1月14日
Gokyo ( 4790m ) - Machhermo ( 4470m )
ゴーキョ村を楽しむ
さて、昨日と異なり、またゆっくりモードに戻る。今日の午前中は、ゴーキョでのんびりし、ランチを食べてからマッチェルモに行くだけだ。
今日も快晴。
素晴らしい天気が、ずっと続いている。このまま雨が一滴も降らないで、トレッキングを終えることができるのか。
今回のツアーは2人だけなので、私たちの体調や希望によって、どうにでもなるフレキシブルな感じがとてもうれしい。もうかなり前から、当初の予定とは違う日程で行動している。おまけに、行動予定を確認している時に、何日目かわからなくなったりして、真剣に数え直したり。この適当な感じが、とても心地よい。
午前中は、Keikoさんとゴーキョの村のあちこちを散歩して、撮影大会だ。撮影といっても、私は大したものはとれないが。
まずロッジの裏の小高い丘に登ってみる。そこからは、じゃりにまみれた氷河みたいなのが、近くに見えた。これは、もしかしたら前はもっと美しい氷河だったのかもしれない。地図には、Glacierと書いてあるので、これは氷河のようだ。
キリマンジャロでも、頂上の氷河は、どんどん融けているとキリマンジャロのガイドさんが教えてくれた。
スイスでも、アローラの氷河を見ている時に、昔はもっと大きかったのだと近くにいた人が教えてくれた。
ネパールでも、氷河が融けたことにより、氷河湖の決壊が原因で、洪水なども発生しているとのこと。そして、発電をほとんど水力発電でまかなっているネパールでは、このような洪水で発電所が損害を受ける可能性もあるということだ。(1)
ネパールでは、その周辺で生活をしている人たちがいるので、より深刻な問題のはずだ。
次は、湖を超えて、レンジョーパス方面に歩いてみた。相変わらず湖から、あの不気味な声のような音がしてくる。
いつか、本当に、チョーラーパスとレンジョーパスを通ってみたいものだ。
ロッジに戻ると、西洋人の女性一人がシェルパ、ポーターとともに、このロッジに到着していた。彼女は、これからゴーキョ―ピークに登るという。
彼女は、私たちとほぼ同じルートなのに、彼女はなんと10日間で歩ききるということだった。確かに私たちのペースはゆっくりではあるが、その2倍の距離を歩くことは、高度順応のことも考えると厳しい。きっと、日ごろからトレーニングをして、高度に強い人なのだろう。
そして、彼女もやはり飛行機が飛ばずに、ヘリで上がってきたという。
それにしても、女性一人でそのハードスケジュールをこなすなんて、ただものではない。
彼女とは、その後モンラで追い抜かれ、帰国の日にカトマンドゥ空港でもばったりと出会ったのだ。その時まで彼女がどこの国の人か知らなかったが、彼女は南アフリカ人だった。けれども、タイ航空でバンコク経由でアメリカに行くとか言うので、混乱していると、アメリカで働いているという。
いろんな人がいるもんだ。
ランチには、私が昨日絶賛していたフレンチトーストがまたでてきた。うれしすぎる。それから醤油味スパゲティも作ってくれた。カルマジーのご飯は、最高である。ネパール料理と無国籍風の料理をバランスよく出してくれる。
ランチをしっかりいただいてから、マッチェルモに向かって出発だ。
ゴーキョを去るのが、とても寂しく感じる。また来るぞ!と心に誓って、ゴーキョを去る。昨日あんなに辛かった道なのに、下りは楽々である。
村から離れても、まだ見えていたゴーキョピークもどんどん遠くなっていく。そして、昨日はあそこにいたんだとお茶会のことを思い出したりしてみる。
マッチェルモでは、おとといに泊ったロッジにまた宿泊する。このロッジの10歳くらいの男の子が、洗濯をしたようで、辺り一面に洗濯物が干してある。
ネパールというか、このあたり一帯だけかもしれないが、洗濯ものを物干し竿などに干すという習慣がないのか、いつも塀の上とかに、広げてあるだけなのである。ロッジの庭の塀が、ほとんど洗濯物で埋まっていた。
ここら辺は、ソーラーパワーのみで、とても洗濯機があるような状態ではない。みんな水場で、石鹸でごしごし洗濯をしている。当たり前だが、冬は真剣に寒い。
それにしても、ここのその10歳くらいの男の子と、若い奥さんは本当に働き者なのだが、旦那はカードゲームに集中している。おまけに、その若い奥さんが、カードゲームをしているみんなにお茶出してあげたりしていて、なんて健気な子なんだろうと思う。
