8月13日 山歩き2日目
Sella 2584m - Col lason 3289m - Eaux-Rosses 1658m
***写真から***
誰もいない朝。(日本だったら考えられない・・・)
ちょっと遠く 望遠で
ちょっと太陽があがってきた
私たちの進む道
氷河?ただの雪?それにしても8月で、こんな感じ。
やっぱり3000m近くでは、こんな感じになる。
峠が見えた!
フォッカッチャ風パンのサンドイッチ♡
この雲海が、ほんときれいだった!
今日の最高地点!
なんかいる!!!
WOW!!!
今回のお菓子
マーモット
だいぶおりてきた。今日の宿はいったいどこ?
お花畑~
*********
朝の山小屋
明日ほどではないが、今日もそこそこ大変な日である。コースタイムが、5時間50分。イタリアコースタイムの2倍以上の時間がかかる時もある私は、10時間かかるかもしれないのだ。それなので、やはり可能な限り早めに出発をした方がよい。
山小屋の人から朝ごはんは6時開始だと聞いていたので、5時45分ごろには起きようと腕時計の目覚ましをかけていた。本当に不思議なのであるが、こういう時は、必ずセットした少し前に自然に目が覚めるのである。
昨日の夜9時ぐらいから、朝の5時半まで。山小屋での大爆睡。ほんと、至福の時間なのである。私ってこんなに眠ることができるんだといつも思うのである。本当に体全体で爆睡しており、周りのことなど全く気にしていなかったが、どうやら数名の人が同じ部屋で寝ているらしい。幸いなことに、おとなしい人が多かったのか、それとも私があまりにも寝入っていたので、気づかなかったのか、日本の山小屋でよく起こりがちないびきで睡眠を妨害されるようなことはなかったのだ。
5時半に静かに起きだし、外にに荷物を全部だして、日焼け止めをぬったり化粧をしたりした。そうしているとあいつも私の気配で起きたのか、あいつも外にでてきて荷物の準備をしたり、ネパール型トイレに行ったりした。ここは。水が豊富なので、顔も洗えるし、冷たい水も汲み放題である。ここら辺の冷たい水には、ここ数年来、何回も助けてもらっている。
まだみんなが寝静まっている中、小屋の外で、もぞもぞと準備をする。これは、ヨーロッパでも日本でも同じ。他の人を起こさないようにしようと思うとこうなるのである。
そして、6時過ぎには、あいつと2人で食堂へ向かう。
なんと一番のりであった。ってもう6時なのに。日本の山小屋であれば、夏なんて5時、6時って普通の朝ごはんの時間であるが、ヨーロッパは本当にのんびりしている。暗くなるのが、8時9時で、余裕があるからといえばそうなのであるが、本当にゆったりしているのである。
山小屋もさすがにみんなに6時からと豪語しているだけあり、6時には小屋の人が1人だけいた。
日本の山小屋と比べると恐ろしい差である。宿泊客が50人以上もいたら、スタッフ一人で朝食が回せるわけがない。
だがしかし、ヨーロッパはなんとかなるらしい。
夕食はあんなに素晴らしいのだが、朝食は基本パンとヌテラとジャムとバター、よくてヨーグルトがでてくるくらいである。そして、私とあいつが食べ終わるまでとうとう、誰も朝食に来なかった。
昨日の夜もたくさんいただいたが、今日の朝もきちんと食べないと、後でエネルギー切れになってしまう。山にいる時は、たまに食べるのが義務のようになり、食べたくもないのに、食べなくてはならない時がある。特に、山小屋の朝食は、エネルギーを摂取するためだけに無理やり口に入れることが多々ある。
昨日頼んでおいたサンドイッチもきちんと準備がされており、昨日とは異なって非常に全てがスムーズであった。
最後に支払いをするときに、スタッフのおねーちゃんと少しお話しをした。昨日は、あんなにそっけなかったおねーさんであるが、今日の朝は一人で暇なのだろうか、なぜかとてもフレンドリー、どこから来たのかとかいろいろ聞かれるし、ありがとうと何度も日本語で言ってくれた。
それから食料をどうやってここまで運んでいたか聞いたら、やはりヘリということだった。
とその時にそういえば、ヘリがこの山小屋に来ていたのを思い出し、
「昨日のヘリは?」
と聞いてみたら、昨日のは荷揚げではなく、病人がでたために、ヘリを呼んだと言っていた。食べ物等の荷揚げは明日の朝だという。
確かにここは、歩きで2-3時間かけて麓に行くしかないので、本当の病人であれば、ヘリを呼ぶしかないだろう。
