8月14日 トレッキング2日目
Crest:1170m 7:07 出発
Celle Fricula 2541m
Champorcher 1410m 19:30頃 (正確には、Chardonney)
***写真から***
朝日に輝く レストラン
最高の天気。最高の景色。
懐かしいここら辺の景色。
この黄色矢印に従って歩くのだ。
かわいい橋がかかってる
この天気で歩けることを感謝する
この地域特有の石のお家
私たちの天敵 牛たちが・・・。果たしてあそこを突破できるか。
岩の上でちょこんと待つあいつ
8月にまだお花が咲いてる!
何かいる!
早朝出発(ヨーロッパにしては・・・)
朝は、5時半には起きて、可能な限り静かに部屋を出た。可能な限り静かにしても、やはりどうしても音はたってしまう。昨日の夜に、荷造りを完了していてよかったのである。
外にでて化粧をし、あいつは外で荷造りをしている。まだ薄暗い。このドミトリー前には、あの水場もあり、精神的にとても落ち着く。昨日の宿は、水場もなく、水も置いていなかったので、なんだかつらい感じがしたが、水が十分にあるだけで幸せな気分になる。
あいつと一緒にドミトリーを出たが、途中であいつが忘れ物をしたかもしれないということで、あいつはもう一度ドミトリーに戻り、私は引き続きレストランに向かって歩くことにした。
暗い中であいつが大丈夫かどうかとても心配になり、あいつを一人で戻らせたことを後悔する。しかしレストランの人にも6時なんて時間に来てもらっているので、そちらにも早くいかなくてはという気になるのである。
6時過ぎに到着し、あの子のお母さんに、まずお礼を言うが、通じていたかどうかわからない。そうして、トイレを借りた。あのドミトリーには、トイレが一つしかなく、朝には下の人たちを起こしたくなかったのである。
ああ、山小屋っていろいろ大変である。けど、こういう不便もたまに味わうと普段の生活がとてもありがたく思えるのである。
ここは、普通の山小屋とも違っていて、おもしろかった。他の国のトレッキングは予想もしないことがたくさんあって楽しいのである。
朝は、ケーキやパンをカロリー摂取のために口に放り込んだ。やっぱり朝は、山小屋の朝はどこもこんな感じである。けれどもあったかい飲み物をいただけるだけでありがたい。
無事ランチのサンドイッチもいただき、出発である。支払いは、あの女の子がいる昨日のうちに済ませておいた。お父さん、お母さんは、どうしても英語が通じないのである。それにしても、世代によってここまで違うとは。これは教育のせいであろう。
苦しい峠前
車付近で、荷物の最終調整をして、いよいよ出発である。いい感じの朝日もでてきている。どうかいい天気が続くことを祈るのである。あいつは、車の位置を崖から遠ざけている。崖から石が落ちてくることを心配しているらしい。私も、車がここで無事にいてくれることを祈るのだ。本当は、Donnasの宿で安全に保管されるはずが、こんな山奥であと4日間待っててもらうことになってしまった。毎年、何かを急遽変更しなくてはならない状況になる。これも旅の醍醐味であるし、こういうのをうまく乗り換える力もついてくる。
車くんともお別れを告げて、今日から本格的な山歩きである。どうか無事に私たちもここに帰ってこれますように。
他の人はまだ朝食も食べていないが、私たちは冷たい水をテルモスに汲んで出発した。テルモスで水をつめたく保ことができるのが、本当にありがたい。去年もこのテルモスの冷たい水で、なんとか登れた場所がいくつもある。
まだ朝のひんやりした夜を引きずった空気の中を気持ちよく歩いていく。途中きれいな小川があったり、かなりいい感じである。やっぱり私は、こういうとこを歩くのが好きらしい。一応順調に高度を上げていく。
途中で、さっき車に残してあったのを見つけて、急遽荷物に突っ込んだトマトやフォッカッチャを食べる。トマトのおいしいこと!そういえば、数年前もトマトを持って山に入ったことがあった。特にイタリアのトマトはおいしいので、山歩きにはとてもいい。次回もトマトを買おうと心に誓う。だが、来年も覚えているだろうか。
