8月16日 

Gressoney 1396m 9:30出発(車で)

Niel 1550m 10:30出発

Colle Delle Vecchia 2184m 14:00頃か?

Vecchia 1851m 15:00すぎごろか

 

モンテローザ そしてありがとう

 

さて、今日は予想外の場所で目が覚め、予想外に素敵なものを見ることができた。モンテローザである!ZERMATTあたりにいると、モンテローザはマッターホルンに圧倒的に負けており、ホテルの部屋も、モンテローザよりマッターホルンが見える方が高く設定されている。

 

しかしながら、ここら辺では、モンテローザが大スター、主役なのである!

 

昨夜はいろいろあったが、シャワー、トイレが自分たちだけで使える場所がある。そして、鍵もかかっている。それだけでありがたい。

 

今日の夜に泊まる山小屋までは3時間ということである。そのため、それほど真剣に急がなくても大丈夫なはずなので、昨日ここまで送ってくれた奥様が9時半に車で迎えに来てくれるという。

 

あーー、本当にこんなに迷惑かけてよかったのかどうかわからないのだが、昨日の夜はどうしてもあの状態を受け入れることができなかったのだ。それなので、仕方がない。けれどもそのおかげで、この素敵な奥さまにも会うことができたし、泊めてもらったホテルのおじさま方とも会うことができたのである。皆様に多大な迷惑をかけてはいるのだが、、、、、けど一番の被害者は私たち?

 

とにかくこの状況の中で、ものすごいベストを尽くしてくれた皆様に感謝するのみである。

 

朝食を8時にいただき、9時には支払いを済ませて、WIFIがつながるホテルのロビー近くで今日の山小屋を調べていた。今更なのであるが、夕食がでてくるのかが気になり始め、ホテルのおじさまにホームページを読んでもらったのである。どうやらローカルのワインや食事をいただくことができるようである。ひとまず安心である。

 

予定通り9時半に奥様が迎えに来てくれた。昨日とはうってかわって、楽しくお話しをする。あー、昨日は本当に申し訳ないことをしたのである。モンテローザに別れを告げ、ものすごくいい天気の中、おととい泊まったホテルや昨日の朝歩いた道などは、目に入らないようにする。

途中で、お店で買うものはないかと聞いてくれたり、本当に気がつく優しい方だった。それだけに、ここまでしてもらったことを申し訳なく思う。

 

30分ほどで、Nielに到着する。今日もネパールの旗がホテルのガーデンに、はためいている。Nielの水くみ場で、水をありがたくいただいてから、昨日のディナーの支払いを済ませ、このご夫婦に円満に別れを告げる。本当にありがとう。問題があっても、相手がベストを尽くしてくれると、被害を被っている方も納得できるのである。これは、真理のような気がする。気が入っていないと、被害を被った方はどんどん離れていく。

 

3時間の楽々ハイキングの予定が・・・

 

ホテルのご夫婦と別れを告げ、10時半ごろやっとこNielを出発した。今日は3時間の楽々ハイキングの予定であった。

 

今日は、ものすごくよい天気であり、ものすごい日差しである。10時半ともなると、太陽がガンガン元気になってきているのである。

 

歩き始めてしばらくは樹林帯であった。この樹林帯の中では、かなりの人たちが道直しに従事していた。年季のはいったぼろぼろの何十年か前のザックが、道端に投げ出されていたりする。たぶん道直しをしている人たちの荷物であろう。

 

一番おもしろかったのは、エスプレッソマシン(火にかけてつくるタイプのもの↓みたいなの)

 

 

まで山に持ってきている人がいたことである。さすが、イタリアである。山で仕事をする人達が休憩時に、これでエスプレッソを飲むのだろう。

 

日本の山では、なぜか山小屋の人たちが道直しをしているが、イタリアではなんとなく誰かから雇われて道の整備をしている雰囲気である。女性の人もいた。日本の山小屋が、国から援助を受けているとかいないとかはよくわからないが、山の道直しとかは本来はやっぱりプロが対応すべき仕事であるような気がする。山小屋の普通のスタッフが道直しをしているのは、とても日本っぽい。さすがジェネラリストの国である。

 