おねーちゃんに、現金で支払いをする。(カードがOKの山小屋も増えたが、やっぱり念のため現金は持っておいた方がいい。)夕食も朝食もついて、サンドイッチつけても、2人で100ユーロちょっと。こんな金額で利用していいのかと、いつも思うのだ。
まあすべてが共同だし、知らない人と同じ部屋で雑魚寝だから?(日本の山小屋もそうだけど。ヨーロッパは、もっと宿泊料高くすべきだと思うし、日本ももう少し高くしてもいいのではないかと思う。)
そして、トイレ共同、知らない人と大部屋でも、やっぱりなぜか私は山小屋が好き。
結局私たちが食べている間には他の人は誰も来なかったが、私たちが食堂を去る時に、次の人たちがちらほらやってきた。
おねーちゃんからは、今日は最高の天気!素晴らしいウォーキングが楽しめるわねと言ってもらった。私も、山小屋でこういうこと言っていたなあって思い出す。やっぱり山小屋で人を幸せにする仕事っていい。
朝日の中の絶景散歩
5時前に起きた時は、暗かったのに、もう既に明るくなっている。
山小屋が好きな理由の一つに、早朝から標高の高い場所を静かに歩くことができるということが挙げられる。
なぜ朝の光というのは、こんなに回りの景色を神々しくみせることができるのだろう。
こんな太陽の光の中にいるのは、久しぶりだ。昨年の富士山も北岳も朝の時間に太陽と出会っていない。それに年末の燕岳でも、太陽は拝んでいない。たぶん1年ぶりぐらいに、こういうものすごい早朝の景色の中にいる。
あいつがとっとと先を進むので、私もついて行く。あーーーーー、本当に幸せである。
こんな景色の中を歩いていると、ほんといつもの日常で悩んだり、むかついていることなんてどうでもよくなってくる。
今日、今、この場所にいて、本当に幸せだ。
小屋から出てくる人もいないので、私たちだけの世界である。
ふと上空をヘリコプターが飛んでいった。
なんだろう。また救助だろうか?
そうして、しばらく歩いていくと上の方から人が下りてきた。
こんなことは、ありえないのである。この時間にここにこの向きで人と会うなんてことは、ありえないのだ。
ここから、次の村までは山小屋が存在しないので、向こうの村から歩いてくるとすれば、真夜中3時とか4時頃に向こう側の村を出たことになる。さすがにヨーロッパの人は、そんなあほな行動はしないだろう。
あまりにも不思議だったので、この二人組に、どこから来たのか聞いてみた。そうすると、
「上のコル(峠)から」
という。
そりゃそうだ。そんなことは、知っている。昨日はどこに泊まったのか聞いてみた。
そうして、私がなぜこんなことを聞いているのか、男性の方がわかったらしく、朝ヘリできたと教えてくれた。
「は?ヘリ?」
そういえば、さっき上空をヘリが飛んでいた。あのヘリだったのだ。
男性の人曰く、ヘリで来たら楽だから、ということだ。
このヘリで一体いくらかかったのだろう。非常に興味がある。
今日は、一応3300mぐらいを通過することになる。この標高って結構高いんだよとあいつに教えてあげるのだ。きっとあいつは何にもわかっていない。けれどもまた昨日は眠れなかったとかぐちゃぐちゃいっているので、体だけは標高にちょっと反応しているのかもしれない。ほんとあいつはいつも違う場所だと眠れないと言っている。
けれども私はあいつが昨日すーすー小屋で寝息をたてて眠っていたのを知っている。
あいつは何か文句を言わないと気がすまないのだ。
さすがに3000mを越えるとなんとなく酸素が足りなくて、辛くなってきたような気がする。
けれでもこれは、標高だけではなく、実際に疲れてきたからだと思われる。なんだかんだいっても、700mぐらいの標高差を上がるのはきついのだ。
けど明日は、今日の山歩きよりも更に厳しく、約1500m登って、1500m下るのある。そんなことができるのか・・・。そうして、バスに間に合うように、下山することができるのか。まあそれは、明日の話なので、明日考えることとする。
峠までの道の残り200-300mは石、岩がガラガラゴロゴロしている場所である。Alta Vieは、大体2500mぐらいの峠を越えることが多いのだが、今日は3300である!やっぱり2500mぐらいの峠と3300mぐらいの峠の貫禄は違うのだ。
そうして、下を見ると後発組の人たちが、もう私たちのかなり近くまで来ている。そう、私がトロイからである。
その人達よりも早くコルに到着するだろうか?
