8月18日
Rif Coda 2280m 9:00出発
Mont Bechit 2320m
Colle Lace 2120m
Lillianes 665m 18:00やっとこ到着
あの人達の後に歩いて下山したくない
とうとう最終日になってしまった。今年は、なんだかあっという間に過ぎてしまった5日間であった。もう最終日。今日はとうとう下山である。どこの町に下りるかまだ決めていないが、あいつのことなので、一番近い町に下りると言い始めるだろう。ここから一番近い町のLillianesまでは、イタリアの標識では4時間であった。ということは、私だと5,6時間か。
朝食は8時ということだったのだが、さすがに最終日ぐらいは、ご来光をきちんと写真に収めたいと思い、6時に起床した。
外に出たのであるが、残念ながら、真っ白ガス・・・。やはり昨日の素晴らしかった景色の写真を撮るべきだったのだ。しかしそのパワーが残されていなかったので仕方ない・・・。
部屋に戻ろうとしたところ、雨合羽に身を包んだ男性二人組が目に入った。
あり?昨日ここに泊まっていた人たちか?似ているような気もするが、違う人たちのような気がする。
すると、その人達が、
”朝食食べることできるかな?”
と話しかけてきた。
朝食は、7時半からだよと教えてあげた。
それにしても、何でこの2人がこんな変な時間に歩いているのだ。どこから来たのか聞いてみると、冬季小屋に泊まっていたという。夜中に上がってきて、3時頃に到着、そして冬季小屋にいたというのだ。
なぜなぜそんなわけのわからないことをするのか???
私がよっぽど納得のいかない顔をしていたのだろうか。TORのために、トレーニングしているんだと教えてくれた。TORは、夜も昼も関係なく続くレースのため、夜のトレーニングが必要なのだという。
それにしても、真っ白のガスガスだったので、そのまま部屋に直行し、また爆睡した。
結局彼らは、先に進んだのだろう。朝食の時にはいなかった。
朝食は、昨日と同様、巨大カップに、カフェラテ、そしてパンにバター、ジャム等である。今日は下山するだけなのであるが、全部歩こうとするとものすごい距離になる。それなので、やはりエネルギーは蓄えておかなくてはならない。ちなみに、ここでは、ビスケットのようなものも出してくれたのであるが、それがとてもおいしかったのである。今日であれば、山を歩くという大義名分があるので、ビスケット等もおいしくたくさんいただけるのだ。
朝食後、支払いをする時に、小屋のおねえちゃんと飾ってある写真などを見ながらおしゃべりした。どうやら彼らは代々この小屋を受け継いでいるようである。それからこの小屋は、TORの通り道となり、今年は9月らしいのであるが、日本人もかなり来ると言っていた。
そして、いろんな人たちのサインが小屋の机や壁に飾られている。そういえば、昨日の宿泊者がこれらのサインを見て、いろいろ話していた。知っている人やスター選手のサインを探していたのだろうか。
それから地図上に見つけた変なマークが何か聞くと、鎖やステップがある場所という。きちんと整備されており、危なくはないという。よかったのだ。まあ、AltaVie1では、危険な場所はないはずである。
おねえちゃんたちに別れを告げて、出発である。
ちょうど私たちの前に、昨日宿泊していたご夫婦も出発しようとしていた。彼らも、Lillianesに行くという。
出発してからほどなくして、分岐となった。
楽して町に下りるか、それとも鎖などがある場所を通るかの選択を迫られた。私は当然Alta vie1を歩きたかったのだが、先に見える山はかなり高そうであり、かつ切り立っている雰囲気である。おまけに、かなりガスっている。
こんな変な天気の時にわざわざ登る必要もないような気がした。
あいつは、やはり楽をするコースを選択した。楽なコースを下りていると、あのご夫婦に追い付きそうになった。
そこであいつは、なんだか思うことがあったらしい。
”山の方のコースに行こう。”
というのである。あいつがやる気であれば、私もやるのだ。今はガスってはいるが、上から薄い光も見えているし、これから天気が変わるかもしれない。
あいつはどうやらあのご夫婦の後に、下山するのがなぜか嫌だったという。ただでさえつまらない下山なのに、前に人がいるのが非常に嫌だったというのだ。
しばらく下りてきてはいたが、それをまた登り返し、先ほどの分岐まで戻ったのである。分岐の先に見えるのは、結構登りがいがありそうな稜線である。