樹林帯で、しばらく太陽の光から守れていたが、とうとう樹林帯とおさらばし、強い太陽に晒されることとなる。1日目、2日目もそこそこの天気ではあったが、時折雲が出てきたりしていたので、今日のような日差しは、今回の山歩きで初めてである。

 

太陽の日差しに当たるだけで、エネルギーがどんどん吸い取られていくようである。今日は3時間ぐらいと高を括っていたからもあるだろうが、700mぐらいの登りが異様にきつく感じたのである。登っても登っても、太陽に攻撃され、永久にCol(峠)に到着しないのではないかという気持ちになってくる。

 

Alta Vie1もツールドモンブランと重なっているクールマイユール近くは、たくさんの人たちが歩いているが、今回の区間は、去年に比べても更に人が少なく、登山客と出会うのが珍しいくらいなのである。あの奥様も言っていたが、AltaVie1を歩いているのは、Strangerだけであり、イタリアの人たちは、歩かないということである。しかしながら、9月に予定しているAltaVie1と2でAostaの谷を1周する大会があり、その際には、全世界からたくさんの人がやってくると言っていた。

その大会(TOR)のサイト↓

http://www.tordesgeants.it/en/content/tor-des-g%C3%A9ants/route

 

今日もごく稀にトレイルランをしている人たちとすれ違っただけであった。それにしても、みんなほとんど荷物を持っていない。それに比べると私たちは、2人とも巨大ザックを背負い、私はカメラと地図を持ち、非常に奇妙な恰好である。しかしながら、5日山の中を歩くので、日本人的にはこれくらいの荷物を必要としてしまう。雨が降れば、現在持っている荷物のほとんどを使うことになる。けれどもやっぱり私たちの荷物は、他のイタリア人に比べて巨大すぎるのだ。荷物を減らすのは、今後の私たちの課題である。

 

太陽にかなりのダメージを与えられながらもなんとかCOLが見えるようなとこまでやってきた。崖みたいな斜面に人が歩ける道ができているような感じである。なんだかかっこいいのである。

COLらしき場所が見えてからもかなりあった。途中で、男の人とかなり年配の女性の方とすれ違う。彼らは、私たちが行く予定の山小屋から来たという。親子だろうか?こんな感じで歩くことができるなんて、とてもいいことだ。山の近くで住んでいると、山の中を歩くのは、ごく自然のことになるのだろうか。

 

やっとこCOL(峠)に到着である。実は、地図の折れ目に標高が書いてあり、よく見えずに2184mを2484mとずっと間違えていたのである。本当に2484mだったら、この日は辿りつけなかったかもしれない・・・。

 

とにかくCOL(峠)に到着するととてもうれしいのである!COLから今日の山小屋までは、20-30分ぐらいのようである。COLでは、若い単独の男の子と出会う。彼もまず私たちと同じ山小屋に行き、そこから別の山小屋に行くと言うのだ。別の山小屋とは、昨日私たちが近くを通った小屋であり、できたら泊まりたいなあと思っていた小屋である。ここからは、別のルートで行くらしいが、道を見ると結構きつそうな感じである。それをこの時間から向かうなんて、私にとっては自殺行為みたいなものである。しかしながら、彼にとっては別になんてことないのだろう。それにしても、強靭な体力をもった人達ばかりである。

 

その男の子は、たったか山小屋の方に、下りて行った。さすが、ものすごいスピードである。

 

私たちは、のんびりと下りて行った。湖の近くを通る遠回りではなく、近道を通りたかったのだが、なぜか湖の方に来てしまった。あいつに、別の道があるはずだと言い、強引に近道の方に進んでいった。

 

かすかに道らしき道があったのであるが、その道がいつの間にか消え去り、岩と小さな木がごろごろする場所に入ってしまった。かなり進んでしまったので、戻るにもかなりの労力が必要となる。私は戻った方がいいかと思ったが、あいつがここまできたら進むしかないという。確かに、戻ったとしても、元の場所に戻れるかどうかわからない。

 

けれども地図には、きちんとはっきり道があるのに!どうして、道がないのだろう。

 

岩から岩へあいつはぴょんぴょんと渡り歩き、私はへっぴり腰でひょこひょこ歩く。低い木の部分は、場所によりかなり深くなっていそうなので、かなり注意が必要だ。一歩間違えると、ストンと体ごと落ちてしまいそうである。

