二月の終わりの山形県。
空気には、まだ凛とした雪の匂いが残っている。
陽が差さない日は、骨の奥まで冷える。雪殻がきしむような、細く澄んだ冷たさ。
吐く息は白く、マフラーの縁で一瞬だけ霧になる。古びた木の軒先には雪がまだ解け残り、雫が一滴ずつ落ちて、来たる春を数えている。
夫と私は、天童温泉に静かに滞在した。
旅館の夕餉には、すでに小さな春がしつらえてあった。
竹籠が卓上に置かれると、かすかな「ことり」という音がした。区切られた小鉢は、どれも控えめで、どこか凛としている。
浅葱は刻まれず、長いまま小皿にくるりと巻かれている。玉のように白い根元はみずみずしく、赤褐色の酢味噌がやわらかくかかっている。温かな色合いの料理の中で、それだけがひときわ清らかだった。
ひと口。
ぱきり、と小さな音。
まずはほのかな甘酸っぱさ。そのあとに、雪の下から顔を出したばかりのような、澄んだ辛みがすっと立ち上がる。
浴衣姿の私は、小鍋の蓋をそっと開けた。
立ちのぼる湯気が目を曇らせ、そして五十年前、湘江のほとりの記憶までも曇らせた。
あのころ、私はやはり誰かの手を握っていた。
祖母の手だった。
浅葱は、故郷では「野葱」と呼ばれていた。
春雨に濡れた湘江の土はやわらかく、黒く、踏むと「ぬかるっ」と音を立てた。
祖母は袖を肘までまくり、腰をかがめ、根を傷つけないようにゆっくり抜くのだと教えてくれた。爪の間には、いつも春の土が入り込んでいた。
「急いではいけないよ。春のものは、待つものだから。」
竈に火が入り、鉄鍋が「ごとん」と据えられる。
油が煙を帯びるころ、野葱を一気に放り込む。
「じゅっ」という音とともに、荒々しい香りが梁まで駆け上がる。それは土の匂いをまとった生命の勢い。
卵と合わせた野葱炒めも、腊肉と炒めた一皿も、湘水のほとりの、いちばん家らしい味だった。
同じ、細い葱。
湖南では、野であり、火であり、油鍋の中で弾ける強さ。
山形では、清らかで、礼を尽くされ、竹籠の中にそっと置かれる新緑。
山形を歩いた三日間、私は二度、浅葱に出会った。
夜の居酒屋では、薄衣をまとい、油の中でふわりと花開く。外は軽く、中はやわらかく、辛みは丸みを帯びて長く残る。まるで北国の春のように、いつのまにか人の肩から寒さをほどいていく。
湘江でも、最上川でも。
春の味は違っても、春そのものは同じだ。
山形の食卓には端正な器が並ぶ。けれど私の目には、祖母の小さなへらと、泥のついた裾が重なって見える。
五十年が過ぎた。
私は祖母に手を引かれる子どもから、誰かに手を引かれる祖母になった。
祖母よ。
私も、祖母になりました。
来年の春、私は孫の手を引いて鶴川へ行く。
しゃがみこみ、根を傷つけぬように、ゆっくり抜くことを教えるだろう。
そして、あの辛みを、そっと嗅がせる。
それは、故郷の春の匂い。
祖母のいない春に、
私は祖母のように、春をこの子へ手渡す。