少し進むと軍手が役に立ってしまうような道になる。ここで気づいたのであるが、この道はとても日本の山に似ているのである。日本の山を歩いているような気分になり、私も急にスイッチが入ってきたのである。
あいつも自分の選択を正しいものと思い込み、がんがん登っていく。AltaVie1の道は、難しいところも危ないところもほとんどない。ここら辺だけが、多少注意が必要な場所となる。けれどもこのレベルは、日本の北アルプスなどでは、随所にみられるところであり、日本であれば全然普通レベルの場所である。
あいかわらずガスってはいるが、薄明るくなってきている。昨日の午後みたいな直射日光にやられるぐらいなら、これくらいのガスの中の方が動きやすい。
けれども行く先は、なんとなくかなり大変そうな雰囲気なのである。本当にあの切り立ったような山に道があり、歩いていくことができるのだろうか?見た目はかなり手ごわそうな感じなのである。
それでも道を進んでいくと、それほど苦労もせずに先に進むことができる。見た目と実際は違うこともある。
そういえば、西岳から槍ヶ岳に向かう東鎌も、見た目はぎょっとするのであるが、着実に前に進んでいれば、いつかは槍に到着する。
これから結構きつかなと思ったところで、レッドブルタイムである。結局昨日は、最後の一本を飲まないでゴールしたのであった。これが今回の山旅の最後のレッドブルである。まあまたいいタイミングで飲むことができたと言えるだろう。それから余っているアプリコットなどもついでにいただく。
あいつの気まぐれではあるが、こっちのルートに来ることができてよかったのである。なんとなく、今日の最高所の山頂脇を通りすぎ、地図に仰々しいばってんマークがたくさんある場所に辿り着く。ここが整備されているので、全然危険ではないと教えてもらった場所である。
確かに、きちんと大きなステップが随所に岩に取り付けられて、鎖もきちんとついている。ここまでいらないんじゃないかぐらいの勢いで十分に整備されている。さすがに転んだりしたら、あぶないが、まあ大丈夫である。何といっても、AltaVie1だから。
鎖やステップのたくさんついた岩を通り抜けると、登りである。ここら辺で、道が怪しくなる。途中角の生えたヤギ(もしくは鹿)みたいな動物の間を通り抜けたところで、道がわからなくなる。右側に道があるはずなのだが、先に進む道しかないのである。
おそらく地図を少々見間違えているのだろう。とにかく、はっきりした道を歩くのが、今のところ正解だろう。あー、私はいつになったら、地図をきちんと読むことができるのだろうか。イギリスだと地図を読めないとひどい目にあるのだが、ヨーロッパアルプスや日本は標識がかなりしっかりしているため、きちんと読めなくても大体読むことができればまあ大丈夫である。そんなこんなで、未だにまともに地図を読むことができないのだ。
予想通りやっとこ分岐のサインを発見した。よかったのである。このままあっちの大変そうな道を登っていくのは、ちょっと嫌だなあと思っていたところである。右方面に曲がり、ここから緩い下りがずーーーーーっと続くのだろう。
今日は、昨日よりも人とよく出会う。しばらくのんびりした道を歩いていると、牛小屋や家が点々とある開けた場所にでてきた。そこには、野生化したような人間という動物もいた。
本当に野生化したような奇妙な声を出して、じゃれあっている若い男の子達、たぶん何日かは着替えてなくて、シャワーも浴びてない感じのおばあさんとか、ここら辺でであった人達は、かなり衝撃的であった。特にあいつがいなかったら、あの男の子達の近くを通るのは、かなり怖かっただろう。おばあさんの見た目もかなり強烈ではあったが、とても優しく手を振ってくれた。
イタリアの山中で、こんな体験をするとは、かなり衝撃的であった。なんていうのだろうか、たぶん50年ぐらい前から、ずーっと同じような生活をしている人たちという雰囲気が漂っているのだ。
その後またのろのろ歩いていると、下の方からご夫婦らしき人達が登ってきた。彼らは、下のSASSAという村に宿泊しており、今日は散歩にここら辺まで来たという。普通に英語も話せる。イタリアでは、英語を話すことできる人の割合が高いと思う。日本の山で外国人が歩いていて、英語で普通に外国人と会話ができる人ってそれほど多くない気がするが、イタリアでは適当な会話がすぐに英語で成立する。
