
吹田・関大前 静心庵主宰・タロットセッション 叶 淨華(じょうか)です

人の死と言うものは、予測不能です

昨日まで元気に話てたのに、今日はもう冷たい屍(しかばね)となる。
毎月の月命日のお参りをさせて頂いるお宅のご主人が亡くなられたんです。
先月お参りに伺った時には、お元気そうにお話されてたのに・・・
突然の訃報。
うちの住職がどうしても都合がつかずに、私が葬儀の導師となることに
なりました

そして、その葬儀会場と斎場が・・・
その5日前に老僧を送って行った時に
「ここは北斎場ですねん。うちの家はここからすぐです」と教えて下さった。
まさしくその斎場と葬儀会館

そして、もう一つは、
1ヶ月前のお経の練習会で「何の練習しますか?」(練習は多義に渡る)と
先生に聞かれて「お葬式の一連の流れの作法とお経をお願いします」と
答えていたのです。
それを1ヶ月後に実際に使うとも知らず、
お葬式に使用されるお経の発声と流れを習っていたのでした。
私のような職業の者は、人の死ということが常に身近にあります。
葬儀と言うものは、亡くなられた方のお家では、悲しみに浸る間もなく儀式に追われるもの。
そして初七日、二七日、三七日…と、経つにつれて、
やっとしみじみと亡き人の思いに浸る時間が出来てくるのです。
そして、亡き人の最期の姿を見届ける「お葬式」は、出来るだけ丁寧に
出来るだけ、時間をかけてお経をあげたいものです。
しかし最近の葬儀会館は、何時~何時と、キッチリ決められていて
次の葬儀がありますので!のようなことまで起こります。
お葬式には今までは、鈴役(りんやく)・脇導師として補助はしてきたものの、
導師のお役を、しかも一人でするのは全く初めての経験
しかし、その初めての経験と言うのは、亡き人を見送るご家族にとっても
同じように初めての経験なのです。
だから「初めてなんです」なんて言ってられません

だから、若輩者ですが、亡くなられたご主人のことを思い、
心をこめてお経を上げさせて頂きました。
お葬式が終わり、落ち着いた頃・・・
私が老僧を車で送って行った時、
聞いてもいないのに斎場と葬儀会館の場所を教えて下さったこと。
お経の練習会で、お葬式の一連の流れのお経を・・・と
1ヶ月後に使うとも知らず練習していたこと。
5と9のぞろ目のナンバーからのメッセージを受け取ったこと。
すべては、「私が僧侶としてのお役目であるお葬儀をお勤めする」
と言うことに繋がっていた
ということに気付いたのでした。
「全てのことは必然であり道は繋がっている」で書いたように、ここに繋がっていたのです

私は、大きな力によってここに導かれるようになっていたのです。