もしかして、女性の地位ってそれほど高くないのかな?となんとなく思う。ドーレのおばさんもとってもいい人だが、旦那はカトマンドゥ―の別宅にいると言っていたような気がする。自分はカトマンドゥ―で、奥さんを寒いロッジで働かせていいものかと非常に疑問であった。
そして、ここの宿の奥さんは、見た目は15歳くらいにしか見えない。彼らはライ族で、ライ族の人は小さくて、若く見える人が多い。それを差し引いても、この子は、かなり若いはずだ。けれども旦那も子供もいる。
さて、今日は私たちも日本のトランプ大会をしてみた。神経衰弱である。Keikoさんと私とデンディジーとサンギーで、夕食前にやってみた。
予想通りサンギーは、記憶力抜群であった。驚くのが、別の人が直前にめくったカードからめくって、その後にかなり前にめくられていて、自分が覚えているカードめくるのだ。これは、自分の記憶力が正しいと信じる人でないと、できないことである。神経衰弱は、いろんなことがわかって、結構おもしろいのだ。ちなみに、私は、老化ということで、記憶力はなくなりつつある・・・・・。
みんなのトランプ大会は、本日もかなり遅くまで続いたようである。
凍った窓。朝の窓は、どこでも大体こんな感じ。きれいなのだ。
ゴーキョピークへの道 うねうねした道です。
ロッジの裏の丘から。きれい♡
光がきれい
おしゃれYAK ロッジに戻ってきたら、この子たちも来ていた。
ゴーキョからマッチェルモに向かう途中 みんなの後ろを行く。
朝のお茶: 7:00
朝食: 8:30
ランチ:12:00 Gokyo ( 4790m )
出発: 12:00 Gokyo ( 4790m )
到着:15:00 Machhermo ( 4470m )
夕食:18:00
泊った宿:Nangyal Lodge
注
(1)ダンダ・パニ・アディカリ「ネパールヒマラヤ気候変動の水資源への影響及び気候変動問題メインストリーム化への挑戦」講演記録
http://www.meguro-unesco.net/lecture/2007/02/post-1.html 閲覧日:2014年2月4日
Gokyo ( 4790m ) - Machhermo ( 4470m )
ゴーキョ村を楽しむ
さて、昨日と異なり、またゆっくりモードに戻る。今日の午前中は、ゴーキョでのんびりし、ランチを食べてからマッチェルモに行くだけだ。
今日も快晴。

素晴らしい天気が、ずっと続いている。このまま雨が一滴も降らないで、トレッキングを終えることができるのか。
今回のツアーは2人だけなので、私たちの体調や希望によって、どうにでもなるフレキシブルな感じがとてもうれしい。もうかなり前から、当初の予定とは違う日程で行動している。おまけに、行動予定を確認している時に、何日目かわからなくなったりして、真剣に数え直したり。この適当な感じが、とても心地よい。
午前中は、Keikoさんとゴーキョの村のあちこちを散歩して、撮影大会だ。撮影といっても、私は大したものはとれないが。
まずロッジの裏の小高い丘に登ってみる。そこからは、じゃりにまみれた氷河みたいなのが、近くに見えた。これは、もしかしたら前はもっと美しい氷河だったのかもしれない。地図には、Glacierと書いてあるので、これは氷河のようだ。
キリマンジャロでも、頂上の氷河は、どんどん融けているとキリマンジャロのガイドさんが教えてくれた。
スイスでも、アローラの氷河を見ている時に、昔はもっと大きかったのだと近くにいた人が教えてくれた。
ネパールでも、氷河が融けたことにより、氷河湖の決壊が原因で、洪水なども発生しているとのこと。そして、発電をほとんど水力発電でまかなっているネパールでは、このような洪水で発電所が損害を受ける可能性もあるということだ。(1)
ネパールでは、その周辺で生活をしている人たちがいるので、より深刻な問題のはずだ。
次は、湖を超えて、レンジョーパス方面に歩いてみた。相変わらず湖から、あの不気味な声のような音がしてくる。
いつか、本当に、チョーラーパスとレンジョーパスを通ってみたいものだ。
ロッジに戻ると、西洋人の女性一人がシェルパ、ポーターとともに、このロッジに到着していた。彼女は、これからゴーキョ―ピークに登るという。
