春に書いたブログを再掲載しています

 

 

 

話が今よりもうんと時代が遡るので

昭和がわからない世代の方々は

イメージをし難いかもだけど

TVなどでも昭和の雰囲気は流されていると思うので

そこから想像して是非読んで下さいませね

 

 

 

昭和に幼稚園児だった方や

小学生だった方は

結構わかり易いのでは?

と思っています

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな感じの家でした

とっても大きくて立派だったと思います

 

でも毒元養父の父方の力で建てられたモノで

甘やかされた彼は何一つする人では無かったんですよね

 

 

 

 

 

 

 

 

父親は、自由奔放な人だった。

 

いつでも自由に、自分のしたいように、欲望の赴くままに。

結婚していようが子供がいようが、全くのお構いなしで自分のしたいことだけして来た人。


 

彼のそんな性格と言うのは、小さい頃の家庭環境が大きく影響してるんだな、と昔の話を聞いた時に感じ取った。

これって、今も昔も何処の国の人でも大なり小なりの差はあっても同じように存在してると思うけど、やっぱり甘やかされ過ぎると言うのは、ロクな人間を作らないんだなと思う。

 

 

(そして、父とは正反対に虐げられて育ってしまうと、私のような自信を持てない卑屈な性格になってしまうね、自己評価が非常に低いのだ)

 

 

 

私の小さい頃には落ちぶれてしまって、当時はそれは殆ど感じられなかったけど、父親が結婚して数年位はかなり裕福だったそうだ。

 

彼の子供の頃の写真を見たとき、
「これって、ここの家? え、ここなの?」

と、信じられなかった程の家の雰囲気が漂っていて、本当に物凄かった。

 

お手伝いさん(ねえやさんと父は言ってた)達が、何人もいて、父は母親と過ごしたことは殆どなく、そのねえやさん達に育てられ大きくなったそうだ。

 

どうも本当のようで、親戚の年寄り達は、
「私達の親は華族だっただから、その辺の一般人とは違うのよ!」

と、いつも顔を合わせる度に言っていて、小さい頃は意味がわからなかったっけ。

 

カゾクって、家族?

えっ、なんか違うのかな?

だけど、それって何か凄いことなの?

 

華族って言う言葉の意味を知ったのは、小学生の高学年の頃(それも、同級生の結構なお金持ちの子から意味有り気で嫌味な感じで)だったけど、幼稚園くらいの頃は全くわかるわけもなくて、なんだろうなぁと。

 

 

祖父は昭和の30年代に他界するまでに、地方都市で政治に関わっていたらしい。

私はその手の話には今も昔も詳しくはないのでここでは省くけど、地元には大変貢献したらしく、母親が東京から田舎に嫁いで来た時には、後援者の方々の数に圧倒されて驚いたとか。

 

小さな借家住まいで、貧乏子沢山の家庭出身の母親には、「元華族」の家庭への敷居がとても高かったそうだ。
 

「けどさ、元華族様なんつってもさぁ、所詮はみんなカッペでしょうよ、ハハハ~!!!」
そのように馬鹿にしてた部分も、彼女の言動から子供でも感じていた。

 

田舎のお金持ちの気ままなお坊っちゃん育ちと、東京のド真ん中出身の不良少女あがり(らしいけど?)と、どうやって知り合ったかは詳しくは聞いていない。

 

でも、当時の父親が金持ちのドラ息子と知った母親の苦労人の兄が、
「親の金で遊んでるような大学生なんてダメだ!!!」

と交際に反対したらしく、大きくなるまでお箸より重たいものなんか持ったことないような人が、東京で初めてアルバイトをしてお金を作り、何かをプレゼントしてくれた!と言う話を聞かされたことはある。

 

 

50過ぎて出来た初めての息子が、大学生時代に好きになった人と結婚したい!

となってしまい、祖父(私は写真でしか知らない人)や親戚が東京までやって来て、強引に婚約したとか。

 

「ええー?
 なに、この人と結婚、冗談じゃないわよ!」

だったらしいけど、父の大学の卒業式が終わって殆どスグに結婚したらしい。

 

思うに、母は「父親のお金」でその気になったんだろうな、と推測。

 

まず顔が好みじゃないし、田舎臭いし。

背は高いけど、小姑とジジババ、それにオマケにうるさい親戚とか冗談じゃないよ~。

と、こんな感じだったそうだ。

 

けど、お金お金とうるさい人だったから、財力だったんだろうな、と。

 

だけど、そんな目先のことだけにとらわれてると、ロクなことはないんだな、と思う。

実際、彼等の人生はいい加減だったからね、本当に。

 

 

そして、その彼女の目論んだ生活は、そうは長く続かなかったようです。

 

次回に続きます。。。