 

かろうじて、山小屋のイタリア国旗がさっきより多少近くなった気がする。しかしながら、まだそこそこの距離がある。

 

今日は、楽々な日であったはずなのに、なんでこんな道なき道を軍手で、必死に歩いているのだろうか・・・。COLから30分ぐらいのはずであったのに、もう1時間近くもかかっている。さすが、私である。久しぶりに違うスイッチをいれなくてはならなかったのだ。

 

今思えば、この日だったからこそ、こんな余興を楽しめてよかった気もするのである。

 

なんとか小屋方面に向かって岩から岩へ進んでいると、あいつがとうとう登山道を発見した。

 

ふう。

 

これで何とか小屋まで辿りつけそうである。よかったのだ!

 

やっぱり山小屋っていい!

 

あいつが、先に小屋に到着し、小屋の外にいたお兄ちゃんとお話ししていた。お兄ちゃんは、下の町に住んでおり、今日は一日ここら辺のトレッキングを楽しんできたらしい。そして、友人が他の場所から下りてくるのをこの山小屋で待っているというのだ。

 

なんとも、すごい待ち合わせである。あわせて、山の近くで住んでいると、山で過ごすのが自然なんだろうなあと、とても羨ましくなる。いつか!山の近くで生活をし、もっと山が身近になる生活をしてみたい。

 

このお兄ちゃんに、私たちが明日向かおうとしている山小屋CODAのことを告げると、私たちがNielからここまで4,5時間かかっていることを既に知っているために、一瞬凍り付き、

 

”うーーーん。CODAは、結構な距離だよ。”

 

と宣う。

 

うーーーーん。やはり私には、自殺行為なのかとかなりひるんでくる。

 

まだまだ時間は、あるので、このお兄ちゃんとしばしお話し、それから山小屋に入った。中にいた派手ちっくな女の人に名前を告げると、私が予約をしていたのを覚えてくれていた。

 

おお、一応ちゃんと予約ができていたのである。この山小屋には、メールをしたら、すぐにイタリア語で返事がきた。Googleの翻訳で確認したところ、どうやらOKということらしい。まあ大丈夫だろうと思っていたが、本当にきちんと予約ができていた。

 

テクノロジーの時代である。

 

部屋に案内されると、そこは個室で私たちだけで使っていいという。よかったのである。みんなで川の字になって眠るのもたまにはいいのだが、やっぱりベットがあって、自分たちのスペースがあった方がいい。

 

部屋の中には、たくさんのぬいぐるみなどが飾られている。聞くのを忘れたが、おそらくネパールのものではないかと思われる。この山小屋にもネパール人がいるのかもしれない。

 

ひとまず荷物を部屋に置いて、湖の方に散歩に行くことにした。湖までは、きれいに整備された道が続いている。素晴らしい。

 

そして、荷物がないのが、こんなに楽なのだと二人で実感する。確かにあの荷物がなかったら、コースタイムとまではいかないが、もう少し早く歩けるような気がする。

 

ほどなくして、湖に到着する。何が書いてあるのかよくわからないが、昔の言い伝えみたいな物語と絵が描かれているような雰囲気である。イタリアでは、有名な湖なのだろうか?元気だったら、がんばって内容を理解しようとしたかもしれないが、もうどうでもいいモードに入っているので、ちらっと見てそれでおしまい。結局どんな物語だったのだろうか。

 

あいつが湖を見てはしゃぎ始め、湖の中におたまじゃくしがいると更に喜んでいる。かえるを見るのは、好きではないが、おたまじゃくしを見るのは好きである。

 

見つけたおたまじゃくし達は、かえるとおたまじゃくしの中間のちょっとかえる寄りといった感じである。足がすっかり生えてきて、もう少しで陸に上がってきそうな雰囲気だ。あいつが、石をどけたりして、おたまじゃくしがわしゃわしゃ逃げるのをおもしろがっている。

 

あーあ、こういうのって、うん十年前によくやってたなあなんて思い出してくる。

 

湖の周りには、歩道があるのであるが、なんだか面倒であったので、あいつをそのまま帰る道へ誘導し、山小屋方面へ。今思うと時間が結構あったので、歩いた方がよかったかと思うのだが、もう手遅れである。

