天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは半導体に関する国際会議に出席し、おことばを述べ、熊本地震や千葉豪雨の犠牲者への哀悼の気持ちを示されました。
午前9時半ごろ、愛子さまは都内のホテルに到着し、国内外の研究者が、半導体に関する最新の研究成果について発表や討論を行う「半導体物理国際会議」の開会式に出席されました。
愛子さま: 次の世代を担う若い参加者の皆様にとっても、この会議での経験が、それぞれの歩みを進めていく上で実り多いものとなることを願っています。
愛子さまはおことばの冒頭、熊本地震や千葉豪雨の犠牲者を悼み、厳しい暑さの中避難生活を続ける被災者を案じた上で、「分野や国境を超えた新たな協力関係が育まれることは、大変意義深いことと思います」と述べられました。
よどみなく 美しいイントネーションで しっかりお話いただきました。日に日に皇太子への風格が整っていらっしゃっています。
【敬宮さまの挨拶ノーカット】
素晴らしい挨拶でした。世界有数の物理学者を前に堂々と半導体の未来を語ってくださりました。これは内外に皇太子としての資質が存分に備わっていると伝わったことでしょう。
高市首相の政権運営について、細川護熙元首相(88)が厳しく批判した記事を取り上げます。
細川氏は摂政・関白を輩出する五摂家の筆頭・近衛家の血を引き、昭和天皇に仕えた近衛文麿を祖父に、昭和天皇の弟宮である高松宮宣仁親王の御用掛を務めた細川護貞を父に持ちます。その細川氏から見ると、「高市氏の皇室に対する態度は信じがたい」というのです。
象徴的な例として細川氏が挙げるのが、4月に行われた政府主催の昭和100年記念式典での高市氏の振る舞いです。この式典では天皇のおことばが無かったことや、天皇皇后の入場にあたって先導役を務めたのが首相ではなく木原稔官房長官だったことが物議を醸しました。
![]()
「記念式典はまるで昭和の音楽祭とも言われたが、高市氏がガッツポーズや合いの手を入れるなどノリノリな様子だったのは周知の通りだ。恐らく天皇陛下の前で、高市氏は今この場での最高権力者は自分だと思っていたのではないか。それは危険なことである」
麻生太郎自民党副総裁が推進役だった皇室典範改正についても、国民の支持も乏しい中で「だまし討ちの様な形で成立した」と指摘します。今回の皇室典範改正については、あくまで皇族数確保が目的であり皇位継承の問題については扱わないとされていたにもかかわらず、政府作成の法案では養子皇族の男子子孫に皇位継承資格があるとされたことや、女性皇族が住民基本台帳に記載されるとされたことについて、細川氏は「背後の政治的意思の存在を思わせる」として、こう警鐘を鳴らす。
「私が危惧するのは、そのような政治的意思が存在して、2005年の有識者会議の報告書で『国民の理解と支持、安定性、伝統のいずれの視点から見ても問題点があり、 採用することは極めて困難である』として否定された案が、いつの間にか息を吹き返し、衆参3時間ずつの審議だけで、多くの国民が危惧するなか、野党も同調して可決されたという事実です。
この先、一旦過去に否定されたものでも、甦って時の権力の手で実現されることもあり得るかと思うと、正直暗澹とならざるを得ない」
細川氏は現在の天皇について「象徴天皇制の最大の擁護者で、かつ実践者である」と指摘。皇室と皇位継承の問題は「この国のかたち」の重要な要素だとしたうえで、
「現代国家との共生も考えず、女性差別の甚だしいやり方で、三十何親等も離れた赤の他人に皇位を移して、『男系継承は守られた』と言ったところで、国民が喜ぶわけでも、世界が称賛するわけでもない。『日本はいつまで時代遅れのことをやっているのか』と言われるのが落ちだろう」
記事より抜粋しました。
政治家の思想が明治時代に逆行していくのに対し 国民の思想はその先を行く進化したものになっているので 差が大きくなってきてしまっています。
明治時代は決意を持った政治家が存在していたので国民は一緒に突き進めたのかもしれません。今の政治家には信念がありません。その先の未来が見えないのに 目先の餌に群がっている政治にしか見えないのです。
希望ある未来を構築してもらえる政治家を選ぶ時代になってきています。国民が覚醒する時代になっているのです。
【皇太子の品格を帯びた愛子さま】
"日本と戦後と総理大臣について"という 北原みのり氏の記事をとりあげます。
「私自身は当事者とはいえない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもない」
若かった高市早苗首相の国会答弁です。1995年、戦後処理や歴史教育のあり方を巡る議論の中での発言で、高市さんは新進党の議員でした。当時の総理大臣は村山富市氏、71歳。34歳の高市さんが“世代”を持ち出して「(日本軍の加害について)反省を求められるいわれもない」と言い放った姿の動画が今、SNSで改めて再生されています。
“世代”を持ち出し嘲笑するような笑みを口元に浮かべていて、なかなかインパクトのある映像です。 ぽっと出の若手新人議員だった高市さんのこの発言は、メディアで大きく取り上げられることはありませんでしたが、戦争体験者が多くを占めていた当時の国会においては、やはり幼稚で雑な発言に映ったのではないのでしょうか。
