12月29日
Tukla ( 4620m ) - Lobche ( 4910m ) - Gorakshep ( 5140m )
決断と緊張
Keikoさんが新たな決断を下した。これ以上進まずに、高度順応のために下に下りるという決断である。そして、遅れてカラパタールを目指すか、もしくはカラパタールはあきらめて、ゴーキョを目指すかという決断は、また後ですることになる。
Keikoさんは、今までの経験からこうなる事態も予想して、本来であれば1名でよいポーターを2名にするようにラジェンドラさんに依頼していたのだ。まさか、途中で別れるようなことにはならないだろうと私は思っていたが、それが現実となってしまった。
本当に、勇気ある決断だ。無理をしても大丈夫な場合はあるかもしれないが、場合によっては、ヘリ救助で、カトマンドゥ―までって事態になってしまう可能性もある。そんなことになったら、せっかくのトレッキングがはっきりいって台無しだ。
Keikoさんがこの決断を下してから、Keikoさんとデンディジー、キパはパンボチェへ、私とカルマジー、サンギーはカラパタール方面へというグループ分けがされた。私は、Keikoさんの今までの経緯を全て把握しているカルマジーが、当然Keikoさんと行動を共にするものだと思っていた。それなので、この予想外のグループ編成にちょっとびっくりした。
Keikoさんによると、やはり今回の責任者はデンディジーであり、デンディジーがいろいろな判断をしなくてはいけないので、一緒に行動することになるんだと思うということであった。
そんなこんなで、荷物が振り分けられたり、ばたばたと準備がされた。それにしても、こんなにフレキシブルに計画を変更できるんだ・・・って驚きである。これも人数の少ないツアーだからこそできる技かもしれない。
宿を出発する時に、トゥクラの食堂で韓国人のおじさんと話をすることになった。昨日の夜はいなかったのに、非常に不思議である。このおじさんは、なんと昨日の夜中に高山病で苦しくなり、上のゴラクシェプから下ってきたという。どうやら夜中寝ている時に、心臓がばくばくし始め、どうにも耐えられなくなって、下りてきたという。彼は、自分で下りてこれたからまだよいが、一緒のグループの人は、今日の朝、ヘリで下に下りる予定だという。
しかし、こんな切羽つまった状態なのに、私たちが日本人のため、片言の日本語でそれを説明しようとする。
そんなことを聞くと、急に緊張してくる。今まで高度順応なんだの、ゆっくりペースでずっと来ており、ものすごい気合はいれていなかった。しかし、今日からは、きちんと気合をいれなくてはいけない。
準備ができると、まず私たちグループが、Keikoさんたちに見送られて、カラパタール方面に出発した。今まで、ほとんどのことに関してKeikoさんに頼ってきたが、今日からはKeikoさんがいない。カルマジーとサンギーがいるので、一人ではないが、登山客としては一人だけだと思うとちょっと緊張してきた。そして、今までKeikoさんに、甘え過ぎてたということにも気がついた。
昨日途中まで登った坂をまた登って行く。予想通り、調子がかなりよい。その坂を上がった所は、お墓であった。山で亡くなったシェルパたち、日本人の方の碑もあった。
ここからは、緩やかな登りで、凍った川と白い山並みを見ながら、快適なお散歩といった感じである。しばらくするとロブチェに到着した。
ロブチェでは、お昼ご飯を食べる。そして、今日ロブチェに泊るか、さらに進んでゴラクシェプまで行くかの判断をする。ロブチェに到着しても、体調は万全だった。それなので、今日のうちにゴラクシェプまで行きたいと言ってみた。
ロブチェでランチを食べるためにロッジに入ると、日本人の女の子一人とガイドさんがいた。日本人の女の子は、息もたえだえで、非常に苦しそうである。彼女は、今日の早朝に、ロブチェを出発し、カラパタールに向かっている時に、あまりの寒さでやられてしまい、ロブチェに戻ってきたという。そして、ヘリが来るのを待っているということだった。
また高山病で苦しむ人と会い、緊張感が高まる。こんなにたくさんの人が苦しみ、ヘリで下山している。ここまで歩いてくる時も、何機かのヘリが頭上を通過していった。ネパールでは、物資は人力で挙げているためにヘリは救助で使われている可能性が高い。
