Rifugio Walter Bonatti (2025m)
Col Malatra ( 2925m)
Rifugio Pier Giorgio Frassati ( 2542m)
Saint -Rhemy ( 1600m )
牛との攻防
朝は、6時半からである。嫌がるあいつを説き伏せて、6時半から朝食を食べるのだ。本当にあいつとは、全ての考え方、好きなもの嫌いなものが真逆なので、大変なのである。今日は、2日分の距離を1日で歩くので、一秒でも早く出発したかったし、朝の涼しい間に、なんとか登りのエリアを攻略したかったのである。
ヨーロッパの山小屋の朝は、非常に簡単である。飲み物とぶったぎったパンに、バター、ジャムとミューズリーぐらいである。まあ夕食が豪華なので仕方ない。おいしいミルクのカフェオレに、パンにバターとジャムをおいしくいただく。あったかいものが勝手にでてくるだけでもありがたい。
ここら辺のミルクの美味しさにも何か懐かしさを感じるのである。イギリスのミルクとは、濃厚さと味が明らかに違うのである。それからイタリアのバターは色が白く、とっても私好みであった。そういえば、隣で働いていたイタリア人がイタリアのバターはイギリスのとは違うと言っていた。イギリスに比べて、イタリアのバターの方が上品な感じがする。
それから、ここでは、甘いケーキも出してくれていたので、今日のエネルギーだと言い訳をして、これまたおいしくいただいた。
モンブランに朝日があたるのが見える特等席を陣取り、モンブランを見ながらの素敵な朝食に。しかしながら、あいつはこんなことに全く価値を見出してくれないのである。
朝食後は、あの日本語をちょっと知っているおにーちゃんにお礼を言い、出発である。私の目論見通り7時半には、出発した。7時ぐらいであれば、周りの高い山々に囲まれている道は、まだ日陰である。今日は、峠までが上り、峠後は下りのため、午前中に可能な限り前進したいのである。
ツールドモンブランのルートとは、小屋を出発してからすぐお別れである。おそらくここからは、更に人が少なくなるだろう。
ずんずん歩いていくと不思議な物体を発見した。なんとテントである。確かここら辺では、2500m以上しかテントはってはいけないはずである。標高はまだ2500mに達していないような気もするが、彼らがここでテントを張っているのを見たのは私たち二人とあと5人いるかいないかぐらいだと思われる。
それにしても不思議な人たちがいるものだ。
さて、またずんずん進んでいくと、私の天敵たちがたくさん目の前に立ちふさがっている。おまけに、端っこにいた黒いやつが、雄たけびをあげ、私たちに近づいてくる。
これは間違いなく、
”変なやつらが来た。みんな注意しろ?
と群れのみんなに呼びかけている。
イギリスで歩いている時から、牛と出会うたびに怖い思いをしているのだ。あの子たちは穏やかな感じがするくせに、群れで突然近づいてきたりして、結構怖いのである。
今までは、なんとかして、乗り切ってきた。
しかしながら、今回は見張り役っぽい黒い獰猛そうな感じのやつが雄たけびをあげ、私たちの後をじわりじわりとつけてきている。
今までトレッキング中に牛の攻撃にあい、誰かが死亡したって話なんて聞いたことがない。それなので、大丈夫だ大丈夫だと言い聞かせ、あいつにも、
”目をあわすな”
”石投げるな”
”逃げるな”
”無視しろ”
とか正しいか正しくないかわからないが、私が正しいと思うことをあいつに言い、少なくともあいつが牛に攻撃を開始しないように抑制する。あいつが石でも投げようもんであれば、きっとこの群れ(50-100頭ぐらいだろうか)が私たち向かって、突進してきそうな気がした。
今まで牛に囲まれそうになったり、いろんな怖い目にあったが、この群れとの遭遇も怖い思いをしたランキングのかなり上位にランクされるのある。
何といっても、この大群、おまけにリーダー格っぽいやつがいて、それが周りに指示を与え、群れをして統率ができている様がとても怖い。リーダー格が敵と判断した後の惨劇を考えただけでも身震いするのである。
いや、だが、トレッキング中に牛に襲われたという人の話は未だかつて聞いたことがないと頭の中でまた繰り返す。それなので、やはり牛が襲ってくるということはないと信じながら、この恐ろしいエリアを突破した。ほんと怖かったのである。牛を撃退、もしくは牛が人間に無関心になってくれるいい方法がないものだろうか。
この牛エリアを抜けると本格的な上りが始まるのである。しかしながら、まだ谷は日影なので、涼しい中で快適に登ることができる。非常にありがたいことである。
しかしながら、あいつ曰く
”寒い”
なんだと!炎天下だったら、もっと文句をいうはずなのに、日影で快適に登っていると、寒いだと。あいつは、どんな状態にあっても、文句がでるタイプの男である。
