パニック障害になって 私がやった事〜電車乗れなくなって〜 | 心をつなぐメッセンジャー パールまり

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ある日突然、

電車の中で 

ものすごい恐怖を感じ 呼吸が苦しくなって…



そのあと、電車に乗るのが怖くなったね。

乗れなくなったね。



それが「予期不安」から来てる、なんて

あの頃は知らなかったよ…。








でも、

通院の為には

どうしても電車に乗らなきゃ

いけなくなって。



一生懸命考えたんだよね。






先ず、「急行電車」には乗らない!

( 怖くて乗れないけど、
 頑張るスイッチがオンになると、
 乗れちゃいそうだったもんね… )


乗る時には「各駅停車」に乗ること。


万が一 体調が悪くなったら、
次の駅で直ぐに降りられる様に。




そして、

一番後ろの車両の

車掌さんの顔が見える所に居ること。


具合が悪くなったら
車掌さんに助けを求めることが出来て、

場合によっては
乗務員口からホームに連れ出して貰うことも出来るんじゃないか?なんて思った。

( 今思うとトンチンカンだけど、
 あの頃は必死だったからね… )




出来るだけ座ること。


「あの状態」は突然来るし、
立っていられる状態じゃないから。




吐き気を催した時の為に

エチケット袋を 直ぐに出せる様にしておく。




急行電車は見送り、

各駅停車に乗って、

ひと駅行ったら とにかく降りる。








最初は、

ひと駅進むまでの間に

パニック発作が起きて辛かったね。




ホームのベンチで休んでから

また、電車に乗ってみる。



ベンチで休んでいる間、

何本もの電車を見送っていたね。


すぐに次の電車に乗るのが
怖かったんだもん。



だから、

所要時間の何倍もの時間をかけて、

ひと駅ずつ

休みながら…。








あの頃はまだ情報も無くて、

あれが「パニック発作」だったとは

知らなくて…。



「予期不安」を繰り返して

「パニック障害」になった事を知ったのは、

ずいぶんと時間が経ったあとだった。






今だから思う。

「正確な情報」の大切さを。








あの頃、

私が正確な情報を得ていたら、

もっと早くに適切な手を打つことが
出来たと思う。






私の場合は、

「何とかしなくちゃ!」

って

ひとりで抱え込んで、

ひとりで頑張っちゃったから、

周りで私の状態を知っている人は

誰も居なかった。




そんな事を話したら、

嫌がられる

嫌われる

と感じて、

誰にも話せなかったところもあると思う。


今は、そう思う。






あの頃、

信頼できる誰かが隣に居てくれたら、

どんなに心強かっただろう…。



「一緒について来て欲しい」と

言うことが出来たら…。










私、ひとりで頑張っちゃったね。




あの頃は、

「人に頼る」という事を

知らなかったんだよね。



だって、ずっと

「ひとりで頑張らなきゃいけない」人生

だったんだもんね。



本当によく頑張ったね。



苦しかったよね。

怖かったよね。

心細かったよね。



一生懸命に考えて 工夫して 生きて来てくれて

本当にありがとう。








長い間ずっと、

生きる為に必死にやって来てくれたあなたがいてくれたから、

今、私はここに居ることが出来るんだよ。



長い時間をかけて、

少しずつ電車に乗れるようになったよ。



ありがとう。


















里山の 菜の花🌼

午後の日差しを浴びて、

その影もまた美しいと感じるのです☺️