峠の少し手前で、あのイタリア人家族の男の子が追い付いてきた。彼らは、8時頃に出発したという。1時間の差がもうこんなとこでなくなってしまった。男の子と話していると、女の子とお父さんも到着した。私たちは、もうかれこれ15分ぐらい休憩&おしゃべりしていただろう。お母さん到着した。いくら早く出発したとはいえ、のんびりしすぎたかもしれない。その後抜きつ抜かれつで、あの家族と一緒に峠に向かった。途中で、雨が降り出し、みんなカッパ着用をした。女の子がポンチョと言っていた。ポンチョは、イタリア語でも日本語でも同じらしい。
雨が降り、上の方でごろごろという音もしてきてしまった。昨日よりは、ぜんぜんましであるが、天気がずっといいわけではないらしい。そういえば、携帯の天気予報も雷雨とでていた。
このころから私がかなり遅れだし、家族とかなりの差がついた。レッドブルも飲んでいい感じなのであるが、非常に苦しいのだ。もうかれこれ2000mはとっくに超えているので、標高のせいだろうか?(たぶんが体力がないだけなのであるが、標高のせいにしておく。)
峠手前で、バナナを食べたりして、栄養補給する。やはり山歩きでは、こまめな栄養補給がとても大切である。さもないと、エネルギー切れになってしまう。特に、今日みたいな長丁場の時には、そうである。おまけに、天候が悪いと、どうしても食べるのがめんどくさくなってしまう。今日は、峠の前でバナナなどで栄養補給をしていて助かった。というのもその後天候が悪くなり、しばらく落ち着いてサンドイッチなどを出せる状態でなかったからである。
それにしても、峠までは本当にきつかった!私の秘密兵器のストックもだしながら、えっこらせと登っていた。イタリア人家族はどんどん見えなくなる。
おまけに、天気がどんどん変な方向に向かっていく。
なんとか峠に到着はしたが、展望もよくないので、峠で長居はせずに早々に下り始めた。
峠までの登りもきつかったが、峠以降の下りもきつい、岩だらけで、かなり歩きにくい。この部分を登るのもかなり嫌だなあと思いながら下りていく。
はるか下の方に、牛の大群とあのイタリア人家族がいる。彼らは、下で休憩しているようである。
しばらく下りていくと、天気がよくなってきた。と同時に歩きやすいいい道になってきた。ここら辺がとてもよかったのである。今年は暑かったし、もう終わっているだろうと思っていた花もまだたくさんさいているし、先ほどの雨のせいで、緑が輝いている。こんなとこをこんな天気の中歩くことができて、幸せなのである。
それからも下りが延々と続いたのである。
途中で、いい感じの川があり、かなり時間が押してきてはいたが、あいつと靴下を脱いで、はだしの足を川につけてみた。これが、また気持ちよく、このおかげであいつは、パワーを取り戻し、最後のラストスパートに踏み切った。
だがしかし、ここでラストスパートするには、少々早すぎたのである・・・。
もともと私は、あいつとは、根本的に体力が違うので、あいつに追いつくように頑張るとかそういう気持ちはない。あいつはたったか行ってしまうが、私はもともと追いつくことなどはできないのだ。
それなので、あいつは、いつもどこかで待たなくてはならないはめとなるし、あいつはあいつで、そうやって休むのが好きである。
うさぎとかめなのだ。
私は、休憩なしでのろのろ歩き続け、あいつは、たったか歩いては、居心地のよさそうな岩の上などでのんびりと休憩し、たまに携帯などをいじっている。
あともう少し、もう少しと思いながら、歩いていた。そうして、ある分岐にたどり着いた。
昨日の夜に、イタリア人家族のお母さんの方から今日のルート上で土砂崩れがあり、迂回しなくてはいけないので、いつもより時間がかかるみたいよと教えてもらっていた。ドミトリーが一緒の人たちからも、30分ぐらいに余計にかかるかなあと教えてもらっていた。サインがしっかりでているので、それに従えば大丈夫だと教えてもらった。(サインが読めればよいのだが・・。)
いつかその土砂崩れの場所がでてくるのだろうと思っていたが、かなり終盤戦のはずであるのにおかしいなあとここ数時間思っていたのであった。
この分岐がどうやら土砂崩れのために、道が分かれている場所のようである。予想通り、、、イタリア語で何か書かれている。どうやらどちらもAlta Vie2と書いてある。
そこに、ちょうど下から人が上がってきた。
この人に聞くしかない!
