やっぱり山最高!
今年もまたAlta Vie1を歩くことにした。おととしから歩き始め、予定通りであれば、とうとうAlta Vie1を3年がかりで、歩くことになるのである!
なぜだかわからないのであるが、私はとってもAlta Vieの北イタリア周辺が好きなのである。もちろんスイスやフランスの山もいいのであるが、なぜだろう、とても居心地がよいのである。この心地よさが、この地に3年連続で来ることになった理由であろう。
そして、今年も、ボロボロ、へろへろになりながら、なんとか予定の5日間を歩き、やっぱりやっぱり私は山が好き!と再認識したのである。今回も本当に本当にいい旅だった。こんな素敵な思いにさせてくれる山歩き、やっぱり絶対にやめられない。
それから、毎年私に拉致されるあいつ、ヨーロッパの山歩きに付き合ってくれるあいつにも、一応感謝しなくては。特に今回も?いろんなハプニングがあった。それらを乗り切るには、2人分の知恵があった方が便利である。それに、今回の一番つらい日をなんとか歩ききることができたのも、あいつが一緒だったからであろう。
今回は、特にあいつのありがたさも感じでみたのである。ははは。
8月12日
フェリー
いつもは、ユーロトンネルを利用してフランス側に渡るのであるが、今年はなぜかあいつがフェリーを予約した。フェリーは、もうかれこれ3,4年ぶりになるのではないかと思う。P&Oという会社のフェリーであり、なぜかあいつはどのフェリーが新しいか知っているので、その新しいフェリーの便をわざわざ予約したと誇らしげに宣うのである。
出発の当日は、土曜日なのに、いつもと同じ平日のみの目覚ましをセットしていたために、私は見事に寝坊。あいつのドアを閉める音でなんとか、目を覚まし、特急モードで身支度をする。まあ、私はあいつとは異なり、前の週にパッキングなどは完了させているので、瀕死の状態になることはない。化粧も車の中でしようと、すっかりあきらめる。
案の定予定の時間より10分以上遅れて出発する。さて、予定のフェリーに乗ることができるのであろうか。一応ドーバーまでの道は、まあまあ、あいつの高速運転でまあなんとか予定通り港付近までは到着した。
しかしながら、、、、、、残念なことに、フェリーのターミナルに入る前の道路で非常に長い車の列ができている。さらに残念なことに、車が進まない。どうやらイミグレーションの列のようである。
かれこれ10分以上ほとんど動かずに、周りの車もエンジンを止めていたような状態だったので、どんな状態か見に行くことにした。
ずんずん車の列を遡っていくと、イミグレーションの事務所みたいなとこの手前に、数人のおっちゃんがいた。私たちのフェリーの出発時間になったが、このせいで乗り遅れたと文句を言うと、今日はこんな状態だから、イミグレーションを通ったら、次のフェリーに乗せてくれるよとなだめられる。
非常に心配をしている雰囲気をを醸し出していると、どこかにトランシーバーで連絡してくれ、乗り遅れた人たちは、順次次のフェリーに乗せてくれることを再確認してくれた。
見た目はそこらへんの現場のおっちゃんといった雰囲気であったが、とても優しかったのである。
まあ、車の列が進まないので、待つしかないのである。ふとすると列が動き始めた。なんとなくではあるが、イミグレーションの人が時間通りに来なかったとか、休憩していたとか、そんな理由で止まっていたのではないかと思うのである。
さて、私たちは、予定のフェリーに見事に乗り遅れ、次のフェリーに乗せてもらうことになる。当然追加費用などはなしである。これで、追加費用なんて、請求されたら、ぶちきれるのである。
フェリーは時間もかかるし、車からでなくてはならないので、車の中でいつものように爆睡することができないのである。面倒だなあと思ってはいたのだが、船のデッキにでてみて、考えを改める。車が船に乗り込むのを見るのも楽しかったし、なんといっても海がいいのである!青い海とホワイトクリフ。いやはや、ドーバーから船の旅もかなりよい!