ここに来るまでにも、強風であと100mの所でカラパタール登頂を断念した人と出会ったりしていた。それからシェルパ情報であるが、あるイギリス人グループは、グループの半分しか登頂できなかったとか、昨日は、やはり風のため登頂を断念したという女の子にも会った。
そして、ゴラクシェプ到着寸前にも、高山病で下山するというインド人風のグループにも遭遇することになる。
かなりの人が高山病にやられている。そして、強風のために登頂できなかったりしている。自分は大丈夫なのか、さらに高度を上げてもよいのかと少々不安にはなる。そして、到着時は大丈夫でもあの韓国人のおじさんのように、夜にいきなり高山病になる可能性だってある。
キリマンジャロで、5900mぐらいの経験があったし、それと同等のトレーニングはしてきた。それなので、「まあ、大丈夫だろう。」って考えていたが、こんなにも苦しんでいる人たちを見ると、私でも自分のことをちょっと心配するようになる。
ランチは、またシェルパシチューをいただいた。ここのランチもとてもおいしく、この高度にも関わらず、おかわりまでしてしまう。山では、たくさん食べることも正当化できる。それも山が好きな理由の一つである。
ランチ後のゴラクシェプへの道もすごかった。どんどん宇宙に近づいている感じである。そして、なんだか氷河っぽいのが右側にずーーっと見える。ただ小石、砂まじりではあるが、そのダイナミックさに圧倒される。そして、私がずっとエベレストだと信じていたヌプチェ(山の名前)がかっこいい。
さすがに最後の上り下りで、疲れたが、無事ゴラクシェプ(5140m)に到着だ。果たして、私は高山病を発病することになるのだろうか。
ゴラクシェプ泊
ゴラクシェプには、かなりの登山客がいた。昨日のトゥクラと大違いである。日本人のツアーには、あまりエベレストベースキャンプまで行くのはないが、西洋人はエベレストベースキャンプまで行く人がとても多く、みんな「ベースキャンプ、ベースキャンプ」って言っている。カラパタールは、なんだかおまけみたいな感じである。
某イギリス大手トレッキング旅行会社のツアー14名も、ここに泊っていた。彼らとは、ルクラ入りからほぼ同じ日程で登ってきていたが、宿が同じになるのは、ここが初めてであった。
それにしても、ファンタやコーラを飲み、プリングルスを食べ散らかし、偉そうにふんずり返ってる様子に、よい印象を持った人はそれほどいないだろう。おまけに他の人達と全く交流しようとしない。まあ、グループで来ているので、わざわざ他の人と交流する必要もないのであるが。
このイギリス人ツアーを見た影響が大きいが、今回個人的に思ったことがある。
「大人数の登山って大変だな。」
ということである。
10人以上のツアーとは、ほとんどが個人か、2,3名のグループで参加している雰囲気である。もちろんこういうツアーで行くと、同じ趣向の人と仲良くなったりして、一生の友人を見つけることももちろん可能であろう。現に、私もKeikoさんとは、キリマンジャロのツアーで知り合いになった。
けれども、自分の好みや体調に関わらず、ある程度そのグループに合わせなくてはならないのである。しかも1週間とか2週間とか、朝から夜までずっとである。おまけに食事の時とは、隣になった人と最低限の会話とかしなくてはならない。最悪の場合、そのグループの人達と全く合わずに、孤立してしまったりするかもしれない。そんなことにでもなったら、せっかくのトレッキングが台無しである。ストレスばかりで何のために、行ったのかわからなくなる。
ただ、日本では一般的に、登山をされていらっしゃる方は、よい方が多いし、日本人は人を気づかう習慣があるので、それほど心配する必要はないかもしれない。おそらく、トレッキング中にとても仲がよくなり、以降も続く関係となる方々が多いのではないだろうか。
夕食を食べる時に、日本人のおじさんと席が近くなり、お話することができた。そのおじさんは、一人のツアーであり、今日の午後カラパタールに無事登頂されたということだ。ちょうど登頂をされて、めちゃくちゃほっとしている日だったのだろう。
そのおじさんから聞いて、とても驚いたことがある。日本人のカラパタール登頂率である。私は9割くらいかと思ったが、日本人の登頂率は、なんと4割程度ということである。たぶんその旅行社の登頂率ということかとは思われるが、その低さにびっくりした。どうやら高齢者が多いためということである。そりゃそうであろう、日本で2-3週間も休みをとるのは普通は、めちゃくちゃ大変だ。そうなると憧れのヒマラヤトレッキングができるのは、退職してからとなってしまう。