 

小屋に戻り、今日の太陽で体中の水分が蒸発してしまったようなので、水をいただくことにした。ここにも、あの水くみ場があるかなと期待したのだが、残念ながら見つからず。仕方なく小屋で水を購入した。こっちはノーガスの水と言ったのに、なぜだかガス入りのスパークリングウォーターを渡される。けど、まあいいのである。

 

外で、水をがぼ飲みしながら、明日のルートを地図で確認する。再確認すると、あまりにも遠いので頭がくらくらしてくるのである。今日のこんな短い距離で、死にそうになってたのに、今日の何倍もの距離なのである。そして、もしかしたら、また今日みたいな太陽様が出てくるのかもしれない。そうしたら、今日みたいにどんどん水分とエネルギーを吸い取られて、どうでもいい登りだけで瀕死の状態になってしまう。

 

もしかしたら、非常にやばい状態かもしれない。ひとまず何度も何度も、明日のルートを地図上で追ってみる。あいつに朝4時か5時ぐらいには出た方がいいというと、あいつはなんでホリデイなのに、そんなことしなくてはならないのかと、切れ始める。

 

いやいや。次の山小屋に行くには、それしか方法がないんだから。のんきに8時とかに出発していたら、私の足だと暗くなってしまう。薄暗くなってからなんて、山を歩きたくない。

 

あいつは、昼寝をすると部屋に戻り、私は引き続き外のテーブルで、地図とにらめっこしていた。

 

とすると、山小屋のあの派手な女の人が洗濯物を持ってでてきた。どうやら洗濯物を干すらしい。かなりの量があるが、干す場所が非常に狭い。これを全部ここに干すのは、無理であろう。

 

地図のにらめっこにも飽きたので、洗濯物干しを手伝うことにした。嫌がるかなあ?とも思ったが、なんだか手伝ってもらえてうれしそうだったので、そのまま続行。この狭いスペースにいかに干すか、非常にわずかながら、頭を使ってみた。けど、この時間に干すということは、ずっと一晩干しっぱなしということだろうか。こういう感覚好きである。

 

その後は、また地図のにらめっこである。そして、近くにいたおじちゃんや小屋のスタッフの人に、明日の山小屋CODAまではどうか聞いてみる。しかしながら、英語がほとんど通じないので、英語とイタリア語での会話である。通じているか通じてないかよくわからないが、まあだいたいなんどなく、CODAまでは8時間ぐらいであり、それほど難しい道ではないということはわかったのである。確かに、Alta Vie1の道で難しい場所はほとんどないので、それはそれで正しいであろう。

 

問題は、私の歩く速度である。大体ここら辺の標識の2倍近くの時間がかかるのである。普通の人が8時間ということは、16時間ということか・・・。5時に出発すれば、夜の9時ぐらいか。まあ、今日は道に迷ったりしていたので、余計な時間がかかっていたが、朝早く出発すれば、なんとかなるかなあと楽観的に考えてみる。

 

他の山小屋が近くにないか聞いてみると、昨日近くを通ったRivettiの小屋があるという。しかしながら、ここからの直登りは結構大変なので、下の町に下りてから登った方がよいということである。下の名前はピリカデーラとか言ってたような気がする。

 

しかしながら、Rivettiの小屋は予約なんてしてないし、次の日にどこの町に下りて、どうやって車のおいてあるChampolucに戻ったらよいかわからない。

 

いろいろ考えるとやっぱり明日の朝に、可能な限り早く出発し、当初の予定通りのCODAに宿泊、そして下の町に下りた方がいいという気がするのである。

 

明日の私の足次第である。

 

小屋のスタッフの世を捨てた雰囲気の漂うシュールなお兄ちゃん、英語ができると呼ばれてきた若い小屋の女の子、はじめに話しかけたイタリア人のおっちゃんとの会話のような会話にならないような時間が過ぎていった。

 

それにしても、みんな本当に親切である。とうとう小屋の子たちがあの派手な女の人にこのことを告げ、女の人が明日5時に出発しようと言い出した。ただこの時間はディナーの準備で忙しかったらしく、会議は途中で中断され、ディナー後に作戦会議を継続することにした。

 

