2018年1月1日
人をコントロールしようとする人が大っ嫌いだった。アドバイスしたり、命令したり。人を自分の思い通りに動かそうとする人が許せなかった。価値観を押し付けることが相手の魂を殺す、そんなこともわからないのかって、怒り狂っていた。自分の正しさを「あなたのためよ」とほざきながら、立場の弱い者に押し付ける親に怒り続けた。親が子どもに押し付ける嘘の正しさ、本当は親自身の不安を紛らわすための“子どもへの暴力”を許せないとずっと思っていた。
そんな親たちに向けていたのは「おまえが人を不幸にしている。わかってるのか!」という思いだった。
でもこれは、小さい私が親から向けられていた思いだった。「おまえが人を不幸にしている。わかってるのか!」両親は容赦なくこの思いを私に向けてきた。親のこの思いにずっとさらされていた。死にたくなるのも当然と思う。
親によって小さいころからずっと苦しめられてきた思いを、今度は私が人に向かってまき散らしていた。私が人に暴力を振るいまくっていた。自分がされたことを、人にし続けていた。自分がされて死にたいほど苦しめられたことを、人にしまくっていた。私が人を死にたくなるように苦しめ続けていた。きつい… ここにつながったか…と思った。他者コントロールへの怒りをどうしても手放せないと悩み苦しんでいた。死にたかった思いにつながるとは…
今度、他者コントロールしてる人を見て「おまえが人を不幸にしている。わかってるのか!」と感じたら、小さい自分に向けた思いだと思わなくては。私が小さい私へ「死んで」と言っていることに気づかなければと思う。
読んでくれて、どうもありがと♡