これは、自分のことをただ正当化しているだけであるが、最近は体の動くうちにしたいことはしておいた方がいいなあと思っている。ネパールだ、キリマンジャロだ、スイスだ、やっぱり日本の山だとかって言ってられるのも、もしかしたらあと10-20年ぐらいだけかもしれない。こんなこと言って、会社も辞めて、やりたい放題してしまった。そろそろ社会復帰しなくてはならない。
さて、そのおじさんがララスープ(ネパールのインスタントラーメン)だけの夕食であるのに比べて、私はガーリックスープとダルバートを完食した。私の原動力は、何と言ってもきちんと食べることである。そして、この高度でまだこんなに食欲がある自分が怖い。こんなに食べれば、大丈夫だろうと私は思った。カルマジーもそう思っただろう。
さて、一つだけ自分の体に異常を感じたことがある。夜に、何度もトイレに行きたくなり目が覚めたことである。こんなにトイレで起きたのは、生まれて初めてだし、トイレに行くために起きるのが辛かった。高度が高いことが私の体に引き起こした何かである。
さて、明日は5時起きで、カラパタールに向けて出発である。
ロブチェまでの道 空が青い
もう少しでゴラクシェプ 空が更に青くなる。宇宙に近づいている感じ
ゴラクシェプ ブッダロッジの中 旗などがたくさんある。日本人のものは1枚だけと、日本人のおじさんから教えてもらう。
ブッダロッジに泊る方、ぜひ何か日本の形跡を残してほしいです。けどあまりにも大きすぎる日ノ丸はまずい?どうかなあ。そこのさじ加減は、ちょっとわかりません。
真ん中のストーブは例のものが燃料であるストーブ
ずっとエベレストだと信じていた山 ヌプチェという山だそうです。
朝のお茶: 7:00
朝食: 8:00
出発: 9:00 Thukla ( 4620m )
ランチ:12:30 Lobche ( 4910m )
到着: 15:30 Grakshep ( 5140m )
夕食: 18:00
泊った宿:Buddha Lodge
Tukla ( 4620m ) - Lobche ( 4910m ) - Gorakshep ( 5140m )
決断と緊張
Keikoさんが新たな決断を下した。これ以上進まずに、高度順応のために下に下りるという決断である。そして、遅れてカラパタールを目指すか、もしくはカラパタールはあきらめて、ゴーキョを目指すかという決断は、また後ですることになる。
Keikoさんは、今までの経験からこうなる事態も予想して、本来であれば1名でよいポーターを2名にするようにラジェンドラさんに依頼していたのだ。まさか、途中で別れるようなことにはならないだろうと私は思っていたが、それが現実となってしまった。
本当に、勇気ある決断だ。無理をしても大丈夫な場合はあるかもしれないが、場合によっては、ヘリ救助で、カトマンドゥ―までって事態になってしまう可能性もある。そんなことになったら、せっかくのトレッキングがはっきりいって台無しだ。
Keikoさんがこの決断を下してから、Keikoさんとデンディジー、キパはパンボチェへ、私とカルマジー、サンギーはカラパタール方面へというグループ分けがされた。私は、Keikoさんの今までの経緯を全て把握しているカルマジーが、当然Keikoさんと行動を共にするものだと思っていた。それなので、この予想外のグループ編成にちょっとびっくりした。
Keikoさんによると、やはり今回の責任者はデンディジーであり、デンディジーがいろいろな判断をしなくてはいけないので、一緒に行動することになるんだと思うということであった。
そんなこんなで、荷物が振り分けられたり、ばたばたと準備がされた。それにしても、こんなにフレキシブルに計画を変更できるんだ・・・って驚きである。これも人数の少ないツアーだからこそできる技かもしれない。
宿を出発する時に、トゥクラの食堂で韓国人のおじさんと話をすることになった。昨日の夜はいなかったのに、非常に不思議である。このおじさんは、なんと昨日の夜中に高山病で苦しくなり、上のゴラクシェプから下ってきたという。どうやら夜中寝ている時に、心臓がばくばくし始め、どうにも耐えられなくなって、下りてきたという。彼は、自分で下りてこれたからまだよいが、一緒のグループの人は、今日の朝、ヘリで下に下りる予定だという。
