 感謝しているつもりで

五反田駅の 遺失物保管室担当の駅員さんに

何度も 何度も お礼を述べて 

何度も 何度も お辞儀をして

ルンルン ホカホカ 気分で五反田駅を後にしました。

 

 

長い我が人生

懲りずに 急ぎすぎて失敗すること 多々あるのですが、、、

 

人に助けられ 支えられたあの日の 

幸せが舞い込んでくる

感情が「負から正」に入れ替わった瞬間は忘れられません。

 

両手を天に仰ぎ 

会えなかったその若者に 感謝キラキラ

駅員さんに 感謝キラキラ

パート仲間に 感謝キラキラ

すべてに 感謝キラキラ

 

「小さな幸せ たくさん経験してきているはず!!」

「一番身近な夫にはもちろん 感謝しつづけよう。」

「どんな些細な苦楽にも 愛しみ 感謝しよう。」 

私の信念です!!

 

P.S.

介護のお仕事では 記事には書けないくらいの

貴重な経験をさせていただけました。

2000年3月 英語指導職 1本にするため 

介護職から離れることにしました。