そしてそんな高市さんのような政治家が、30年後に総理大臣になってしまったということは、やはり、危機を感じるべき事態なのでしょう。歴史から学ばず反省のない国は滅びる、というのは、人類の定説です。
今年もまた8月15日がやってきます。敗戦の日。そしてアジア諸国にとっては解放の日として記憶され続けています。思い返せば私が子どもの頃、この季節になると祖父母は私に戦争の話をしてくれました。隣組の恐ろしさ、東京大空襲の夜の明るさ、空襲後の焼け野原の景色。それらの語りは私の祖父が2人とも戦地に行っていないからこそだったのだろうと、今になって思います。
もし彼らが戦争に行っていたらきっと、戦争の話は家族の中ではタブーになっていたはずです。戦地で何をしたのか、何を見てきたのかを家族に語ることができた旧日本軍人は圧倒的に少数でした。そもそも多くの日本人は、戦地のことを父親には聞かなかった、聞けなかった。
先日、中国で旧日本陸軍731部隊展示施設の資料館を訪ねました。中国東北部のハルビン市平房区にある旧日本陸軍731部隊の施設跡です。731部隊はここで細菌兵器の人体実験をしていました。敗戦目前に、731部隊は建物を爆破し証拠隠滅を試みましたが、遺構からは使用されていた実験道具が無数に発掘されました。
それらの事実を明らかにしたのは、戦後長い時間を経て語り出した731部隊の旧日本軍人の証言です。 2015年に新設された資料館は、ブラックボックスに見立てた黒い巨大建築物で、煙が出ることのない3本の煙突が突き刺さるようにそびえ立っています。731部隊にいた少年兵を含む全ての隊員には、戦後厳しい箝口令が敷かれました。
部隊の仲間で連絡を取り合うことも禁止され、旧満州で何をしてきたのか誰にも何も語らずに一生を終えた人も多い。そんな731部隊を象徴する黒い箱。夏休みだということもあり、館内には子どもたちや10代の若者たちも多くいました。90代の男性が孫と思われるような若い男性の手を借りながら、真剣に展示物を一つひとつ見ていました。
印象的だったのは、展示方法が極めて抑制的だったことです。重要なのは事実を残すことと死者への鎮魂であることだと伝わるもので、残虐性をリアルに表現するような作り込まれた展示物はあまりありませんでした。
資料館自体は鎮魂の静けさに満ちていました。 資料館を出るときには、人体実験の被害にあったと考えられる約3000人の名前が記されている通路を通ります。年齢はわかりませんが女性の名前も多くありました。
正直、少し前までの中国旅行は、言葉の不自由さ、移動の不自由さ、トイレの習慣の違いなどで躊躇することも多かったのですが、ここ数年、中国への旅はどの国よりも簡単に感じるようになりました。一見、とても平和。でも、心がすっきりと晴れる感じにならないのは、やはり今の日本と中国の関係があるからでしょう。世界が平和ではないからなのだと思います。

731部隊の資料館を後にするとき、私の後ろを歩いていた10代の男の子の集団が「日本人か?」と英語で聞いてきました。私はそれを聞こえないふりをして、足早に歩きました。無視することで「日本人だよ」と答えているようなものだと思いながら、私には彼らと対話する準備ができていなかったのです。
彼らがその場で私に攻撃を加えるとは思いませんでしたが、それでも、答えられなかった。とても恥ずかしい気持ちになりました。731部隊に関わった医療関係者は戦後、罪に問われることなく、大企業の役員や、医師として成功した人が多い。
当事者ですら反省を求められないでこられた日本の戦後でした。命を救うことを仕事にする医師が何故このようなことを思いついたのか。何故、彼らは罪に問われることがなかったのか。その事実は、今の時代にどのように結びついているのか。知らない歴史、知らなければいけない歴史、反省すべき歴史はブラックボックスの中に、まだ眠り続けています。

そしてそうしている限り、私たちは日中戦争の余波を生きることになるのだと思います。終戦から81年。反省しない総理大臣のおかげで、戦後、最もきな臭い8月15日になりそうです。
記事より抜粋しました。
私たちは 戦争で日本が行った残虐行為から目を背けてはならないと思います。反省なき態度で 滅びの道を進もうとする高市内閣。原爆の日も いつになく緊張感に覆われていました。日本を守り抜いた英霊たちの魂のためにも 二度と無意味な殺戮は 起こしてはならないです。
【反省は人生において必要です】
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
群馬県沼田市にある関東最大級のラベンダー畑が、見頃を迎えています。
標高およそ1300メートルにある「たんばらラベンダーパーク」では、園内およそ5万株のうち早咲きや中咲きのラベンダー、3万株ほどが開花のピークとなっていて、園内は優しい香りに包まれていました。
この場所は避暑地としても人気で、夏の最高気温の平均が25度ほど、涼しい高原で絶景と香りが楽しめます。
園内はペットも同伴可能で、今年から屋内レストランにペット同伴席が設けられ、専用メニューも用意されています。
ラベンダーの見頃は8月中旬までで、10万人ほどの来場者を見込んでいます。
ラベンダーは癒しの香りですね。
うちのトイレは ラベンダーか キンモクセイの香りを選んでいます![]()