とうとう、コルが見えた!その場所で、あいつが休憩をした。まだコル手前であるが、来た人達に道を譲るということで、休んだということだ。まあどうでもいいけど。
私たちに続いてやってきたのは、あいつが昨日少し話をしたというイスラエルの4人組であった。彼らは装備もきちんとしており、ロープとかももっている。私たちとは、全然レベルが違うのだ。
そういえば、ツールドモンブランを歩いていた時にもイスラエルの二人組と出会ったなあと思い出す。ツールドモンブランは、まだわかるが、こんなイタリアの山奥でイスラエル人と会うことになるとは。
彼らと非常に友好的な挨拶をして、私たちは休憩、イスラエル人たちは、颯爽とコルに向かって、進撃していった。
ここは、コルではないが、すごい景色である。特に、さっきから雲の動きがはげしく、ちょうどすんばらしい雲海時間になったのである。
あーーー、こんな景色も久びさである。今日は下りが長いのではあるが、バスの時間などはないので、まあ少々気が楽である。ここまでのコースタイムでは2時間10分だが、大体3時間ぐらいでここまできた。私にとっては、けっこうがんばっている!数年前なんて、コースタイムの2倍の時間が普通にかかっていたのだから。
十分栄養補給をして、コルに向かう。イスラエルの人たちは、既にコルに到着しザックをデポして、さらに上のピークに向かっている。
あいつにあそこまで行きたいか聞いたが、
「別にいい。」
ということであった。極力体力は使いたくないらし。それだったら、こんなとこ来ないで、家で寝てる方がいいのか?
去年Alta Vie2で出会ったファミリーの息子マルコから、ここら辺は危ないと連絡があったらしい。鎖というかロープがあって、そこそこ危ない感じであるが、日本を歩いていたら、これぐらいは普通に遭遇する感じの道路である。
やっとこ本日の最高地点3299m Col Losaonである!!!
ながーい下り道
後は、ながーーいながーーい下りである。ひとまず今日の一番つらい登りはなんとか終了したのでほっとする。あとは、ひたすら長い長い下りで足を酷使するだけである。
さて、今日のランチは、山小屋で準備してくれたサンドイッチである。無理やりトマトを入れてもらった昨日のサンドイッチは、予想外においしかったが今日はどうだろう。いつも大体、ハム、チーズだけのサンドイッチは、もうただの食料として食べるだけのものになっている。
見た目は、正方形に近い長方形。今日のパンは、がちがちのパンではなく、フォッカッチャのようなパンであった。そうして、お願いしたサラミとチーズがたっぷり入っている。
あいつは、このパンが飲み込めないなどと、またぐちゃぐちゃ言っていたが、私にはとてもおいしいパンだったのだ。適度にオイルが入っていて、おいしいのだ!そういえば、今までにこんなフォッカッチャ風のサンドイッチがピクニック用にもらったことはなかったのであった。
今年のランチサンドイッチは、例年よりもレベルが高い。大体いつも何口か食べただけで、苦しくなるが、食べないと歩けないので、無理やり食べるのである。そもそもサンドイッチが大きすぎるのだ。日本で売っているサンドイッチの少なくとも3-4倍ぐらいの大きさだ。
フォッカッチャ風のパンもいいが、中身のサラミもチーズもレベルが高い。やっぱりイタリアの食べ物って、何かがやっぱりイギリスと根本的に異なるのである。
それと、ここ数年私たちがはまっているのが、トマトである。イタリアのトマトだからさらにおいしいのだが、休憩の時に食べるトマトが最高なのである。トマトの水分と適度な酸味がたまらない。そうして、なんだか疲れがとれるような気もするのである。