彼にどちらがAlta Vie2かと聞くと、なんとどちらでも大丈夫という。
土砂崩れと聞いたけど、どうなのかと聞くと、英語が通じずにいまいちよくわからない。それから、右側の道をいくと、渡れない橋のことを教えてくれた。これが土砂崩れで渡れなくなった橋のことだろうか?
けどどちらの道も大丈夫といい、地図上にある変な×印も、変な顔をしたが、まあ大丈夫と言っている。まあX印はここからすぐ近くの場所なので、やばくなったら、戻ってくればよいのだ。
その人にお礼をいい、どちらのルートで行くか考える。
右の道は、Champorcherあと15分と書いてあり、左も道は、Chardonney経由Champorcherあと1時間15分と書いてある。
地図を見ると、右側はこれからさらに1200mまで降りて、それから1400mの今日の宿のChardonneyにまた登り返さなくてはならない。こんな疲れている状態で、それは可能であれば非常に避けたい選択肢である。それに15分と書いてはあるが、200m下がって、200m上がるのに、15分なんてありえない。このサインは間違っている。
おまけにさっきからサインの所要時間がかなりおかしいのである。30分ぐらい歩いても、所要時間が5分しか減っていなかったから、きっと間違えたサインを付けてしまったのだろう。Champorcherまで15分なんて、明らかに間違いだ。
左の道は、変なXマークを越えなくてはいけないが、1200mの町まで下って、1400mまでまた登り返す必要はない。今日の宿は、Chardonneyなので、こちらの方が私たちにとっては、まだましなはずである。
それなので、左の道に行くこととした。
悟りの域?
左の道を少し行くと、あいつが、この道あまり人が歩いていないという。確かに先ほどまでの道に比べると、少々荒れているような気もしないでもない。多少の不安を抱えながらも、先を行くと、地図上のX印の場所に、入ってきた。ここは、岩がごろごろしている場所であるが、ロッククライミングが必要な場所などではない。ただ単に大きい岩がごろごろしており、少々歩きづらいだけである。これくらいであれば、今日の峠の近辺と同じぐらいであるし、別に大丈夫である。
一安心して、大きな岩のエリアをずんずん歩いていく。
既に6時ぐらいになっているからだろうか、天気のせいだろうか、それとも木々の中を歩いているからだろうか、多少薄暗くなってきて、寂しい雰囲気になってくる。
この道は、ほとんど人と会うことがなく、あの分岐でイタリア人のおじちゃんと会ってから、誰ともすれ違うことも、追い抜かされることもない。
そうそう、昨日の4人組の人たちに、いつか抜かされるかなと思っていたのであるが、まだ抜かされない。彼らも苦戦してるのだろうか。
あいつがどんどん苛立ってくる。そして、
「鹿が、捕まってる・・・!」
とあいつが言う。
意味がわからないl。
鹿が木に引っかかっているという。
あいつの指さす方向を見ると、確かに鹿の頭みたいなのが、木に引っかかっている。
けれども、あれは鹿ではない。
木であった。
あいつも、かなりやられているらしい。
川を挟んだ向こう側の低い土地に、町があるのが見えてきた。おそらくあの町が1200m付近の町であろう。あの町を越えて、さらに1400m付近まで登らないとChamporcherには到着しない。あの分岐からどうやったら15分でこれができるのか。もしかしがら、車での所要時間を間違えて書いてしまったのかもしれない。これはどう考えたって、1時間以上はかかってしまうのだ。
しばらく歩いていくと、久しぶりに私は自分の限界を超えた力をどこか違うところから出してきているのを感じていた。修行僧の気持ちがわかるような気がしてきた。
