トヨタ「良き企業市民」への苦闘 米国から世界へ (2018/4/5 日本経済新聞 工藤正晃)
トヨタ自動車が米国市場に初めて名古屋港からクラウンを輸出してから60年が過ぎた。大きく成長する一方、貿易摩擦の矢面に立たされるという逆風も繰り返されてきた。今もトランプ米大統領の「口撃」は市場に激震を起こし、各国の企業は固唾を飲んで見守っている。米国に根付いて「市民権」を得ようというトヨタの苦闘は続く。
■米テキサスから情報発信

1957年、米国に車を初めて輸出(トヨペット・クラウン)
「未来のモビリティー社会という誰も登ったことのない山頂を目指す」。1月10日、豊田章男社長は愛知県ではなく、テキサス州で米国社員の前にいた。2009年の社長就任後、海外での年頭あいさつは初めて。グーグルなど異業種の巨人を挙げ、英語で「心を一つにし壁を壊し、限界を越えよう」と中継先の世界37万人に挑戦を訴えた。
人工知能(AI)などの技術革新で車の姿は劇的に変わる。50年に7兆ドル(約740兆円)市場とされるモビリティー産業の競争は激しく、米国を世界発信の場に変えつつある。舞台の中心は17年7月にテキサス州で始動した北米新本社だ。
売れ筋モデルの北米現地調達率
9月、新本社では「失敗すれば株価が崩れる」と緊張感が漂った。世界各地からトヨタ株の2割を持つ機関投資家を招く試み。豊田社長は65分にわたり、創業理念や先端技術の備えを語り「成長は持続可能であるべきだ」と長期視点を求めた。
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