朝食は、いくつかのレストランというかフードコートを見て、結局少々ましっぽいブラッセリーでいただくことにした。あいつは、フルイングリッシュブレックファスト、私はエッグベネディクト。けど、、、、、せっかくヨーロッパ大陸に行くのに、なぜイギリス系の食事しかないのか・・・。どう考えたって、大陸の食事の方がおいしいんだから、フェリー内の食事は、大陸のものにするべきである。フェリーでわざわざイギリス系のものを食べるんだったら、大陸のそこらへんのカフェで何か食べた方がよっぽどいい。あー、残念。
あいつのイングリッシュブレックファーストは、そこそこおいしそうだったが、私のエッグベネディクトは、量も少ないし、悲しい感じであった。時間もかかるし、フェリーは少々考えものである。
やっぱりフランス万歳
カレーに到着してからは、かなり快調に車が進み、8時前には宿に到着した。フェリーで遅れたことを考えると、かなり順調である。今まで私たちは、多少遠回りしなくてはならない宿に、一泊目で泊まったりしていた。しかしながら、今回の宿は、本当にイタリアに行く途中にある宿で、変な遠回りをしなくてよい場所だったのだ。
本当に行く途中の通過点の宿と割り切れば、とてもいい宿である。そんなに広い部屋とは言えないが、清潔で、こじんまりしており、必要なものは全てある。エアコンも(たしか)ダイキンで心地よかった。最近改装したような雰囲気が漂っている。
それと、レストランがよかったのである。レストランのお姉ちゃんも、おばちゃんも、とても怪しいアジア人に対して親切であった。おまけにお姉ちゃんとおばちゃんが英語があまりできなかったので、近くに座っている家族連れのお母さんが訳してくれたりした。みんな優しいのである。こういう恩恵を受けるだけでなく、私も困っている外国人に、優しくしなくてはならない。与えてもらうだけは、ダメである。
まずお姉ちゃんがものすごく勧めてくれたCre Montというスパークリングワインをいただく。お姉ちゃんがかなり強引に進めただけあって、かなりおいしい。これだけで、フランスに来た喜びをかなり感じるのである。
頼んでいないが、前菜のホワイトバイトとイチゴソースがでてきた。ああ、これが、フランスである。イチゴソースの繊細なこと。イギリスでは、こんな繊細なソースを味わうことはほぼ不可能である。(イギリスのフレンチレストランに行けば味わえるのかもしれないが。)
フランスに来たという嬉しさをかみしめる。
あー、素晴らしい。
前菜は、チーズとサラダ。これまたおいしかったが、あいつには少々きついチーズだったらしい。そして、かなりおなかがいっぱいになってしまった。頼んでない前菜がでてくるのであれば、この前菜は必要なかった気もしてくるのである。
そしてメインはビーフである。やはり素晴らしい。フランスでフランス料理をいただく度に、フランス人は天才だと思うのである。イギリスのフィッシュアンドチップスやいろんなパイもおいしいのであるが、フレンチの繊細さには到底及ばず、料理のレベルの差にやはり毎回ながら衝撃を受けるのである。
残念ながら、前菜でかなりおなか一杯になっていたので、おいしいチップスを完食することができなかった。あー、それにしても素晴らしいディナーとお酒であった。
ちなみに、ここら辺はワインの産地でもあるために、ローカルのワインもいただいたのだ。フランス万歳である。
8月13日
初めての車で国境超え
やはりこの宿は、イタリアに行く途中の宿であったらしく、いつもよりかなり早い時間にスイス国境まで行くことができた。この宿かなりポイント高しである。あのレストランにも行きたいので、またいつか泊まろうと思うのである。
スイスとフランスの国境は、いつも通る非常に垢抜けない感じの国境である。シェンゲン条約内だからであろう。入国管理はない。しかしながら、スイスに入る前には、スイスの高速道路用のステッカーを買わなくてはならないのだ。前回のイースターの時には、人が誰もいなかったため結局購入しないままであったが、今回は人がいたので、どうすればいいか聞いてみた。
どうやら近くの小さな商店でステッカーを売ってくれるという。
小さな昔ながらの商店に行って、ステッカーがほしいというと、少々錆びついたような四角い缶を出してきた。そこには、何枚かのステッカーと現金が入っていた。なんだか小さい子の宝物入れみたいである。
ユーロでもスイスフランでもOKらしいのだが、現金のみという。あまり現金を使いたくなかったが、仕方がない。ユーロで支払いをし、無事にステッカーを入手した。前回はステッカーがないので、少々どきどきだったが、これで安心である。
ここからはスイス。スイスワインを買いたいが、イタリアで車を1週間放置するので、あまりワインとかを車の中にいれたままにしておきたくない。それなので、スイスワインはあきらめて、素通りである。
いつもの景色である。もう何回ここら辺に車で来たのだろうか。ツールドモンブランは、飛行機で行ったが、それ以降のオートルートぐらいからは、ずっと車である。車だとフランスも楽しめるし、ワインもたくさん持って帰ることができるし、とても都合がよい。1週間の休みの場合は、はじめの土日で、イタリアに移動、月曜日から金曜日までトレッキング、最後の土日で、フランス経由でイギリスまでの移動といった感じである。トレッキングだけでなく、途中のフランスやスイスまでも楽しむことができるのである。
