今回わたしがそこ(バンジージャンプ)で担当した役割は

アイディアをだすこと、情報をシェアすること

そして、常識をぶちこわしまくること。

 

 

↑こんな感じで、みんなの中の常識をぶちこわしまくるニコニコ笑

 

 

いやぁ~わたしから見て、とても常識的な人たちだったんだよね。

みんな、ココでもやっぱりまわりの出方をうかがうし、だけど女性は男性よりも共感性やイメージ力が高いのか、わたしの出した最高のアイディア(=相手からみて奇抜なアイディア)を「おもしろい」「楽しそう」と言ってくれる人もいて、その間グループメッセンジャーは盛り上がる。だけど、主催者側から「それはちょっと...」という返事が返ってくると「ほらね、やっぱりダメだったでしょ」と一気にメッセンジャーは静まり返り、だれもメッセージをチェックしなくなる(笑)

 

 

可能性に限界を設けてるのは、いったい誰なんだろう。

聞いてもみないで「それは、○○さんもお忙しいと思うので...」とか言ってね。一気にまわりのモチベーションがさがる。「やっぱりダメなんだ」「これもダメなんだ」って。

「わたしは」じゃなくて「○○さんは」をあなたが代弁するのはどうでしょう?とワタシは思うのです。だって、そのアイディアは講演会をより良くするためのものでしょ?成功させるためのものでしょ?成功して喜ぶのは誰ですか?ってハナシです。

 

 

それから、おもしろいなと思ったのは

ひとりのスタッフ参加者が「お金をもらって手伝ってたら、けっこう大変だったけど、お金を出す側での参加だったから気楽だよね」と。それを聞いて「へぇーなるほどね」って思いました。そういう考え方もあるのかと。
 

「お金出してるんだからそこまでやらならなくても大丈夫」→「じぶんが大したことはできないんじゃないか」という恐れに対してブレーキを踏んだようにも見える。傷つきたくないから。そんな感じに見えました。ここでも登場です。やるひとは例えお金を払う側だとしてもやるだろうし、それ以上のものを得ようとするだろうし。

だけど、ひとにはそれぞれ必ず役割がある。そのひとは、わたしにそういう考えがあるという事を見せてくれたし、意見やアイディアを吸い上げて調整するひとも必要。

そして、静観するひとだって必要だし、決まったことを淡々とこなしてくれるひとだって必要。

 

 

けっきょくみんなそれぞれの役割があるんだから、イーンダヨ。

そこから何か得ようとするひとは、勝手に吸収してくから(笑)

 

 

折りしも、そんなタイミングでみつろう氏の昨日のブログ→コチラ

 

 

すべてのひとは、じぶんを知るためにいる。

すべてのひとは、じぶんを確立するために存在してくれてる。

だから必要不可欠だし、みんなそれでイーンダヨ。