知人と映画の話になり、
黒澤監督の『七人の侍』リメイク
『荒野の七人』のあらすじ話を聞いた。
その中でとっても印象深いシーンがありました。
腕利きのガンマンに
「どうしてこんな仕事を引き受けたんだ?
こんなに安い値段でなぜ引き受けたんだ?」
と尋ねると
ガンマンはこう答えた。
「むかし、裸でサボテンに飛び込んだ男がいて
…どうしてそんなことしたんだ?
と聞いたらその男が
『その時はそれでイイと思ったんだ』
と答えたんだ。」
____
…なんだそれ…異様にしびれるではないか
といそいそ検索してみると
まんまそのまんまを書かれている記事を発見‼︎
とりあえず貼らせていただく。
人生は「その時はそれでいいと思った」ことの連続で成り立っているている
悪の頭領が小さな村を守る用心棒のスティーブ・マックィーンに「どうしてこんな村を守るために戦うんだ?」と尋ねる。
What I don't understand is why a man like you took the job
in the first place, hum? Why, heh?
「どうしてお前みたいに腕のいい用心棒が、こんな仕事を請けたんだ?」
I wonder myself.
「俺にもわからない」
No, come on, tell me why.
「理由があるだろう?」
It's like this fellow I knew in El Paso.One day, he just took all his clothes off and jumped in a mess of cactus.I asked him that same question, "Why?"
「むかし、エルパソの村で、裸でサボテンに飛び込んだ男がいて、俺はどうしてそんなことしたんだって尋ねたんだ」
And? He said, "It seemed like a good idea at the time."
そいつはなんて?
「その時はそれでいいと、思った」
って。
起きたデキゴトに納得がいかない場合、
我々は
なんで?そんなことしたの?
なんで?こんなことするんだ‼︎
なんで?こんなことになるんだ‼︎
と否定、攻撃しがちです。
目の前の現象はもう過去であり
現象は変わりようがない、
とわかっていても
否定して攻撃し抵抗拒絶します。
現象はただ起きているだけなのだが、
視野の狭〜い自我さんは、
善悪の物差しを持ち込み
イチイチ『善い・悪い』と判断します。
悪いと判断し認定するから
気分は悪くなって不機嫌となります。
己の判断で己の機嫌を悪くしている。
そうか…
そのトキは、ソレでイイと思ったんだな…
オモシロいって思ったんだな
そうか…
ただソレが起きたのか…以上。
理由なんてない。
ただその瞬間にソレが起きてきたのだ。
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このカラダを『わたし』だと錯覚している
自我さんは、
ぜんぶ『わたし』がやっている
ぜんぶ『わたし』が考えている
と主張するのですが、
これから先の未来、
自分がどう行動するのか
どんなことを考えるのかわからないはず。
5秒先の未来さえわからない。
『わたし』がやっているのならば
ぜんぶコントロールできて
どう行動してなにを考えるのか
わかるはずなのに
1ミクロンもわからない。
過去にしでかした行為も
なぜ?あんなことしたのか
『わからない』のです。
あなたの行動わたしの行動も
そのトキそのトキに起きてきた現象。
ただそれが起きた
そのトキはソレでイイと思った
そのトキはソレでイイという想いがやってきた
『過去』といわれている【そのトキ】
そのトキはソレでイイと思ったのだから
それでヨシ。
後悔いらず(後悔してもヨシ)
『未来』と呼ばれている【そのトキ】も
そのトキはソレでイイと思って
ナニかするだろう。
すべてはそれでヨシ。
これでイイ
それでイイ
すべてヨシ
今日は以上です。
ありがとうございました。