特に今回は、トンネルではなく、スイス、イタリアの国境を車で越えることに成功した。昨年であるが、トンネルに入る前に、他の車が山の急斜面を登っていくのを目撃したのである。これはもしやトンネル以外のオプションもあるのではと調べたところ、冬は閉鎖されているが、夏の雪がない時期には使える道路があったのである。それがまたとてもよさそうなのである。
どきどきしながら、トンネルではない方向にあいつを誘導する。ナビの示す方向はトンネルである。別の道に行かなくてはならない。その道は、意外と簡単に見つけることができた。
そちら方面に行く車は、ポルシェだったり、BMWだったり、バイクだったりする。運転するのを楽しんでいる人たちがこっちの道路を使うのだろうか。あいつもスイッチが入ったらしく、かなり楽しく運転をしている。
おまけに、景色もよい!あー、ほんと素晴らしい。このドライブだけでも今回こっちに来た価値がある。わーい。
ドライブを楽しんでいたら、いつのまにか峠に到着した。ここは、以前来たいなあと思っていたホスピスがある。冬は道が閉鎖されるために、歩いてくるしかない場所であるという。けれどおホスピスは、営業しており、宿泊することもできるらしいのだ。冬はそんな閉ざされた場所であるが、夏の賑わいは、すごいものだった。
この峠は、スイス、イタリアの国境であり、湖それに群がって、レストラン、ホテル、そしてあのホスピスがある。ここら辺の人達の一大観光地と言った感じであろうか。たくさんの車がひっきりなしに通り、バイクのグループもとても多い。
みんなが短い夏の一時を楽しんでいる感じである。
私たちは、おなかも空いていたために、簡単そうなレストランに入った。何といっても今日は、まだまだやることがたくさんあるので、ゆっくりランチをしている時間はなかったのだ。
レストランというかカフェに入り、ランチを注文する。フランスでおいしい朝食をたくさんいただいたので、まだそんなにおなかが空いていない。それなので、スープとチーズを注文した。あいつは、いも料理を注文していた。カフェのお姉ちゃんは、日本の漫画が好きらしく、いろいろな日本語を知っていたのである。お姉ちゃんが好きな漫画を教えてくれたのだが、残念ながら私たちは知らなった。外人受けする漫画なのだろうか。それにしても、日本の何かが好きな人と出会うことはとてもうれしい。
料理を持ってきてくれてお姉ちゃんが、
”いただきます。”
といった。多分ボナペティのことだと思って、使っているのだろう。
スープもチーズもおいしくいただき、大満足であった。
駐車場に戻ってくると、CivicのTypeRがあいつの車の隣にとまっていた。赤の派手なやつで、結構かっこよかったのだ。あいつもうれしくなったらしく赤い車を眺めている。その人もたぶんあいつの車と兄弟だと思って、隣に駐車したのだろう。車が好きな人たちって、どの車の隣に駐車するかをとても気にしている。あいつは、変なルノーとか、プジョーとか、ボックスフォールの車の隣には、絶対に駐車しない。
さて、今度は、下りの山道である。バイクの人達が多く、バイクの人たちの間でテンポよく下りて行った。バイクの人たちもみんなテンポよく上手だったので、あいつは文句も言わずに、運転を楽しんでいた。
とてもよいドライブだったのだ。
さて、この道ももうかれこれ何回も通っているような気がするが、St. バーナードトンネルを抜けて、Aostaの町までである。今日の最大のミッション! 地図購入である。
昨年バスで地図一式を紛失したのもあるし、今回歩く道の地図をまだ持っていなかったからである。これはかなり死活問題なので、何としてでもミッションコンプリートしなくてはならないのだ。
Aostaの町に到着し、いつものインフォメーションセンターに直行である。しかしながら、インフォメーションセンターには、人がうじゃうじゃおり、非常にやばそうな雰囲気であった。待つこと10分以上。インフォメーションセンターの人が対応に追われている。
それでもなんとか私の順番になり、Alta Vie1の残りの地図を出してくれた。念のため今回のルートが全て網羅されているか確認し、無事購入できたのである。
その後は、今回の出発地点及び車を置いておくChampolucに向けて出発である。この時点で、既に5時近く。果たして、今日宿泊予定の山小屋にディナーの時間までに到着することができるのか。
ゴンドラにも・・・
高速を利用し、AostaからChampolucまで1時間もかからなかったと思う。Champolucまでの山道もとてもいい。
一方通行の道を若干逆流しながらも、何とかホテルに到着した。ゴンドラのすぐ横にあるホテルであった。
まず大きな駐車場がないので、ホテル前の微妙なスペースに車を止めて、ホテルの人にどこに止めたらよいか聞きに行く。このホテルとは事前にやり取りをしており、1週間車を預かっておいてくれることを了解してもらっているのだ。
ホテルのお姉さんは、私たちが今日車を預けに来ることをなんとなく知っていたようであり、他の人にどこに止めたらよいか確認していた。確認に時間がかかりそうである。この時点でゴンドラはまだ動いており、もしかしたら、ゴンドラに乗ることができるかという淡い期待もまだあった。
この待っている時間の間に、山への準備と着替えをしようと思い、車に戻った。あいつはいつも私の話を聞いていないので、今日山に入ることをきちんと認識していなかったようで、あわてて荷物の準備をする。私は山に入ることを認識はしていたが、準備が完璧ではなかったので、これまたあわてて準備をする。水をどれぐらい持って入るかとか細かいことを考える余裕はない。車の中で着替えもなんとか完了である。あーーー、何で私たちは、いつもこうなのだろう・・・。私が無茶なスケジュールを立てるからだろうか?