3000m付近ぐらいまではやはり岩でガラガラしていたが、次第に緩やかになり、その後は森林の中をひたすら下る感じとなる。いつもはあいつのだいぶ後をひょこひょこくっついていくだけであるが、最後の方であいつが疲れてきたと言ってかなり長い時間休んでいた。あいつは、休んで、携帯の電波を定期的にチェックするのである。なぜ、山で携帯などみたいのか?宿で必ずしも充電できない場合もあるので、私はいつも電源を切って山を歩いている。歩数チェックできないのがちょっと悲しいが、まあよいのだ。山歩いている間に、変なテキストとか受け取りたくないし。
山にいる間は、私はスマホデトックスで、余計な情報は入れないのだ。たまには、こういう期間があってもいい。特にネパールでは、充電問題などもあるので、2週間とか普通にスマホとバイバイをしている。
あいつがしばらく休んでいるので、いつも通り私が先に出発した。休憩の際には、あいつが止まり、休んで、トロイ私がいつも先に出発するのである。そうすると、あいつがいつのまにか私に追い付いて抜かしていくというパターンである。
久しぶりの下りで、今度は足が痛いとあいつが宣う。
そうして、なんだか、いつか見たのと似たような景色が自分の前に広がった。
そう、、、これは去年、あいつがブチ切れ、私が悟りの域に達してしまいそうになったあの日の下りで見た景色である。
下の村が見えても、永遠に目的地に到着しないのである。もしや、また同じような悲劇が繰り返されるのか、、、非常に嫌な予感がした。
だがしかし、今年は大丈夫であった、去年のような恐ろしいネバーエンディング状態にはならずに、長いことは長かったが、まあ想像の範囲内で、去年のように悟りの域までに達することなく、村に到着したのである。
最後の下りは、私は一気に下りたかったので、すたすた下りていったのだ。珍しくあいつが追い付いてこなかったので、私が先に村についてしまった。天気も最高だったので、お花の咲いた場所であいつを待つことにしたのである。
本当に素晴らしい天気で、ここら辺には、寝そべって寛いでいる人たちも何人かいる。
平和な風景だ。
私は写真を撮ったり、今日のホテルを遠くから探したりして、のんびりしていたら、あいつが到着した。3時半ぐらいだったか。
ホテルパラディス
さて、今日の宿は、ホテルパラディスである。パラダイスとはじめ勘違いしていたが、ホテルパラディス。パラディスとは、ここら辺の地名であったのだ。あはは。
あいつがマルコからここのディナーがおいしかったと聞いているようなので、とても楽しみだったのだ。
さて、ホテルに到着すると、顔はかわいいのだが、なんとも愛想のいいとは言えないおねーちゃんが受付をしてくれた。ここは、レビューでも、スタッフの対応がすばらしいと書いてあったので、このおねーちゃんは、きっと今の時間だけいるバイトか宿の娘とかだろうと勝手に想像していた。
ここでは、夕食と朝ごはんがついている。Alta Vie2の途中でよる人も多いのだろう。
受付をすませ部屋に案内してもらったが、かなり省略されている。Wifiの説明や明日の夕食、朝食の時間も教えてもらっていなかった。
まあ聞かない方も悪いが、ホテル側として、これらの基本情報ってお客さんに伝えた方がよいはずである。そうしないと向こうだって、困るはずである。
お水も汲みにいきたかったので、再度ホテルの受付に行くが、予約なしの登山者と何やらもめているようなので、立ち入る隙がなく退散。
部屋で、2日分の汗を流し、ベットに横たわっていると、いつの間にか爆睡していた。本当によく眠れる私である。特に今回の旅行は、山に入る前から、すべての場所で大爆睡している。それに反して、あいつは夜遅くまでスマホと遊んでいる。
ごそごそと起きだすと、気温も下がりなんだか寒くなっている。あいつが窓を開けっ放しにしていたせいである。明日は、試練の日である。試練の日の前にこんなことで風邪をひいたりしたくないと焦ったが、大丈夫。やっぱり私は非常に丈夫であった。
