漫画家 折原みとさんが書いたバッシングの中 差し伸べられた救いの手に関する記事を取り上げます。

 

 

2004年11月25日、秋篠宮殿下は39歳の誕生日会見で、異例ともいえる発言をされました。件の「人格否定発言」に関して、「記者会見の前に陛下に話をするべきだった」と、弟が兄に苦言を呈したのです。

 

 文仁親王殿下お誕生日に際し(平成16年) – 宮内庁

 

そして、その1カ月後の12月23日、今度は父である当時の天皇陛下が、「人格否定発言についてまだ十分に理解しきれぬところがある」などと言及されました。お身内から相次いで発せられた批判的な言葉。それに対し、翌2005年2月、45歳の誕生日会見において、当時皇太子だった陛下は、こう意見を述べています。

 

「陛下のお考えも、秋篠宮の考えも、私の考え方も同じ。話し合いを続けることで理解は深まる」

 

と前置きした上で、キッパリとこう言い放った。

 

「どこの家庭でも同じように、世代間の考え方の相違はあると思います」

 

デンマーク・ポルトガル・スペインご訪問に際し(平成16年) – 宮内庁

 

穏やかな口調ながらも、どこか頑ななその言葉に、皇室ご一家の中に不和が生じているのではないかと、何やら不安な気持ちになったものです。そんなこともあって、当時の皇太子夫妻には「皇室の問題児」というイメージがついてしまいました。「天皇陛下にたてつく皇太子」「公務のできない皇太子妃」と。

 

そんな中でも、雅子さまは、1日も早い公務復帰を目指して、懸命の治療を続けていました。その治療としては、主治医の指導のもとにものの考え方や受け取り方(認知)に働きかけ、気持ちを楽にしたり行動をコントロールしていく「認知療法」。強い不安を感じるものに、段階的に慣れていくトレーニングをする「行動療法」などです。

 

両陛下 被災者に心を寄せる原点の旅(上)(2021年3月29日掲載)|日テレNEWS NNN

 

雅子さまの場合、その「行動療法」の一環として、アニマルセラピーのための乗馬、体力づくりのためのテニスやスキーと言った運動、外の環境や雑踏に慣れるための私的外出をされることもありましたが、これは、医師のすすめに従って取り組まれた「課題」でした。

 

しかし、前述したように、「心の病」は周りから理解されにくいのです。「公務を休んでいるのに、なぜ乗馬や私的な外出ができるのか?」そんな疑問や不満の声が、絶えず雅子さまに向けられることとなりました。

 

🇯🇵たまごやき🌸 on X: "雅子皇后陛下が馬アレルギーだなんて(今さら)誰が何のために言い出したの?信じられないよ。子供の頃から乗馬 もなさってて、今までだってたくさん馬と触れ合う場面を見てるのに、どうやって信じろと?#雅子さま #馬アレルギー #皇室 #宮内庁 ...

 

また、出来る範囲で、「公務に慣れていく」ことも治療のひとつでしたが、体調に波があるために、予定されていた公務を直前でキャンセルせざるを得ないこともありました。

 

2005年2月、スペシャルオリンピックス冬季世界大会ご出席のための長野県訪問は、なんと出発1時間前に中止になったといいます。こういった地方公務の際には、県警や県庁職員、大会関係者など多くの人が動いて、何カ月も前から準備をしています。直前でキャンセルされたら、不満が噴出するのも無理もありません。雅子さまの体調に振り回される形で右往左往するマスコミも、苛立ちを感じるのは一緒でした。

 

2005年スペシャルオリンピックス冬季世界大会開会式ご臨席(エムウェーブ)(長野市) – 宮内庁

 

雅子さまのご病気の状態を考えれば、公務は欠席を前提にして、体調次第で行けるようになったら出席を発表する、という方法もあったかもしれない。東宮職が、そういった臨機応変な配慮をすることができなかったことも、今さらながら残念に思えます。

 

しかも、「適応障害」という病名が公表されてまもない頃の会見で、東宮大夫は東宮職と医師団の意見として、ご病気の一因を「取材や報道にある」と強調していました。雅子さまを守るために報道の自粛を呼びかけたにしても、「悪者」扱いされたマスコミは、そもそも面白くなかったでしょう。

