また一つ先に進めた、かな。
「戦わない」
「ジャッジしない」
とあるものに対して
頭ではわかっていてもどうしてもそれが出来ずに苦しかったのだけど
それに対しても「戦わない」「ジャッジしない」・・で捉えられた気がする。
あぁ、そうだった…ジャッジしない・戦わないってそういう感覚だったんだ!って重い鎧を脱いだ感じ。
ずっと長く、長くながーーく、時を超えるほど長い間…行き場のなかった怒りが少しずつ昇華されていくような感覚にあります。
押さえ込んでた感情を抑えなくてよくなったという、安心感なのだと思うけど。
私には私の、あの人にはあの人で、それぞれ必要な体験がある。
人を無理やり引っ張りだすことは出来ない。
見ていて、それがどんなに私にとって苦しかろうとも…
それは、どんなに身近でどんなに大切な人でも、である。
自分が正しいと思ったことを押し付けない。その人が自分で体験して初めて、選択できることだから。
うん、そもそも「正しさ」なんてのはどこにもないんだった!
大切な人達が自分が体験しきったところにいて、同じようにいつか苦しむかもしれないと思うと、ついなんとかしてあげたくなるのだけれど…。
それすら、実際に体験して何かを感じる必要があるからそこにいるんだ、ものね。
例外はないのだなぁ~
正しさではなく、あるのは「自分の信じるもの」だけだ。
私に出来ることは必要な時に手を差し伸べ、相手をただ信じて、そして見守るだけ…それが愛なんだろうね。
だから、私は私の信じる道をいく。
自分のしたい体験をして、自分を感じて、そしてどうしたいかの選択をして。
人生はその連続があるだけだね!
さて、ソロソロ次に行きますかね
……禅タロット仲間 幸子さんのFAPで、開けたかったフタを開けてもらいました。
どんなの大きなものが出てくるか怖かったけど、思いの外あっという間にスッキリ?!
幸子さん、ありがとうございました!
それにしても、近頃、手放すのが上手になったような気がしてます。
関わってくださるみなさんのおかげです~
ありがとう
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