ディナーは、たぶん7時か7時半ぐらいであろう。まだ時間があるので、ホテルと明日の朝食、サンドイッチの交渉などをしなくてはいけないので、受付まで行くこととした。それから、パスポートも返してもらわなくてはならない。イタリアは、どのホテルでもパスポートをだせと言われるのである。どうやら、どこかに報告しなくてはならないようなのだ。意外と厳しいのだ。
受付では、またあのおねーちゃんである。朝食の時間を聞くと、7時半ということだ。7時半などに悠長に食べていたら、確実にバスの時間5時55分には、間に合わないはずだ。たぶん、こういう人たちがそこそこいるのだろう。無効から朝食を今日渡すと言ってくれたのだ。とてもありがたい。そうして、サンドイッチも今日渡してくれるという。
一応明日の朝食とサンドイッチ問題は解決である。
夕食の7時半までにまだ時間があったので、あったかいものを飲むこととした。いつもの勢いであれば、外でビールだが、昼寝最中に冷えたので、地下で私は、ティー、あいつはカプチーノを飲むことにした。
本当に寒かったのである。
ホテルパラディスの夜
ここは、山小屋ではなく、一応下界のホテルのカテゴリーである。それなので、普通の下界のホテルのサービスを期待する。
おまけに事前にマルコから、ここの夕食は素晴らしいと聞いていた。イタリア人が絶賛するディナーである。それなので、かなりいいのだろう。
地下で、ティーを飲みながら、期待が膨らんでくる。
そして7時半にレストランに行き、とうとうお待ちかねのディナーが始まった。ここは山小屋ではないので、普通にテーブルは2人だけであり、テーブルサービスをしてくれる。ただ、メニューはセットのものから選ぶようになっている。
まずスターターは、何の肉か忘れたが、、、何かの肉のカルパッチョ。これが、すんばらしかった。これとローカル赤ワインで、かなり幸せな気分になる。さすが、イタリアである。
そして、私のメインは、pearl barleyで、あいつはポレンタとお肉の煮物。素朴な感じで、めちゃくちゃ私の好みであった。やつのもここら辺のローカルのもので、おいしそうであった。
デザートも素朴ではあるのだが、、本当においしく、大満足のディナーであった。
ここまでは、よかった。
これからが、非常に大変であった・・・。
さて、明日は今回のトレッキングの中での本当の試練の日。嫌がるあいつをせかして、なんとか朝早く出発し、一日に2,3本しかないバスの最終になんとしても乗らなくてはならないのだ。
それなので、ここの朝食を食べていたら確実に間に合わない。そのため先ほど話をつけた通りに、朝食と明日のランチを今日の夜にもらい、支払いも済ませなければならないのだ。
たぶん1年の中でももっとも混んだ日だったのだろう。それかホテルのシステムがきちんとしていないからか。(たぶんこれが一番の理由)
このレストランのレジが、ディナー後にものすごいことになっていた。なぜか一人の支払いに、死ぬほど時間がかかっているのである。
朝食ももらわなくてはならない私たちは、9時半にまた来いと言われて、まずは部屋に退散した。
そして、9時半にまたレストランに行っても、さっきと似たような修羅場が続いている。
なぜかレストランのレジの人がレストラン内の人に電話して何かを確かめているのだ。
はあ、、、そしてあの不愛想なおねーちゃんが、なんだか非常につらそうな感じである。
このホテル、いい素材があるので、もっとうまくできたら、いいホテルになるのにな。
まあ、私たちは わがままを聞いてもらい、朝ごはんも明日のランチも入手したので、感謝しなくては。
Sella 2584m - Col lason 3289m - Eaux-Rosses 1658m




