彼女は、私たちとほぼ同じルートなのに、彼女はなんと10日間で歩ききるということだった。確かに私たちのペースはゆっくりではあるが、その2倍の距離を歩くことは、高度順応のことも考えると厳しい。きっと、日ごろからトレーニングをして、高度に強い人なのだろう。
そして、彼女もやはり飛行機が飛ばずに、ヘリで上がってきたという。
それにしても、女性一人でそのハードスケジュールをこなすなんて、ただものではない。
彼女とは、その後モンラで追い抜かれ、帰国の日にカトマンドゥ空港でもばったりと出会ったのだ。その時まで彼女がどこの国の人か知らなかったが、彼女は南アフリカ人だった。けれども、タイ航空でバンコク経由でアメリカに行くとか言うので、混乱していると、アメリカで働いているという。
いろんな人がいるもんだ。
ランチには、私が昨日絶賛していたフレンチトーストがまたでてきた。うれしすぎる。それから醤油味スパゲティも作ってくれた。カルマジーのご飯は、最高である。ネパール料理と無国籍風の料理をバランスよく出してくれる。
ランチをしっかりいただいてから、マッチェルモに向かって出発だ。
ゴーキョを去るのが、とても寂しく感じる。また来るぞ!と心に誓って、ゴーキョを去る。昨日あんなに辛かった道なのに、下りは楽々である。
村から離れても、まだ見えていたゴーキョピークもどんどん遠くなっていく。そして、昨日はあそこにいたんだとお茶会のことを思い出したりしてみる。
マッチェルモでは、おとといに泊ったロッジにまた宿泊する。このロッジの10歳くらいの男の子が、洗濯をしたようで、辺り一面に洗濯物が干してある。
ネパールというか、このあたり一帯だけかもしれないが、洗濯ものを物干し竿などに干すという習慣がないのか、いつも塀の上とかに、広げてあるだけなのである。ロッジの庭の塀が、ほとんど洗濯物で埋まっていた。
ここら辺は、ソーラーパワーのみで、とても洗濯機があるような状態ではない。みんな水場で、石鹸でごしごし洗濯をしている。当たり前だが、冬は真剣に寒い。
それにしても、ここのその10歳くらいの男の子と、若い奥さんは本当に働き者なのだが、旦那はカードゲームに集中している。おまけに、その若い奥さんが、カードゲームをしているみんなにお茶出してあげたりしていて、なんて健気な子なんだろうと思う。
もしかして、女性の地位ってそれほど高くないのかな?となんとなく思う。ドーレのおばさんもとってもいい人だが、旦那はカトマンドゥ―の別宅にいると言っていたような気がする。自分はカトマンドゥ―で、奥さんを寒いロッジで働かせていいものかと非常に疑問であった。
そして、ここの宿の奥さんは、見た目は15歳くらいにしか見えない。彼らはライ族で、ライ族の人は小さくて、若く見える人が多い。それを差し引いても、この子は、かなり若いはずだ。けれども旦那も子供もいる。
さて、今日は私たちも日本のトランプ大会をしてみた。神経衰弱である。Keikoさんと私とデンディジーとサンギーで、夕食前にやってみた。
予想通りサンギーは、記憶力抜群であった。驚くのが、別の人が直前にめくったカードからめくって、その後にかなり前にめくられていて、自分が覚えているカードめくるのだ。これは、自分の記憶力が正しいと信じる人でないと、できないことである。神経衰弱は、いろんなことがわかって、結構おもしろいのだ。ちなみに、私は、老化ということで、記憶力はなくなりつつある・・・・・。
みんなのトランプ大会は、本日もかなり遅くまで続いたようである。
凍った窓。朝の窓は、どこでも大体こんな感じ。きれいなのだ。
ゴーキョピークへの道 うねうねした道です。
ロッジの裏の丘から。きれい♡
光がきれい
おしゃれYAK ロッジに戻ってきたら、この子たちも来ていた。
ゴーキョからマッチェルモに向かう途中 みんなの後ろを行く。
朝のお茶: 7:00
朝食: 8:30
ランチ:12:00 Gokyo ( 4790m )
出発: 12:00 Gokyo ( 4790m )
到着:15:00 Machhermo ( 4470m )
夕食:18:00
泊った宿:Nangyal Lodge
注
(1)ダンダ・パニ・アディカリ「ネパールヒマラヤ気候変動の水資源への影響及び気候変動問題メインストリーム化への挑戦」講演記録
http://www.meguro-unesco.net/lecture/2007/02/post-1.html 閲覧日:2014年2月4日