Alta Vie1を歩き始めて今年で、3年目になってしまったが、今回が一番外国人と出会わない区間であった。クールマイユール付近は、やはりツールドモンブランとも重なっているために、かなりの外国人(イタリアでの外国人ということなので、フランス人とかスイス人とか)がそこそこいる。しかしながら、Alta Vie1を進んでいくと、どんどん外国人の割合が少なくなり、今年はイタリア人以外と出会うことはほとんどなかったのである。ましてやアジア人とは、一人も出会わなかったのである。
それから、昨年から始めた山歩き最終日のお楽しみ。カップラーメンタイムである。ヨーロッパアルプスでの山の食事はおいしいのであるが、後半になってくると和食系の味が恋しくなってくる。そのために、去年から始めたのが最終日ラーメンなのだ。テルモスに暑いお湯をもらうと、そのお湯でカップラーメンができるのだ。去年も今年も、少々ぬるかったが、まあ気にしない。登山道のそばの岩に座って、出前一丁をいただいたのだ。
その後、番犬の役割を放棄し、寝そべって、ぼけた顔で私たちの顔をずーっと見ていた犬のそばを通りすぎたり、山の中の集落を楽しく見学する。電気とか通っているのだろうか?昨日の命の水みたいな水場がないかどうか、ずーっと探しているが、ここら辺にはあの水汲み場はないようである。残念だ。あー、昨日みたいな水が飲みたいのに。
ずんずんくだっていると、とうとう最終日に牛の大群と対峙することになった。ヨーロッパの山にくると、必ず何回か牛の大群に行く手を阻まれるのである。今年は、それほど深刻な事態にはなっていないが、過去に何度も手に汗握る状況に追い込まれたのである。
ゴロンゴロンと例の牛のベルの音がする。そうすると、牛の大群が登山道全体に、ぶわーーっと広がっている。
”おお、、、、、-”
先頭の牛が雄たけびをあげる。
この状況、何年か前に似たような状況になったような気がしてきたのである。
唯一の武器である、ストックをザックから抜き、いざという時に備える。あいつはストックを持っていないので、そこらへんに落ちていた木の切れ端を拾い、武器とする。
牛が登山道にのさばっているので、私たちは、道から外れた草むらの中を歩き、牛を避ける。そして、牛の大群に上に行けという指示を私はストックで、あいつは木の切れ端でする。そうすると、なんと牛が私のストック、あいつの木の動きに合わせて上の方に登り始めたのである。
おお、牛を動かすことができる。
かなり真剣に、ストックと木の切れ端を上に、上に動かして、牛を誘導する。20頭ぐらいの牛がどんどん上の方に動いていった。私たちの真剣な熱意が牛に通じたのであろう。
なんとか今年の最大の危機を回避した。
ふう。
被害がなくよかったのである。イギリスでもヨーロッパでも、牛は怖いのだ。
あいつ川でおおはしゃぎする
牛の危機を回避した後、私たちは、ものすごく素敵な場所を発見した。そこには、澄んだ水が流れる川があり、その川にいい感じの橋が架かっている。おまけに、川の傍には、テーブルとイスまであるのである。本当に、きれいな場所で、誰も人がいないことが信じられなかった。
日本にこんな場所があったら、家族連れなので、ごった返しそうである。しかしながら、私たちが滞在したかなりの時間、誰も人が通らなかったのである。だから、あいつがあんな暴挙に走ったのである。
この素敵な場所を見つけて、あいつが、靴を脱いで川に入ると言い出した。まあこれくらいならいいだろう。暑いし、もう結構下まで下りてきたので、少しぐらい休憩してもいい。あいつが、靴を脱ぎ、靴下も脱ぎ、川に入っていった。岸近くは、非常に浅く、水は足首ぐらいである。あいつが、
”つめたーーい”
と喜びまくっている。
あいつが遊んでいるのを見ているだけではつまらないので、私も靴と靴下を脱いで、川に入ってみた。
”つめたーーーい”
のである。まじめに10秒ぐらい水に入っていると、もう足が冷たくて我慢できなくなる。水に入っては、近くの岩に揚がって足をあっためる。
川の水ってこんなにも冷たかったのである。
そういえば、小さい頃よく近所の子たちと母親たちに連れられて、川に遊びに行ったなあと思い出す。その川の水もきれいだったが、ここの水も素晴らしい。あいつもどうやら、小さい頃を思い出していたようである。
それにしても、本当に冷たく、少し歩いては、岩に揚がり、また水の中を歩いては、岩に揚がることを繰り返す。はだしで、川の中の石の上を歩く感じ。とても懐かしい感じがするのである。ここで、今までの疲れが吹き飛んだ。
いい加減足が冷たいので、私は岸に上がることにした。
しかしながら、あいつがまだ川で楽しそうに遊んでいる。真面目に、小さい子を川で遊ばせている母親である。
あいつが言い出した。
”泳ぐ”
”はあ?”