 

雅子さま 12年ぶりに病気の記述なし!お誕生日コメントに秘めた前向きな“異変”(2ページ目) | 女性自身

 

また、この病気には、光や人の目を怖がるという症状もあるために取材を規制する必要があったのだが、その説明が足りなかったため「マスコミ嫌い」と言われ、雅子さまへの風当たりが厳しくなってしまったのです。

 

記事より抜粋しました。

 

この頃の陛下と雅子さまは 四面楚歌でした。やる気はあっても体がついていかない。雅子さまにはジレンマがおありだったと思います。皇室は 病気を根本的に治療する環境ではなかったのでしょう。

 

 

【雅子さまと愛馬 空勇号】

 

 

 

政府が2027年度の沖縄振興予算を3000億円超に増やす方向で調整に入ったという記事を取り上げます。

 

 

 

共同通信の14日付の記事によれば、県知事選で新人の古謝玄太氏が初当選したことを受け、政府は27年度の沖縄振興予算について県が求めてきた3000億円超に増額する方向で調整に入りました。  

 

県知事選の投開票は13日に行われ、新人で元那覇市副市長の古謝氏(自民、維新、国民、参政、保守、公明県本推薦)が当選を果たし、現職の玉城デニー氏を破りました。古謝氏は名護市辺野古移設を容認する立場を取っています。  

 

速報】沖縄県知事選挙 新人・古謝玄太氏の当選確実 | TBS NEWS DIG

 

山添氏は14日、共同通信の報道を引用リポストしたうえで、「高市政権による、あまりに露骨な沖縄への侮蔑的態度」だとXに投稿した。「選挙前の8月末、政府の概算要求は6年連続3000億円割れ。県の要望額を下回っていた」と説明し、次のように批判しました。

 

「知事が代わった途端に予算を増やす、辺野古容認に転じたご褒美のように――政権による予算の私物化ではないか。なにより沖縄とその痛みを踏みつけにしている」  

 

立憲民主党・杉尾秀哉参院議員も14日にXを更新し、「何と、選挙の翌日に。あまりにもやり方が露骨すぎる」と批判。 共産党・志位和夫議長も、「デニー県政に対しては予算減額でいじめ抜いてきたのに、知事が代わると手のひらを返したように増額とは。国の予算は首相の私物ではない」とXに記しました。  

 

反辺野古固執「オール沖縄」県政の終焉、玉城氏の言動に批判も 沖縄知事選で地殻変動 - 産経ニュース

 

志位氏は「もともと沖縄振興予算とは、地上戦、米軍による占領で、県民が被った犠牲に対する『償いの心』で始めたもの」だと説明し、「県政によって差別し、党略で弄ぶなど許されない」と訴えた。この3人は、知事選で玉城氏を支持する立場を取っていた。

 

内閣府の公式サイトに掲載されている「沖縄振興予算・決算」によれば、22年度から3000億円を割りこみ、2684億円に減少。その後も2679億円、2678億円、2642億円、2647億円と続いていました。

 

記事より抜粋しました。

 

日本の選挙には”正々堂々と”という 日本人らしい基本理念が無くなりつつあります。言ったもん勝ち。やったもん勝ち。政府の言いなりになったら予算がもらえる。そういうものだと思っていましたが あまりに露骨で悲しくなりました。

 

 

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大阪関西万博の人気マスコット「ミャクミャク」像がヘリコプターにつるされ『空を飛ぶ』という珍しい光景がみられました。 

 

万博の期間中には、西ゲートに設置されていたミャクミャクの「ワクワク」モニュメント。 閉幕後は大阪府内各地をまわりイベントを盛り上げてきました。 

 

そして今回の行き先は、「大阪・金剛山の山頂付近」。 イベント会場である標高1000メートル超えの山頂へは、基本的に歩きでしか行くことができないため、異例の空輸となったのです。 

 

6分間にわたって飛行したミャクミャクは無事に到着。

 

 金剛山の山頂付近で行われるイベントでは、19日に除幕式が行われ11月23日まで公開されます。

 

 

まさかのミャクミャクさまの お引越し!!

 

楽しそうです笑