”あんたこの涼しい中で登るのと、イタリアのきつい太陽の下でふらふらになりながら歩くのどっちがいいんじゃい。”
とこの状態がいかに快適であるかを理解させながら、あいつを登らせる。
昨日からのトレッキングでスイスのトレッキングと少々違うことがあることに気がついていた。私が勝手に感じた、スイスとイタリアトレッキングの違いは以下の通りである。
ーハローではなく、ボンジョールノと挨拶する。(まあ、これはイタリアだから当然か。)
ースイスだと挨拶は必ずするが、イタリアだと気分次第のようであり、みんながみんな挨拶をするわけではない。
ーイタリア人男性が異様に優しい。なんとなく、日本人女性がイタリア人男性にくらっとくる理由がわかった気がする。
涼しい中を快適に登っていると、ナマステーといわれたが、ジャポンかとも聞かれた。一応日本人に見えたらしい。ニーハオを言われなかっただけでも、なんとなくうれしいのだ。
ずんずん登っていき、2500mぐらいになるとさすがに植物もまばらになり、石ころと岩だらけの世界になる。あともう少しで本日のメインイベント峠越えである。その途中の道がかなり上から崩れていたりした。今日は天気がいいので大丈夫であるが、雨の日にここを通るのは、少々怖いかもしれない。しかし雨でガスっていると、周りが見えないのでがけの崩れ具合がわからずに、更に危険かもしれない。
そうこうしていると、本日のもっとも高い標高となるCol Malatraに辿りついた!ここまでくれば後は、全部下りである。
”いえーい”(死語)
”やっぽー”
と狂喜する私。
峠でしばし写真などを撮っていると、イタリア人カップルも峠に到着した。彼らは、ここから100KMぐらい離れたとこに住んでいるという。なんとうらやましい。こんな素敵なエリアから100KMなんて。毎週末ここら辺に遊びにくることができるではないか。
老後は、こんな山のすぐ近くに住んで、気まぐれレストランと気まぐれB&Bでもしたいなあなんて、夢見てしまう。
それから、モンブランがどの山かもその人に教えてもらった。よかった。私がモンブランと信じていた山は、やはりモンブランだったのだ。(過去に、エベレストと信じていた山がなんと、エベレストでなかったと知り、衝撃をうけた経験がある。その時のダメージが、かなりであったので、今回はあまり信じこまないようにしていたのだ。)
山小屋ランチ お手伝いの男の子
峠を越えてからは、下りだけだ!と喜ぶが、峠直後の道が少々怖かったのである。かなり急であり、おまけに日本でいう鎖場みたいな感じで、ロープや鉄のステップがついている。ほんの一部の区間だけではあるが、このような覚悟を全くしていなかったので、ちょっと怖かった。北アルプスの東鎌尾根の一部区間だけって感じである。
峠を過ぎたら、次は山小屋でランチである。この山小屋は本来であれば、昨日泊まる予定だったところであるが、シャモニートンネル渋滞で予定変更を余儀なくされ、キャンセルしたのであった。
峠を越えたらすぐに山小屋だ!と勝手に思い込んでいたからか、歩いても歩いてもなかなか小屋が見えてこない。もしかして、通りすぎてしまったかなんて危惧するが、よーく地図を見てみると山小屋の標高は2500m近く。峠から500mも標高をさげなくてはいけないのだ。峠直下の急な下りでかなりの標高は下げたはずではあるが、500mの標高差って、まあそこそこの距離になるはずである。
まだかな、まだかなと思いながら歩いていると、変な形の建物が山の中に出現した。遠くから見ると、ドラム缶でできたおもちゃみたいな感じである。
しかしながら、これでやっとランチと休憩ができると喜んでそっちの方に向かった。しかしながら、小屋に近づくべく道を選んで歩いているのに、なぜか迷ってしまった。途中から小屋も見えなくなり、不安になる。しかし、さっき自分の目で確認した方向にひたすら道なき道を進んでいく。そうすると、目の前に小屋がまた出現した。
近くで見ると小屋がとても新しくて、きれいなことがわかる。おそらくとっても新しい山小屋だろう。テラスで、うろうろしていると中からおじさんがでてきた。私たちが、ランチを食べたいということを相変わらずのジェスチャーで伝えると、中に案内してくれた。
中から迎えに来てくれるなんて、優しいではないか。
中のレストランに入ると、まずウエルカムドリンクと称し、甘いレモンティーをいただいた。それだけで、かなりうれしいのである。おまけに、やはり3000mを越えてきたので、疲れている。そしてメニューを見ていると、英語ができるという人がやってきて、メニューの説明とかをしてくれた。
そして、ここら辺の料理であると教えてもらったポレンタという料理をいただくことにした。しかしながら、この時にもう一品注文すべきであったのだ。