服まで脱ぎだして、川の深い部分にドボンと入った・・・。
あのさーー、、、、
水を得た魚のように、水と戯れている・・・。
けどまあ、子供が、一人で楽しく遊んでいる感じである。川の深い場所で、泳ぎ、潜ったりして遊んでいる。
私はあいつを眺めているほどは暇ではないので、今後のルートを地図で見直したり、たまっている日記を書いたりしていた。
それにしても、いったいどのくらいここにいたのであろうか?かなり日記もすすんだので、1時間以上、もしかしたら2時間近くいたのではないだろうか?さすがにのんびりしすぎである。
”転んだ。”
と言っている気がする。
”転んだ。”
とまた宣っている。
仕方ないので、声がする方に行ってみると、あいつが足を切ったという。
あーー、、、、、、。
全く手が焼けるのである。荷物の中からバンドエイドを出す。消毒は持っていないので、何か変わりになるものがないか探してみると、オロナイン軟膏があったので、塗ってみた。果たして、効いたのかどうかはわからない。
これで歩けなくなったらどうするんだ。全く・・・。
応急処置をして、そろそろ服を着ようとすると、換えのパンツがないという・・・。
そんなこと知るかである。換えのパンツがあると思ったが、なかったというのだ。それなので、既に水着と化したパンツで帰らなくてはならないのだ。
パンツを乾かすべく、日光浴している。
あーーーー、これでまた出発が遅くなる。そのおかげで、私の日記もかなり進んだのである。
やっとこあいつのパンツが乾いたのか?そのままか?出発することにした。
かなり下りてきたとは言え、まだそこそこの距離はある。快調にすすんでいると、私がずーーと求めていたもの!あの水汲み場があったのである。
水がじゃんじゃかでており、牛だけでなく人間も飲んでよさそうである。水飲み場発見でここまで喜ぶことができること、この一週間のある意味成果である。
まず大事に手で水を受けて、いただく。
”おいしい♡ ” (けど昨日の命の水ほどではない。)
それからテルモスの水筒にじゃんじゃか入れて、ごくごく飲み始める。水を好きなだけ飲むことができる。なんてすばらしいことなんだろう。おいしく水をがぼ飲みし、余っていたポカリスエットの粉を使ってポカリも作ってみた。あー、おいしい。これからしばらく、テルモスで冷たいままのポカリを楽しむことができる。なんて、贅沢なことなんだろう。
非常に念のため、余っていたペットボトルにも水を汲む。重くなるが、水が十分にあるって、本当に幸せなこと。
あいつも水を飲んだり汲んだりしている。それにしても、もちろん場所にもよるのだが、Aostaの周辺は、水が豊かなのだろう。村や町の至るところにこのような水汲み場がある。3年前からこの水汲み場にとても助けられている。
この水汲み場を通り過ぎると、車道と登山道が常に交差するような感じでの下山となる。車道でない場所には、普通の住宅があり、イタリアの普通の人たちの生活を垣間見ることになる。別に意識して、凝視しているわけではないが、AltaVie1の道が住宅街の中にも続いているために、どうしても見えてしまうのである。
家庭菜園があり、いろんなものが実っている。なぜかいつもこの時期にじゃがいもの花が咲いている。日本と収穫の時期が異なるようである。結構すごい格好で、自分のガーデンで日向ぼっこしている人もいる。
いいなあ。
そうして歩いていると、トレイルランの格好をした人と出会ったりもする。なんとある若そうな男の子は、これからCodaの小屋方面に行き、夜中も歩き続けて、Grossoneyに行くと言っていた。
”えっ?”