とにかく、無心で歩く。これしかないのだ。
あいつは、どんどんいろんなものにあたりはじめ、ブちぎれてくる。あいつが、取り乱すのを久しぶりに見た。
しばらく行くと、これが、噂の土砂崩れかという場所にでた。
上から大きな岩がごろごろいかにもスライドしてきた感じで、道を覆っているのである。
当然、いつもの黄色の矢印マークもなく、いかにも岩が新鮮そうな感じなのだ。(=最近岩が転がった感じ・・・)
しかしながら、これらがさらに動くような雰囲気はなく、既に落ち着いているのは、しっかりわかる。おまけに、この道もかなり来ているので、これを戻ってまた別の道を行くという選択肢はありえない。
あいつは、ぴょんぴょんと岩を乗り越えていく。私は、へっぴり腰でお尻をつきながら、岩を乗り越えたり、わずかな隙間をすり抜けたりする。
悟りの域に近いとこまで来たような気がする。
あいつは、文句を言い続けながら歩いている。私は、悟りの域に近づいてきたので、黙って無心で歩く。
そうして、やっとこ川の向こう側に渡ることができそうな場所まで来た。なんとなく、ここら辺から本日の宿の方向に行けるような雰囲気である。
ふらふらになりながら、橋を渡ると、ホテルなどの建物がちらほら見えた。とにかく、どこかの村には辿り着いた。あとは、今日の宿のB&Bを探すのみである。
ホテルの窓が開いており、中でたくさんの人たちが食事をしているのが目に入った。ああ、もう夕食の時間である。私たちは、今日夕食を食べることができるのだろうか・・・。
とにかく、今の場所がどこか確かめなくてはならない。かなりいい場所に来ているのは確かである。
何かにすがる感じで、近くのホテルに入り、B&Bの場所を聞くことにした。
ホテルに入って、道を尋ねると、英語がわからないようだったので、他の人を呼んでくれた。その人に、今日のBBの名前が書いてある私の計画表を見て、BBを探してもらった。
この予定表は、歩行時間、宿の名前、費用、運転時間などが記載され、結構はずかしい感じのものである。その人は、私たちの今日の歩行時間7時間というのを見て、驚愕し、どこから来たのか聞いてくる。CRESTというが、わからないらしい。
それにしても、ここら辺のホテルの人であれば、すぐわかってもよさそうなのに、わからないらしい。おまけに、携帯を取り出して、電話をかけ始めた。
そうして、私たちをそこまで連れて行ってくれるという。
なんと!!!!!!
天使みたいな方である。
夜7時半過ぎに、ぼろぼろの状態で、たどり着き、宿を探している私たちがよっぽど哀れにみえたのだろう・・・。
すぐそばだが、車で連れて行ってくれるというのだ。本当に、泣きそうな感じで、感謝をし、車に乗り込んだが、その方が
「ディナーは食べたのか?」
と聞いてくる。
いや、、、ディナーどころじゃないし・・・。
ここで食べていった方がいいということで、ホテルの中に連れていかれた。
確かにそうだ。もうこんな時間だし、こんな田舎町で、他のレストランが開いている保障なんて、全くない。
ありがたく、ホテルの中に入った。
私はホテルのレストランに連れていかれるのかと思っていたのだが、なんだかパーティ中の場所に入って、なんだか他の人がみんな歓迎し、手をふってくれる。
?ここはどこ?
どうやら、みんな知り会いの団体さんみたいである。
とにかく意味不明だが、言われた通り席につく。
助けてくれた方は、ホテルのオーナーだと信じていたのであるが、彼はどうやらホテルの人ではなく、この団体さんのリーダーだったのである。そして、この団体さんは、教会関連の人たちで、みんなで夏の旅行に来たというのだ。
なんと!