みんなと話したり、いろんな人の地図を見たりしていて気づいたのであるが、ここの山小屋は、AostaValleyから若干外れており、標識などがAosta Valleyと少々異なっている。日本も県によって標識が多少異なっているが、イタリアもそうであった。地域により標識やルートの名前の付け方が違うのである。Aosta Valleyは①とか2Aとか数字もしくは数字プラスアルファベットであるが、こちら側の地域は、E59とかアルファベット、数字2桁なのである。別に道がわかればいいのであるが、イタリアも日本みたいに、全国統一ができていないってのがおもしろい。

 

ディナーは7時ときいたような気がするが、もう8時近い。やがて”ディナーだよー”と言われ、みんなが小屋に入り、席についた。私たちは、真ん中のテーブルに座れと言われた。そして私たちの前には、めっちゃかわいい男の子がいたのである。

 

男の子はパパと一緒に今日GABYから5時間でここまで来たという。私たちは、GABYよりももっと近いNielから5時間近くかかっているので、この男の子とパパの方がよっぽど歩くのが早いようである。

 

男の子は、学校で英語を習っているらしく、かなりの英語を話すことができた。日本の中学生よりもぜんぜん会話力があると思う。イタリアでは、小学生ぐらいから英語学習をしているようである。時折パパの通訳が必要になるが、男の子との英語での会話がとても楽しいのだ。

 

パパは、どうやらアメリカの企業で働いているらしく、私なんかより英語が上手である。この2人は、見ただけで、よい家庭の方々なんだろうなということが容易に想像できてしまう。こんな人達が、山に来ているのを見るとなんだかとてもうれしいのだ。

 

もう一人同じテーブルだったのは、イタリア人でAltaVie1を単独で歩くというよりも走っている人であった。彼は、なんと明日私たちが行く山小屋CODAから5時間で、ここの山小屋に到着したという。なんと!私には図りしれない力を持った方である。

 

まずお水とパスタが、でてきた。ワインをどうするか聞かれたが、さすがに明日という今回の山旅での山場を控えているので、明日のCODA到着後の楽しみにとっておくこととした。

 

お水がはじめのご馳走であった。ここにいるみんなが、本当に水を欲していたらしく、みんながみんなものすごい勢いで水をじゃんじゃか飲んでいく。こんなに水をじゃんじゃか飲む人達がいるのもおもしろい。何といっても、あの今日の日差しの中を歩いていた人たちである。みんながみんな体から大量の水分を奪われているのである。

 

パスタは、クリーム仕立てで、かなり好みの味であった。明日のために体力をつけなくてはと、かなりの量であったが、ペロリといただいた。このパスタがイタリアでいただいたパスタの中で一番おいしかったかもしれない!本当に好みのパスタであった。かわいい男の子もこのすごい量のパスタを完食している。

 

メインは、何かのお肉とマッシュされたじゃがいもであった。このお肉。とてもおいしいのであるが、何の肉かまったくわからない。見たことのないほどの太い骨がついている。他の人に聞いてもわからず、知らない方がいいよと言われる。チキンでもなく、ビーフでもなく、ポークでもなく、うさぎでもないことは確実である。高級なチキンのような味であり、とてもおいしいのだ。おそらく鹿に似た動物ではないかと予想している。まあ、けど、いいのだ。

 

超人のイタリア人お兄ちゃんからCODAまでの道を教えてもらったり、途中で水の補給ができることも教えてもらえた。このお兄ちゃんは英語はあんまり得意ではないらしいので、男の子のパパがたまに通訳してくれる。かわいい男の子から年齢を聞かれたり、英語で簡単にできる質問が飛び交う。私たちも、何のスポーツが好き?とか英語のテキストにでてきそうな質問をしてみたりする。それにしても、この男の子の頭のきれとかわいさに私もあいつもメロメロであった。本当に、大切に育てられた王子様みたいな感じなのである。パパも素晴らしいが、きっと素晴らしいママが育てているんだろうなというのが簡単に想像できるのだ。夏休みに、イタリアの山岳観光地のGABYのアパートメントで過ごしているっていうのも、素敵である。

 