この時点でたしか4時か5時ぐらいだっただろう。Codaに到着するのは、陽が暮れてからである。おまけに、暗い中であのごつごつした場所を通らなくてはならない。
なんと、彼もTORの練習をしているという。なぜ夜に山の中を歩かなくてはならないのか。こういう人間の限界に挑戦する過酷なレース。私にはやっぱりわからないが、こういうのに挑戦、達成するとまた人間の違う域に達するのであろう。
その後、トレイルランのトレーニングと思われる人達に、何人か遭遇した。9月の本番に向けて、なのであろうか。そういえば女性一人で登っている人もいた。
やはり、私の知らない世界である。
どうやってChampolucに戻るのか
下山途中で、AltaVie1の道とバイバイをし、Lillianesの村の方に続く道へと入っていく。この先の道が多少見えた。この先の道もよさそうである。来年は、ここから歩き始めるのか?それともAlta Vieは今年で終わりか?また来年考えることとする。
車道や住宅の間を縫う細い道などを経て、やっとこLillianesの町に到着した。この町には、山の道からLillianesと大きく見えるようになっており、町に到着した喜び度がアップする。
今日は、あわよくばDonnaという次の次の町まで行こうなどとも思っていたが、私の歩く速度及びあいつが川で遊んでいたために、到底無理であった。
さて、町に到着したはいいが、ここからもまたある意味勝負である。はたして、バスに乗ってChampolucにに帰ることができるのだろうか?
バルコニーからずっと私たちを見ていたおじさんにバス停の方向を教えてもらい、その方向に歩いていくとあっさり非常に小さなバス停を発見した。かわいいカフェの前にあるバス停である。近くにいたおばあさんとおばさんに、ここがバス停であることを再確認する。どうやら本当のバス停のようである。
時間を見ると5時15分にバスが来るようである。あと15分ほどだ。ちょうどよい。カフェには、なんと昨日からずっと食べたかったアイスが売っているようである。巨大?ザックをしょったままカフェに入り、カフェのおねえちゃんに変な顔で見られるが、無事にアイスを2個購入した。
1個は、昨日からずっとたべたかったアイスキャンディータイプで、1ユーロもしないアイス。もう1個は、Aostaのミルクで作られたという高級アイス。これは3ユーロぐらいしたらしい。
とにかく、アイス購入でかなりハッピーになるのである。あいつとバス停近くのベンチでおいしく食す。あー、かなり怪しいアジア人である。こんな光景がここで見られるのは、数年に1回ぐらいではないだろうか。
アイスを食べていると雲行きがかなり怪しくなり、とうとう雨まで降ってくる。ちょうど町に到着してから雨が降ってくるなんて。誰かが守ってくれているようである。
バスの時間になったので、必死に車の行き来を見て、バスを逃さないようにする。時間になってもこないので、さすがイタリアだと思ったが、どうやら私たちが時間の見間違えをしていたらしい。5時20分だったので、そろそろ来るはずである。まあこんな山の中のバスの時間が正確なはずはないので、時間通りなことはもともと期待していない。それでも数分遅れで、バスが到着した。とても大きな立派なバスである。
このバスで、St. Pont Martinまでである。といっても、どうやってChampolucに戻るかよくわかっていなかったので、バスの運ちゃんに教えてもらったのである。私が数か月前にプリントアウトしたここら辺のバス時刻表にもそんなようなことが書いてあるので、あっているだろう。
雨の中の山道をバスで快適に下りるのである。強い太陽には苦しめられたが、雨を見るのは本当に久しぶり。とてもありがたいのである。バスはエアコンもしっかり効いており、おまけに空いており、とても快適であった。
ただバスの運ちゃんがずっと乗客のおばちゃんたちをおしゃべりしていた。きっとこの路線をよく運転する人なのだろう。この和やかな雰囲気もいい。
非常に快適な状態で、St. Pont Martinに到着した。さて、ここからは、また別のバスに乗って、去年も乗り換えをしたVerresという場所に向かうのである。
St. Pont Martinのターミナルで、時刻表を見ていると、Verresまでいくことはできるが、VerresからChampolucへの最終バスが7時頃であり、私たちがVarresに到着するころにはもうChampoluc行きのバスがなくなっていることが判明した。