しかし、こんな切羽つまった状態なのに、私たちが日本人のため、片言の日本語でそれを説明しようとする。
そんなことを聞くと、急に緊張してくる。今まで高度順応なんだの、ゆっくりペースでずっと来ており、ものすごい気合はいれていなかった。しかし、今日からは、きちんと気合をいれなくてはいけない。
準備ができると、まず私たちグループが、Keikoさんたちに見送られて、カラパタール方面に出発した。今まで、ほとんどのことに関してKeikoさんに頼ってきたが、今日からはKeikoさんがいない。カルマジーとサンギーがいるので、一人ではないが、登山客としては一人だけだと思うとちょっと緊張してきた。そして、今までKeikoさんに、甘え過ぎてたということにも気がついた。
昨日途中まで登った坂をまた登って行く。予想通り、調子がかなりよい。その坂を上がった所は、お墓であった。山で亡くなったシェルパたち、日本人の方の碑もあった。
ここからは、緩やかな登りで、凍った川と白い山並みを見ながら、快適なお散歩といった感じである。しばらくするとロブチェに到着した。
ロブチェでは、お昼ご飯を食べる。そして、今日ロブチェに泊るか、さらに進んでゴラクシェプまで行くかの判断をする。ロブチェに到着しても、体調は万全だった。それなので、今日のうちにゴラクシェプまで行きたいと言ってみた。
ロブチェでランチを食べるためにロッジに入ると、日本人の女の子一人とガイドさんがいた。日本人の女の子は、息もたえだえで、非常に苦しそうである。彼女は、今日の早朝に、ロブチェを出発し、カラパタールに向かっている時に、あまりの寒さでやられてしまい、ロブチェに戻ってきたという。そして、ヘリが来るのを待っているということだった。
また高山病で苦しむ人と会い、緊張感が高まる。こんなにたくさんの人が苦しみ、ヘリで下山している。ここまで歩いてくる時も、何機かのヘリが頭上を通過していった。ネパールでは、物資は人力で挙げているためにヘリは救助で使われている可能性が高い。
ここに来るまでにも、強風であと100mの所でカラパタール登頂を断念した人と出会ったりしていた。それからシェルパ情報であるが、あるイギリス人グループは、グループの半分しか登頂できなかったとか、昨日は、やはり風のため登頂を断念したという女の子にも会った。
そして、ゴラクシェプ到着寸前にも、高山病で下山するというインド人風のグループにも遭遇することになる。
かなりの人が高山病にやられている。そして、強風のために登頂できなかったりしている。自分は大丈夫なのか、さらに高度を上げてもよいのかと少々不安にはなる。そして、到着時は大丈夫でもあの韓国人のおじさんのように、夜にいきなり高山病になる可能性だってある。
キリマンジャロで、5900mぐらいの経験があったし、それと同等のトレーニングはしてきた。それなので、「まあ、大丈夫だろう。」って考えていたが、こんなにも苦しんでいる人たちを見ると、私でも自分のことをちょっと心配するようになる。
ランチは、またシェルパシチューをいただいた。ここのランチもとてもおいしく、この高度にも関わらず、おかわりまでしてしまう。山では、たくさん食べることも正当化できる。それも山が好きな理由の一つである。
ランチ後のゴラクシェプへの道もすごかった。どんどん宇宙に近づいている感じである。そして、なんだか氷河っぽいのが右側にずーーっと見える。ただ小石、砂まじりではあるが、そのダイナミックさに圧倒される。そして、私がずっとエベレストだと信じていたヌプチェ(山の名前)がかっこいい。
さすがに最後の上り下りで、疲れたが、無事ゴラクシェプ(5140m)に到着だ。果たして、私は高山病を発病することになるのだろうか。
ゴラクシェプ泊
ゴラクシェプには、かなりの登山客がいた。昨日のトゥクラと大違いである。日本人のツアーには、あまりエベレストベースキャンプまで行くのはないが、西洋人はエベレストベースキャンプまで行く人がとても多く、みんな「ベースキャンプ、ベースキャンプ」って言っている。カラパタールは、なんだかおまけみたいな感じである。
某イギリス大手トレッキング旅行会社のツアー14名も、ここに泊っていた。彼らとは、ルクラ入りからほぼ同じ日程で登ってきていたが、宿が同じになるのは、ここが初めてであった。