料理がでてくるまでは、山小屋観察である。この山小屋は、そういえばボランティアによって運営されているみたいなことがWEBサイトにでていたなあなんて思い出す。。確かに、みんな仕事って感じではなく、なんだか楽しそうな感じである。そして、見た目が中学生くらいの男の子とかも働いている。そして、この男の子の働きが、とても素晴らしかったのである。
あいつ曰く、この男の子は、レストランのフロアー全体を見渡しているというのである。よく海外では、自分の目の前しか見えていないというか、見ようとしないウエイター、ウエイトレスがとても多いのである。しかしながら、この男の子は、全体を見渡し、レストランの状況を把握しているというのである。これは、なかなかできることでない。教えてもらったのか、それとももともとセンスがあるので、それに小さいながらも気づいているのか。それから、この男の子の食事を持ってくる様などが、とてもかわいいのである。
料理がでてくるまで、暇だったのもあり、二人でこの男の子の働きぶりを大絶賛していた。
さて、私たちのポレンタがやってきた。
ただの黄色い物体である。そういえば、昨日のランチのときには、この黄色の物体に、ビーフシチューをかけておいしそうに食べていた人がいた。一口食べると、まあおいしい。しかしながら!これは、もしかして日本でいうと白飯だけということではないのだろうか。英語ができるおばちゃんに、チーズがたっぷり入っているといわれたが、おかずになる程度のチーズの量ではない。何かサイドメニューを頼むべきだったのである。しかしながら、もう遅い。今からオーダーしたら、どれくらい時間がかかるかもわからないし、今日もかなりいっぱいいっぱいのスケジュールなので、それほどゆっくりはしていられないのである。
それなので、最大限努力をして、可能な限りはいただいた。あいつは完食していたが、私には、無理であった。山でご飯を残すのは、かなり気がひけるのであるが、量も日本とは比べられないほどのすごいものである。(言い訳) おかずがあれば、かなりおいしくいただけたのかとは思うのであるが、残念であった。
どのように料金を払えばいいのかわからなかったので、おたおたしていると、あの男の子がレジで払えばいいんだよとジェスチャーで教えてくれた。さすがである。客の行動を把握しており、おまけに気づいたことに対する行動もしてくれる。
あの子はいいマネージャーになるとあいつは、予言した。
くたばるあいつ&かわいい集落?
山小屋を後にして、あとは本日の宿までの長い下りである。ある牛小屋を過ぎたあたりから、かろうじて道があるのがわかる程度の草道である。黄色いマークを見失わないように、ぐんぐん進んでいった。ここら辺になると、たくさんのバッタがまわりで飛び跳ねている。あいつはきれいな山の景色よりも、バッタに興味があるらしく、私のカメラを横取りして、バッタの写真を熱心に撮影している。てんとう虫発見も喜び、カメラ撮影に熱が入る。そのためであるが、この日には妙に昆虫の写真が多いのである。
根本的に、あいつと私では同じ道を歩いているが、見えているものが全く違う。私は遠くの山の景色を楽しみ、あいつは足元で飛び跳ねるバッタや蟻を見ながら歩いているのだ。
私とあいつの登山スタイルは、また逆であり、いわば、うさぎとかめなのである。あいつがうさぎ、私がかめである。あいつは、よく休むが、早い。それなので、あいつを休ませておいて、私が先に出発するというパターンが多いのだ。
この時も休んでだらだらしているあいつを残して、私の方が先に出発した。川を渡り、あいつをみるとなんだかスプレーが壊れてる。なんでこんなとこにスプレーを持ってきているのか意味不明だが、よーく見ると、なんだか水みたいなのが、プシューってでている。なんだ、炭酸水か何かを開けたのだろうか。
あとで聞いてみると、普通の水だと信じてかったペットボトルの水が、実は炭酸水であり、何かの拍子に落としたら、中がでてきたとという・・・。
まあいろいろあったが、この下りは、いい加減長かった。途中でいい感じの牛小屋などがあったり、のどかでよいコースであるが、少々長かった。ある牛小屋の軒先の影で、休んでキットカット食べたり、下りのくせにかなり休憩したのである。
おまけに、町が見えてからは、アスファルトの道を歩かなくてはならない。スイス側に抜ける大きなトンネルの道路をくぐるぐらいで、かなりしんどくなってきた。あいつは、もう歩きたくないとだだをこねている。そして、数歩歩いては、休み、道路わきで、座り込んだりする。
私も大きなトンネルを見た時点ぐらいで、これからアスファルトをかなり歩くのかと、正直嫌になった。何がおもしろくて、アスファルトの上を歩かなくてはならないのか。