それに比べて私たちのテーブルの後ろの家族は、見ただけで、少々違った階層の人たちであることがわかってしまう。山にこういう人たちがいるのも、イタリアだからであろうか。下の町から家族で登ってきたのだろう。見た目でここまでの差がわかってしまうのも、なんだかイタリアらしいというのだろうか。どんな階層の人たちでも、山で楽しむのがごく日常のことなのだろう。

 

あいつが気づいていたのだが、どうやらその家族の子供たちは、英語に興味を示していたらしいのだ。小学校ぐらいから英語教育がなされているようなので、わかる子は英語がわかるのだろう。

 

カスタードプリンのようなデザートをいただき、更に幸せ気分になる。やっぱりやっぱりイタリアの山小屋万歳である。なぜだろう、レストランで自分で選択していただく食事よりも、山小屋で勝手にメニューが決定されて、提供される食事の方がおいしく感じるのだ。不思議である!

大大大満足の山小屋ディナーだったのだ。

(かわいい男の子との会話にも夢中だったし、あの雰囲気で写真を撮るのは少々気がひけたので、写真はなしなのだ。)

 

難航極める作戦会議

 

こんな楽しい幸せいっぱいのディナーをいただいた後は、明日の作戦会議である。小屋の主人であるあの派手な女の人がでてきて、明日の朝食の時間等の調整をする。

 

それにしても、みんな優しすぎるのである。まず私たちのわがままで朝食を5時なんてわけのわからない時間にしようとしてくれている。5時の朝食なんてさすがに無理だと思っていたので、なんとか朝食のパンだけでももらえればいいなあと思っていたのだ。それが、私たちのためだけに、5時に朝食を準備してくれるという。なんというのだろう、本当に人のために尽くしてくれる優しさ。見返りなど全く期待していない優しさ、情けみたいなものである。

 

山に来ると、なぜかこういう下界ではあまり触れることのできない貴重なものに触れることになる。久しぶりにこういう感覚を思いだすのである。こういうことを受けたら、自分も他の人に対して、同じようなことをしないと、世の中にどんどん借りができてしまうような気になる。

 

朝食の時間は5時に決まったが、小屋の彼女が自分の地図と私たちの地図を見比べながら、明日への道のりを再確認している。

 

ずんずんと明日の道のりの長さを再確認すると、彼女が頭を抱えた。

 

”うっ。”

 

そんなにやばいのか・・・。

 

そして、今日のNielからの道は、4,5時間かかってしまったことを伝えてあるので、昨日のGrossoneyからNielまで何時間かかったか、寝袋は持っているのか等などいろいろ聞いてくる。

 

寝袋は持っていないが、風よけのビニールマットみたいなのもあるし、上下のダウンも持っている。一応小屋に辿り着くまでは、暗くなっても歩き続ける予定である。さすがに私たちでもコースタイムの2倍の時間ぐらいあれば、なんとか辿り着くだろう。

 

この作戦会議で、あいつも明日が相当きついことを察したらしく、もう早朝出発の反対などできる状態ではなくなっている。明日が今回のトレッキングの山場。勝負の日である。

 

そして、水を更に購入、明日のピクニック代、宿泊費も支払いを済ませ、明日の早朝出発に備えるのである。

 

準備は整ったので、あとは、爆睡、気合を入れるのみである。

 

******************

 

宿から見たモンテローザ。美しい!!!

 

 

昨日の夜に連れてきてもらった。宿。ロッジタイプで、かなり快適であったし、町より小高いいい場所にあった。

 

 

モンテローザが本当にきれいだった。天気も素晴らしい。

 

 

いろいろあったNielの宿。ここは、いい宿だと思う。泊まることはできなかったが・・・。カラフルな旗は、ネパールの旗、タルチョ。

 

 

歩き始めたばかりのとこ。ありがたい樹林帯。

 

 

なんだかすごいとこを歩いていく。

 

 

 

やっとこ峠である。ここら辺は、岩ばかりである。しかしながら、本当にきちんと道が整備されている。

 

 

本当にやっと、やっと到着した。

 

 

山小屋に荷物を置いて、近くの湖に行ってみた。とてもきれい。

 

 

改めてみると、湖面にもちゃんと山肌が写っている。

 

 

ここら辺は、E50というルート上らしい。Aosta方面の黄色い標識とは異なっている。

 

 

水も実はとってもきれいだったみたい。

 

 

オタマジャクシ