流行りや周りに振り回されず、自分軸を持つと生き方が楽になります。


そこに行き着くまでは色んな人の本を読み漁りました。

私の例をお伝えすると

●ファッションは、学生時代にシャネル、大内順子など。

●人生哲学は30才を過ぎてから
サミュエルマイルズの自叙論
孔子の論語
マザーテレサなどの名言集
リチャードカールソンの小さなことにくよくよするな

●仕事関連は
ドラッガーのマネージメント
デール・カーネギーの人を動かす

本はね、お小遣いが残っていなくても図書館で乱読できるのです。人付き合いが下手でも本の著者は優しく語りかけてくれて、交際費のないサラでも時間をかけてゆっくりと浸透しました。

そして現実社会での生活の中で落とし込みながら自分にとっての軸をつくっていくのです。

自分なりの美学は、緩くてもよいから、他人には迷惑をかけない努力は続けたいもの。

その為にも色んな人の話や世の中にも目を向けておく。

グローバル時代は変化の速度がはやく、自分と周りの間に乖離が大きすぎると、一歩間違えると犯罪者になる恐れもあるから、常にかわる一般常識やマナーの更新は必要かもしれません。

喉元過ぎれば熱さを忘れるように、スシローペロペロ事件では、公共のマナーを親から躾をされていない高校生のイタズラが多額の訴訟問題に発展しました。これは子供の責任ではなくて親にあります。

大人がモラルをかくと大事になりますから、自分軸を持つにも定期的に棚卸し、時代にあった生き方をするのがよいと思います。

その為にも頭を老化させない工夫をつづけます。なにもしないと頭も老化するのが自然の摂理。現代の美容医療にお金をかけても心だけは解決できませんから注意です。

時折、頭のかたい老人が家族にまで負担をかけているのを目撃します。

そうならないように歳を重ねたいですね。


だから、ご機嫌は自分でとるもの。

他人になにかをしてもらうとか、
お得なことを期待しない。

自分で自分が愉しいことをする。

そして自分がニコニコする時間を沢山つくるようになると、心は穏やかになり、一年中が小春日和。

お金があってもギスギスしている不幸感丸出しの人ともよくみかけます。

サラは世帯主なのに稼ぎが少いから何かを実現するために何かを諦める人生を歩んでいました。

母が機敏に察知して、私にくれた言葉は、経済的に貧しくなっても心まで貧しくならないようにね。

昭和の人たちの諺で、ボロを着てても心は錦というものがあります。それに近いことを母が教えてくれました。

昭和の日本は貧しかったのです。50代のサラでも子供の頃はズボンにワッペンを縫い付けて穴の空いた服を着て学校に子は沢山いました。

見た目がみすぼらしくても心の有り様は立派であることをいうもので、小さな頃は大人からよくいわれた言葉です。道徳の1つでした。

でも、この言葉はもともとが中国からきているの

日々の時間の積み重ねが優しい人相を築きます。

最近、偶然に見かけた話で気になることがあります。

それは、子供が雪合戦をしていたときに通行人の女性にぶつかりそうになり、その方からお行儀が悪いといわれたそうです。

ぶつからなかったからラッキー。当たっていたら他人に怪我をさせていたかもしれませんし、ご高齢者ならば転倒して骨折していたかもしれません。

この子の親の頭にはこのような視点の発想はなく、子供がのびのびと遊べない日本社会を問題定義しているのです。

なにかおかしいと思いませんか?

雪合戦をするのはよいのです。無邪気に子供が雪で興奮するのもわかります。それならば子供が雪合戦をしてもよい場所につれていってあげればよいのです。人の来ないところ、ぶつけて破損するものがないところを探してあげる。

何事もTPOをわきまえる躾がされていない子供が大人になると迷惑系YouTuberの出来上がりです。全ては産み育てた大人に責任があります。

公共の場でそのようなことをするから叱られもするし、内容によっては逮捕されます。これは親が公衆のマナーを躾ていないのが恥さらしで問題なのです。子供がいけないのではありません。

自分軸で生きながらも棚卸しを繰り返して時代と共存。

自分のハッピーをそのなかで見つけて楽しむのです。