そして、またホテルの方に行くと、さっきのお姉ちゃんの他に、男の人もいて、
”こんにちは!”
と挨拶される。
”へっ?”
日本語をちょっと知っている人らしい。なんだかうれしいのだ。よくよく話していると、この地のマーケティングのために日本に何度も行ったことがあるというのだ。そして、今でも日本の友人がいるらしい。しかしながら、イタリアのこの地は日本では、ほとんど知られていない。個人的に、ここら辺がとても好きなので、たくさんの日本人観光客には、あまり来てほしくない気もするが、ここら辺が潤ってほしい気持ちもある。
そして、車の方にその人と一緒に来ると、車を見てその人がびっくりしている。
”あんたらUKから来たの?”
ヨーロッパでは、ナンバープレートに国名が書いてあるので、どこの国の車かすぐわかるのである。
そして、初めて、その人がイギリス人であることに気づいたのである。そう、だから、英語が上手だったのだ・・・。この人とは、スムーズに会話ができるなあとさっきから思っていたのである。
私たちがロンドン近郊に住んでいることなども告げ、会話が盛り上がる。それにしても、このイギリス人なぜ、こんなイタリアの山奥にいるのだろう・・・。
そんなこんなで、気づいたらもうゴンドラは、止まっていた。
ということは、本日宿泊の山小屋まで歩いていかなくてはならないのだった。イギリス人のおじさんに、再度道を確認して、今日の山小屋に向けて出発した。
そして山小屋には、電話連絡をして、今町を出発したので、到着するのはおそらく1時間ぐらいかかるだろうと連絡した。どうやら山小屋は、多少遅くなろうが、問題ない雰囲気である。よかったのだ。
Champolucから山小屋 Crestまで約400mの標高差。太陽が陰った涼しい中ではあったが、登り始めたとたん、顔から汗がぽたぽた垂れてくるほどであった。そして、私たちにしては、そこそこ快調に、400mの登りをやっつけた。これがかなりよいウォームアップとなったのだ。
Crestはとてもいい山小屋であった。というよりも山小屋と下界のホテルの中間ぐらいだろうか。個室があるし、トイレ、シャワーも個別にある。そして、何といっても料理がよかったのだ。決して豪華なディナーではないのだが、とってもPingdao好みのディナーだったのである。
宿には、なぜかペルー人の人がおり、彼も少し日本語を知っていた。なぜペルーの人が日本語を?と思ったが、よくよく考えてみると、日系人のMr.Fujimoriはペルーの大統領だった。それが関係あるかどうかは不明だが、ペルー人が日本語を知っていることにびっくりだったのだ。それにしても、なぜペルー人がこんな山の中で働いているのだろう。もっと聞けばよかったのだ。
今日もいろいろあって、楽しかった。約1時間の山登りのおかげで?爆睡である。
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フェリーのマイナス面しか考えていなかったのだが、この景色ですっかり気分をよくする!ドーバーから出発してすぐ。
ドーバーに向かうフェリーとすれ違う。ひゃっほー!
フランスとスイスの国境。だけど人もいない。人のいないオフィスがある。
スイスの高速道路のチケットを買った本当に小さな売店。
途中で寄り道したスイスのCoop.ここで、スイスのミルクを使ったラテを買う。おいしかったのだ。
とうもろこし畑。こういう夏っぽい感じ。いい!
途中のホスピスがあるスイスとイタリアの国境。ここまでの道もいいし、この峠も楽しめる。湖もいい。
ゴンドラの営業終了のため、歩く羽目に。本日の山小屋への道の途中の小さな集落。幸いなことにまだ明るいし、太陽の力がかなり和らいでいる。
やっと到着した。今日の宿があるCREST!!! ゴンドラだったら、すぐなんだけど・・・