ということで、St. Pont Martinのターミナルでは、かなりあがいてみた。まずバスの運ちゃんに、Champolucに戻りたいが、バスがないみたいだと話してみると、通じてるのか通じてないのかよくわからないが、イタリア語で、なんとなくVerresまでは行けるが、その後のバスはもうないと言われる。英語とイタリア語でも、ある程度会話はできるようである。
バスに時間までまだ時間があったので、駅の近くのバーに行き、タクシー会社を聞いたりしてみるが、どうもうまくいかない。
それなので、行けるとこまでバスで行くことにしてみた。
さっき話をしたバスの運ちゃんのバスがVerres行きのバスであり、運ちゃんには、ひとまずVerresまで行くことにしたと言ってみた。たぶん通じていただろう。
このバスも空いており非常に快適であった。途中からイタリア人のかわいい女の子が何人か乗ってきたので、あいつはとてもうれしそうであった。イタリア人の若い女の子たちは、本当にかわいいのである。ここ一週間山にいたので、こういうかわいい子たちを見るのも久しぶりである。
そして、とうとうVerresに到着だ。ここは、去年も乗り換えをしたターミナルである。去年は、晴れており、かつそんなに遅い時間ではなかったが、今年は天気も悪く、薄暗い感じである。
ここの時刻表を確認してもやはり、最終バスは既に、既に出発してしまっている。さて、はて、どうやって、車のおいてあるおまけに今日宿泊予定のChampolucに戻ればよいのだろうか。
まずあいつのWifiのスイッチを入れ、ここ近辺のタクシー会社に電話をしてみる。金曜日の午後8時近くに、外国人から40-50分もかかる山の中の村に連れていけという電話である。断られて当然である。
誰もいないターミナルでは、もうどうにもならないので、近くのガソリンスタンドに行くことにした。ガソリンスタンドの人に泣きついたら、なんとかなるかもしれない。
歩いてガソリンスタンドに行くと、外に白いテントが建てられている。そしてテントの中で、たくさんの人が楽しそうに飲んでいるのである。何かのパーティだろうか。けど、、、ここガソリンスタンドなんだけど。
中に入ってさらにびっくり、ガソリンスタンドがバーになって、ガソリンスタンドの店員と思われる人たちが、ビールを出したり、食べ物を準備したりしているのだ。山から下りてきたばかりのアジア人は、かなり目立っているだろうなと思ったのだが、なぜかみんなそれぞれ楽しんでおり、私たちなんてどうでもいい感じである。
私たちは、今日なんとか車も置いてあり、ホテルも予約してあるChampolucに戻りたいのである。Champolucまで行きたいので、タクシーを呼んでくれないかなあとガソリンスタンドのお兄ちゃんに、切迫した感じで、お願いをしてみた。そして、最終バスに乗り遅れたことも伝えてみる。
このかわいそうというかまぬけな日本人2人を見て、哀れだと思ったのだろうか、タクシー会社に連絡してくれるという。なんとなく、ここはバーにもなっているので、タクシー会社への連絡はよくしているような雰囲気である。
そのお兄ちゃんは、結局タクシー会社の友達がいるというバーで飲んでた他の人に、お願いをしていた。バーの客が私たちのために、タクシー会社に連絡をしてくれている。
なんとありがたい。めちゃくちゃラッキーなのではないだろうか。
そうして、8時半ごろになり、Champolucまでの料金は80ユーロだがいいか?とその人聞いてきてくれた。うんうん。Champolucに戻るには、この選択肢しか残されていないのだ。Verresでホテルを探すという手もないこともないが、車がChampolucにあるので、いずれにしても明日Champolucに行かなくてはならない。そうするとChampolucのホテルをキャンセルしなくてはならない。ここは、80ユーロだろうが、Champolucに戻るのが、まともな選択であろう。
8時半にはまだ時間があったので、私たちも一杯いただくことにした。ちょうど喉も乾いていたし、やっとこ今日の目途がたったので、いい一杯である。ビールをいれてくれたお姉ちゃんが、食べ物はあっちにあるわよと教えてくれた。なんとバーのカウンターにブルスケッタやチーズやポテトチップスが置いてある。なんと、勝手にいただいていいようである。さすが、イタリア。ブルスケッタがとてもおいしかった。
そして、こんな感じでくつろいでいた時に、スタッフのお兄ちゃんが私たちのザックを中に入れてくれた。なんと!外はものすごい雨で私たちのザックがずぶ濡れになりそうだったのである。なんとなんと、ありがたい。本当にこのおにいちゃんには、なんと感謝したらよいかわからない。人の温かさって、すごいのだ。
2杯目をどうするか悩んでいた時に、ちょうどあのおじさんが呼びにきてくれた。白い革張りの青いBMWが到着した。
かっこいい!