しかしながら、人間嫌なこともしてみるものである。ここからが、意外と楽しかったのである。
トンネルの下をくぐってからは、イタリアの田舎の小さな集落のような場所をのこのこと歩くのが、このAlteVie1のコースなのである。まずこれらの小さな集落は、水が非常に豊かなのであろう。集落に1つか2つぐらいは、井戸みたいなのがある。その水がまたきれいで、冷たいのである。野菜を洗っている人たちもいたので、おそらく飲むこともできるのだろう。このたくさんの豊かな水を見るだけで、なぜか幸せな気分になる。
それから、この集落の建物が、よい感じで古く、見ているだけでも結構楽しいのである。空き家でぼろぼろなのもかなりあり、これらのお家を改装したら、この素敵な集落に素敵なプチホテルとかができそうである。
それに、普通に生活している人たちの住宅地を歩くので、なんとなく普通の生活もかいま見ることができて、おもしろいのである。トレッキングコースの一部にこんな住宅地を歩くルートが含まれているものおもしろい。日本の北アルプスでは難しいが、日本でも古い町を歩くトレッキングルートとかがあれば、結構おもしろいはずである。と書いたら、そういえば昔昔、京都トレイルを歩いたことを思い出した。あそこは、古い町並みも歩いて満喫できるし、山と川などの自然も楽しめるし、外人にはお勧めコースである。しかし標識が、日本語だったので、やはり外人には無理だろうか・・・・。
いくつかの集落を通りぬけて、じゃがいも畑を愛でながらの楽しい道ではあるのであるが、あいつはそろそろ限界に近づいている。とうとうあいつもくたばってきたらしい。
そういう私も、今日は結構疲れている。けど、このどろどろに疲れること。自分の限界に近づくことが楽しいのである。そして、この最大級に疲れたところで、飲むビールかワイン。これがまた最高なのである。
私がなぜ山を歩いているかっていうと、どろどろに疲れて、おいしいご飯とお酒をいただくためである。これが至上の喜びなのである。
今日は、私にしてはかなりがんばったので、そのご褒美をいただいてもいい日である。おまけに今日の宿泊は、山小屋ではなく、普通のホテルである。というか、その町での宿泊施設はこのホテルしかないらしいのである。山小屋が嫌で普通のホテルを予約したのではなく、このホテルしか選択肢がないからである。(立派な言い訳)
ホテルのあるSt.Rhemyの前の集落からSt. Rhemyまでの道が異様に長く感じたのではあるが、なんとかホテルまで辿りついた。山小屋ではないので、ザックを背負い、山の格好が少々恥ずかしい。しかしながら、これしかもってないので仕方がない。
チェックインしたいというと、別の建物に連れて行かれた。ここがまた古い石のお家を今風にかわいく改装してあるお部屋だったのである。一目で気に入った。あいつもどうやら気に入ったらしい。こういう選択肢が一つしかない場所の場合の部屋レベルというのは、いろんなトレッキングルート上で経験していたので、なんとなく予想していたのであるが、ここは予想よりはかなりレベルが高かった。(といっても2つ星ホテル。)
こんなかわいい場所で、お泊りできるのでかなりうれしくなる。おまけに、寝室とソファーの階が分かれているのもいい。
今日は7時半から夕食という。このホテルはレストランもあるのである。7時25分にいるとまだレストランは開いていないという。5分だけなのにと思いながらも、バーでビールをいただく。今日一日へとへとになった体にビールはうれしいのである。あーあ、幸せ。
ディナーに関しては、次のエントリーで!
8月12日
Rifugio Walter Bonatti (2025m) 6時半朝食、7時半出発
Col Malatra ( 2925m)
Rifugio Pier Giorgio Frassati ( 2542m)
Saint -Rhemy ( 1600m ) 5時すぎぐらい
ランチをいただいたかなり新しい山小屋
http://www.rifugiofrassati.it/en/
途中で横切ったスイスへ抜ける大きなトンネル
https://en.wikipedia.org/wiki/Great_St_Bernard_Tunnel
宿泊したホテルスイス (気に入った!)
http://www.tripadvisor.com/Hotel_Review-g1497864-d4767356-Reviews-Hotel_Suisse-Saint_Rhemy_en_Bosses_Valle_d_Aosta.html
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朝ちょっと色が変わった!
ピンクの花きれい。山とあう。

