それにしても、ファンタやコーラを飲み、プリングルスを食べ散らかし、偉そうにふんずり返ってる様子に、よい印象を持った人はそれほどいないだろう。おまけに他の人達と全く交流しようとしない。まあ、グループで来ているので、わざわざ他の人と交流する必要もないのであるが。
このイギリス人ツアーを見た影響が大きいが、今回個人的に思ったことがある。
「大人数の登山って大変だな。」
ということである。
10人以上のツアーとは、ほとんどが個人か、2,3名のグループで参加している雰囲気である。もちろんこういうツアーで行くと、同じ趣向の人と仲良くなったりして、一生の友人を見つけることももちろん可能であろう。現に、私もKeikoさんとは、キリマンジャロのツアーで知り合いになった。
けれども、自分の好みや体調に関わらず、ある程度そのグループに合わせなくてはならないのである。しかも1週間とか2週間とか、朝から夜までずっとである。おまけに食事の時とは、隣になった人と最低限の会話とかしなくてはならない。最悪の場合、そのグループの人達と全く合わずに、孤立してしまったりするかもしれない。そんなことにでもなったら、せっかくのトレッキングが台無しである。ストレスばかりで何のために、行ったのかわからなくなる。
ただ、日本では一般的に、登山をされていらっしゃる方は、よい方が多いし、日本人は人を気づかう習慣があるので、それほど心配する必要はないかもしれない。おそらく、トレッキング中にとても仲がよくなり、以降も続く関係となる方々が多いのではないだろうか。
夕食を食べる時に、日本人のおじさんと席が近くなり、お話することができた。そのおじさんは、一人のツアーであり、今日の午後カラパタールに無事登頂されたということだ。ちょうど登頂をされて、めちゃくちゃほっとしている日だったのだろう。
そのおじさんから聞いて、とても驚いたことがある。日本人のカラパタール登頂率である。私は9割くらいかと思ったが、日本人の登頂率は、なんと4割程度ということである。たぶんその旅行社の登頂率ということかとは思われるが、その低さにびっくりした。どうやら高齢者が多いためということである。そりゃそうであろう、日本で2-3週間も休みをとるのは普通は、めちゃくちゃ大変だ。そうなると憧れのヒマラヤトレッキングができるのは、退職してからとなってしまう。
これは、自分のことをただ正当化しているだけであるが、最近は体の動くうちにしたいことはしておいた方がいいなあと思っている。ネパールだ、キリマンジャロだ、スイスだ、やっぱり日本の山だとかって言ってられるのも、もしかしたらあと10-20年ぐらいだけかもしれない。こんなこと言って、会社も辞めて、やりたい放題してしまった。そろそろ社会復帰しなくてはならない。
さて、そのおじさんがララスープ(ネパールのインスタントラーメン)だけの夕食であるのに比べて、私はガーリックスープとダルバートを完食した。私の原動力は、何と言ってもきちんと食べることである。そして、この高度でまだこんなに食欲がある自分が怖い。こんなに食べれば、大丈夫だろうと私は思った。カルマジーもそう思っただろう。
さて、一つだけ自分の体に異常を感じたことがある。夜に、何度もトイレに行きたくなり目が覚めたことである。こんなにトイレで起きたのは、生まれて初めてだし、トイレに行くために起きるのが辛かった。高度が高いことが私の体に引き起こした何かである。
さて、明日は5時起きで、カラパタールに向けて出発である。
ロブチェまでの道 空が青い
もう少しでゴラクシェプ 空が更に青くなる。宇宙に近づいている感じ
ゴラクシェプ ブッダロッジの中 旗などがたくさんある。日本人のものは1枚だけと、日本人のおじさんから教えてもらう。
ブッダロッジに泊る方、ぜひ何か日本の形跡を残してほしいです。けどあまりにも大きすぎる日ノ丸はまずい?どうかなあ。そこのさじ加減は、ちょっとわかりません。
真ん中のストーブは例のものが燃料であるストーブ
ずっとエベレストだと信じていた山 ヌプチェという山だそうです。
朝のお茶: 7:00
朝食: 8:00
出発: 9:00 Thukla ( 4620m )
ランチ:12:30 Lobche ( 4910m )
到着: 15:30 Grakshep ( 5140m )
夕食: 18:00
泊った宿:Buddha Lodge