いいではないか。こんな素敵な車で49-50分のドライブである。ちょっと酔っ払っているために、かなり陽気にあのお兄さん、おじさんにお礼をいい、別れを告げて、車に乗る。
エアコンも気持ちよく、バスには乗り遅れたが、こんな不思議な体験ができてよかったと思うのだ。おじさんの運転もとても上手である。途中で、本当にChampolucに行っているのか心配になるが、あいつのスマホ地図を見ると大丈夫らしい。本当に一安心である。
そして、ついにChampolucのホテルに到着した。あーー、約1週間ぶりである。ここになんとか無事に帰ってこれて、本当によかったと思うのであった。
ホテルに入り、レセプションの男の子に、チェックインと車を預けてあることを告げると、彼はそのことを知っていた。彼はどうやらあのイギリス人の息子らしく、ママ、パパに電話をして、車のガレージの場所などを聞いてくれた。そうすると先日お世話になったあのイギリス人の人がでてきてくれた。こんな時間に申し訳ないのである。
やっぱり荷物がないと、下界の格好になることができないので、車まで行き、荷物を取りに行くことにした。イギリス人のおっちゃんには、一週間歩き、今日はLillianesからバスとタクシーで戻ってきたと話をする。さっきの彼の息子のガールフレンドは、Lillianes出身らしい。
車は、きちんと鍵のかかった地下のガレージに保管されていた。立派である。おまけに狭い。私だったら、このガレージに駐車できないだろう。
速攻で荷物を取り出した。
イギリス人のおっちゃんに、この時間だったらたぶんまだ近くのブラッセリーが開いているから、早く行った方がいいとせかされる。この時間に帰ってきて、まともな夕食をいただくことができたら、もうそれだけでラッキーである。
さすがにシャワーを浴びる時間はなかったので、速攻で着替えをしてブラッセリーに駆け込んだ。ブラッセリーには、人がたくさん溢れており、まだまともなものをいただくことができそうな雰囲気である。あーーー、本当によかった。
実は私は山の格好で、出かけようとしていたのだが、あいつが私にもう少しまともな服に着替えろと命令する。山の近くだから山の格好でいいじゃんと思ったのだが、あいつの言うことを聞いて正解であった。ここは、そこそこポッシュな感じのリゾート地であり、このレストランには山の格好でディナーに来ている人は皆無。着替えてきて正解であった。たまにあいつの言うことも役に立つ。
メニューを見るがよくわからない。そして、野菜が食べたかったので、レストランのお兄ちゃんにサラダが食べたいというと、サラダを作ってきてくれた。あー、なんて臨機応変に対応してくれるんだろうと感動ものだった。それからいつも通りAostaワインのハーフボトル。今日は、私たちの愛するワインがあったのだ!そしてレストランのお兄ちゃんに、このワインがこの町で売っているかどうか聞くと、売っているというのだ!明日の朝に時間があるはずなので、買い物に行くことにした。あー、ほんとうれしい。
時間も遅かったので、あとは巨大ピザを二人で食べて、デザートをいただいた。それにしてもイタリア人は、食べ物をサーブするのが本当に上手である。デザートの後には、グラッパもいただき、更にいい気分となる。
こんな変な時間に、テーブルで夕食をいただけただけでもありがたかった。
今思っても、今年も本当にたくさんの人たちによくしてもらい、お世話になった。こんなにたくさんの好意をいただいたので、私も何かの機会があったら、他の人によくしなくては!こんなにたくさんの素敵な人々の好意ばっかり受け取っていたら、ほんとバチがあたってしまうかも。
今日お世話になった人たち。本当にありがとうございました!
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Codaの小屋。標識がたくさん。朝の時間は、本当にガスガスだった。昨日は、ほんときれいだったのに!
朝食。いつも通りの巨大カフェオレカップ。
ガスガス。本当にあんなとこに行けるんだろうかと思うが、意外と大丈夫なのだった。
下りていくと、天気がよくなってくる。
きもちいい緩やかな下り。しかし、その下りにも飽きてくる・・・。
車道が見える!下界が近い。うれしいような、悲しいような。
青空がうれしい。
なんだかかわいい石のお家。
恒例のカップラーメン。テルモスのお湯と出前一丁。出前一丁は、イギリスで調達。
あいつが遊んでいた川。
最後の下りの際に、たくさんの栗を見た。なんだかとてもかわいいのだ。
バス停の前。この景色を見ながら、本当にくるかどうかわからないバスを待つ。