私たち2人は、ぼろぼろの格好で、彼の家族のテーブルに一緒に座らせてもらい、子供たちとあいさつをした。しかしながら、子供たちはこの得たいのしれぬアジア人が怖かったらしい。あまり笑顔にはなってくれなかった・・・。
私たちも彼らと同じものをいただいた。スープ、そしてメインのポークと大量のトマト!このトマトが本当においしかったのである。やはりイタリアのトマトはなんだか違う。たぶんイタリアのトマトとオリーブオイルの質が単純にいいのだと思う。これだけで、もうご馳走である。
彼とは、いろいろ話をするのだが、会場がうるさいのと、疲れているのと、もういろいろぐちゃぐちゃでよく聞き取れない。
こんなどうしようもない私たちをこうやって助けてくれるなんて、本当に優しい方々である。やはり教会のリーダー的役割をしている方とは、すごい方である。無償の奉仕というか、、、人のために何かをするってことを普通に、私たちみたいな変なアジア人にもそうしてくれるなんて、、、
本当に何と感謝してよいかわからないのだ。
このことも含め、今回の旅行では、かなりいろんな人に助けていただいた。助けてくださった方々にすべてをお返しするのは無理なので、私もこれから困っている人には親切にしようと心から思ったのだ。
世の中には、本当にいい人が多い!たまたま山とかいいエリアに旅行に行ったということもあるが、人のやさしさが本当に身に沁みることが多かったのである。
もう疲れと団体さんの雰囲気で、脳みそがなにが起こっているのか、かなり消化不良を起こしている。いろんなことがありすぎて、なんだかよくわからないのだ。
その後80歳の誕生日の方のセレモニーがあったり、ものすごくおいしいフルーツをいただいたりして、ひと段落したところで、あの彼が私たちを車でBBまで送ってくれた。
ああ、、、本当にありがたい。彼に出会っていなかったら、あのぼろぼろの状態でこの道を歩き、BBに行き、それからレストラン探しが始まってのだ。
本当にありがとうございました。ディナー代を受け取ってくれて、本当によかったのだ・・・
長い一日はまだ終わらない
さて、BBに到着するとおばあちゃんとおじいちゃんが迎えてくれた。
そうして!なんと英語が全く通じない。
イタリア人は、若い子たちは英語が通じるが、40-50歳ぐらいの普通の人たちはあまり英語が通じない。
全く話は通じないが、なんとか朝ごはんの時間を8時半にすること、部屋の場所などを聞くことができた。
もともとこのBBもあまり情報がなく、山小屋みたいなところかもしれないと半分覚悟していたが、バスルームが他の人たちと共有するようになっていた。おまけに、シャワーとトイレが一緒で、共有も結構つらいのだ。
幸い他の人たちは、さっさと寝てしまい、朝はさっさと出発したので、そんなにものすごく不便ではなかったが、下界なのに変な気を使わなくてはならなかったのである。
次の日は、幸いことにコースタイムで3時間ほど。朝もそれほど早く起きなくて済む。今日みたいな日が明日もだと、かなりきつい。いや、数年前のAlta Vie1ではたまにそんな日もあった・・・。
その後、おばあちゃんが英語が話せる人に電話をはじめ、あいつがその人にいろいろ通訳してもらっいた。あいつは、それでもどっと疲れたらしく、部屋にくると、もうブチ切れ、私に八つ当たりする。
まあ、これを決めたのは私だけど、まあいつも何日かはこんな状態になることは、あいつもわかっているはずである!こういう時は、放っておくのが一番だ。修行が足りないのだ。けど、自分で好んできたのでないのに、こんな目にあって、かわいそうといえばかわいそうである。
BBでバスが共同であっても、やはり下界は違う。シャワーも浴びることができるし、楽な服に着替えることもできる。
そうして、夜11時には、ベットに吸い込まれていったのである。
本当に長い一日だった・・・










