発達グレーゾーンの子供がいます。


幼稚園の頃に一筋縄でいかないことに疑問を感じる。

ちょうどその頃に発達凸凹について学ぶ機会に恵まれ、目から鱗。


誰しも凸凹はあるが、その差が大きいと普通に合わせるのが難しく学校などで支障が出る。


診断することよりも、その子の特性を理解することが大事。


当時は診断されたとしたら、ADHDとASD傾向があったと思われます。


療育や通級で言われたのは、

成長と共に凸凹は目立たなくなっていく。ということ。


でも、当時の私は今困っていることをどうにかしてー!でした。

トライアンドエラーを繰り返し、

すぐにはどうにか出来ないことを理解し、

small stepで子供の苦手なところをフォローし、得意は伸ばす。


様々な体験をさせてきました。

西洋薬に頼らない、もっと根本的な部分を診てくれる病院にも通いました。

(発達しょうがいは、栄養不足偏りの部分もあるらしい)




小学校高学年になるとADHDの面は目立たなくなりASD傾向はあるものの療育通級は卒業し、見守り体制に。

先生方の言われていたことは本当だった。

いや、でも当時は苦しかったし夕方の学校からの電話が恐怖でした。


中学校でも、先生の見守りは継続。

内申が取れるか心配だったが、子供が変わった。

興味のない勉強にも教科書を出し取り組めるようになった。


ただ、他人の気持ちが読むのが苦手で周りに入れない。

周りは良い子が多く、この子は静かにしたいんだね、ってことでイジメはない。

が、子供は友達と仲良くしたいと思ってそう。


特に中3は、この先のことを見据えて仲良しとクラスを離したのかな?

って感じがあり、つまらなさそうな顔をしている子供を見て、母は切なかった。


そんな、中学生生活。

子供なりに、友達を1人、2人と増やしていった。

それだけで上出来成長。


卒業式。

小学校の頃は友達と1枚写真撮ってさっさと帰って行ったのが、中学校は何人かの友達、部活で写真を撮っていた。

それだけで母は嬉しい。


持ち帰ったアルバム。

寄せ書きには男女関係なく、たくさんの寄せ書きをもらっていた。


小学校では他害があった子が、中学校では、

〇〇は優しい!

って書いてあった。

文集には子の知らない一面が書いてあり衝撃。

ちゃんと成長してる。

母は涙がとまらない。


4月から高校生。

高校でも特性についてはお伝えした。


高校は偏差値で分かれてゆくので、色んな子のいた小中と違い、きっともっと過ごしやすくなると思う。

子供の選んだ高校は、勉強をそれなりにしないと入れない高校なので元気もあるが基本真面目。

笑顔が溢れる高校生活になるといいなー。

と、母は願います。


振り返ってみると、

やはり発達の凸凹はsmall stepでやっていくしかないので親の覚悟も必要なのと、理解ある先生に担任になってもらうと自己肯定感が育ちやすい。

先の見えないトンネルはない。

凸凹に合った進路に進めば本人も生きやすいと思います。


でもね、正直ここまで本当に長かった。

少し手を離しつつ引き続きフォローしていきます。