コレは今年の5月に書きました
殆ど修正はしてません
良かったら是非お読み下さいね
子供は嫌い。
こんなことを書くと、
なんて酷いことを思う人なの?
信じられない、女なのにどうして?
って返って来ることが殆どだったけど、嫌いなのは仕方がない。
(それは殆どが日本での体験
海外ではごく一部を除いて非難など無かった)
なにもかもが嫌なのだ。
声も、見た目も、行動もとにかく全て嫌い。
外に出ると、子供のいそうな場所は避ける。
奇声が耳に入るのも嫌、意味不明の行動やら、
ねぇ、わたし可愛いでしょ?
みたいに見える仕草も、吐き気がする程大嫌い。
可愛くないよ?
本当に何もかもが不細工です。
顔の造作を考えろよ!
と、本当に何度思ったことか。
(それは多くのバカな親が強いている行為から、
その子達がやらされているとしか思えないのだ)
とにかく、自分の視界に入れないようにするので精一杯で非常に疲れる。
でも、お子様天国のやりたい放題がOKな日本からは離れたので
今では、だいぶその点は楽にはなったのだけど。
だけど、どう言うわけか数年前から1人の子の親である。
することしてれば、自然に出来ることもあるだろうけど、
それでも私達は望まない妊娠を避けるべく、避妊は必ずしていた。
だけど、それでも妊娠することはある。
体調が思わしくなくて、ピルを服用するのをやめていた時期があった。
間違いなくその時期に妊娠したのだと思う。
心は不健康でも、体は正常に機能していたんだなと思いながらも、
なんと言う不覚だろうと凹んでしまった
我が子は、まだ幼児。
それまでは10年以上あるけど、高校を終えたら早く自立して、家から出て行って欲しい。
まぁ、それは心配しなくても、この辺りではそう言う巣立ち方は普通のことなので、そんなに気に病んではいないけど。
子は産んでみたら、まぁまぁそれなりに可愛い存在ではあるけど、溺愛とかは全くない。
そんなことしてみたくても出来ないのだ、自分がそのようにされたことが無いので、無理なのである。
そんな感じなので、育児とかは殆ど自分ではして来なかったかも。
シッターのいない時は、殆ど夫がやっていて、ミルクを飲ませ、おまるに乗せたり、トイレにも連れて行ってた。
彼も私程ではないものの、子供は嫌いなのに。
親戚の子にも合わないようにしているし、近所の子にも目を合わせないけど、
自分の子は彼なりに随分と手をかけて世話をしてくれて、助かった。
妊娠したのがわかった時、どうやって育てるの?とまるで他人のことのように考えたけど、夫が保育園とシッターで大丈夫だよ、この辺りの人はみんなそうだから、と言ってて安心したのを覚えてる。
当時、私も仕事をしていたから夫婦揃って休暇は取れるけど、3年近くも家にずっといるのは御免だわ、と出産してから1ヶ月程度で揃って職場復帰して、保育園とシッターで幼稚園に通う今日まで来た。
全く手のかからない子、と言うより、かけなかった(かけられないのだ)のだけど、それでも健康に育っている。
オムツ無しでおまるやトイレでさせたので、オムツ替えは一度もしたことが無かったし、普通の下着をつけるようになるまでも、それ程時間はかからなかった。
これに関しては、保育師やシッターに感謝している、彼等がいなかったらどうなっていたのか恐ろしい位。
最初の数ヶ月、シッターに泊まり込みで来て貰っていたけど、それ程夜中に活躍して貰うことも無く済んで来た。
彼女は、何もしないでお金を貰うのは申し訳ないわね、なんて言ってた位。
苦手なものは苦手なのだから、それが出来ないのであれば他の方法を考える。
私達がこれを選択したのは大正解だったし、何よりも子自身も嫌々世話をされるよりは遥に良かっただろうなって。
今、幼児になった子は自分でいろいろするのが大好きで、毎日なんでそんなに楽しそうなの?とこっちが不思議に思う程、楽しく過ごしているようだ。
御飯も多少嫌いなモノはあるけど、(シッターが仕込んでくれたことが大きかったと思う)行儀良く静かに食べるし、小さい頃から外で食べても黙って座っているし、イヤイヤ期と言うモノも殆どなくて、私達は物凄く助かった。
親業不適合者の自分なのに、
どうもありがとう、と本当にそう思える。
私がなぜここまで子供が嫌い(一般的に)かと言えば、自分が愛されなかったのが一番の原因かな?と思っている。
小さい頃、まだ毒親なんて言葉もなかった30数年以上も前、
なんでいつも自分ばっかりが、こんな叩かれたり御飯無かったりなのかなぁ?
って頻繁に感じてた。
今、自分で子を持って溺愛まではしてないし出来ないけど、それでも大切な存在だと感じるので、なぜ私の親はあんなことを私に出来たのだろう?と、今も思う。
