なってから。
『からだ』が整って来たと同時に
『心』も落ち着いて来ているんです(^。^)
『心』が不安定だった頃には
無意識に 爪をむしったり
チョコレートやポテトチップ、アイス
などを 食べまくったりしてました。
『からだ』が整って来ている現在は
そういう事は無くなってますけど…。
先生の施術を受け始めてから 8ヶ月目に
『世界のアルプス山脈』からの
『バンジージャンプ』をする事が
出来て・・・
その後には、人生で これ程泣いた事が無い
と言うほどの 激泣 をする事が出来た!
ようやく『自分の感情』を出す事が
出来る様になって来たのを
『体感』する事が、とっても増えてる。
先生が
『からだ』が緩めば
『心』も緩んで来るんだよ。
って言ってくれた通りになっています。
そんな時に読んだ記事。
記事を書いた 堀江さんは
『心』の苦痛を無くすには
先ずは『からだ』から取り組むのがいい。
と 仰しゃっています。
この中の
『嫌なことをしない。』
『自分にすなおに生きる。』
『したいことをする。』
と言うのは、
ぢんさん ( 心屋 仁之助 さん ) と同じだと
思いました(*^^*)
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悩むというのは、とても人間的なこと。
人間だから悩むのだし、悩むというのは進化の結果得られた「機能」なのかもしれない。
そして、悩むからこそ、悩みを解決するために成長したりもする。
悩みたくはないけどね。
でも逆に、
「悩み」というのは、とても高度で人間的なことだからこそ。
悩みを解決したいときには、原始的な感覚、動物的な感覚に立ち返ってみると悩みが解決したり、答えが見えやすかったりもする。
だってね、生物の基本は「生きること。」
もっというと、「しあわせに生きること。」
ぼくらは、生まれながらにして「しあわせに生きるちから」を持っている存在だから。
( 中 略 )
不快な時、「自分がいやだ」と思っている時に、心の奥底ではぐずったり、泣いたりしてる。
不快な時、「自分がいやだ」と思っている時に、心の奥底ではぐずったり、泣いたりしてる。
ただ、いろんな理性が備わってくるから、そのままの感情を口にしたりせずにだまっていたり、心は泣いているのに笑ってみせる。
でもね、そんな時、
ひとってつらい。
思ったままの感情を表に出さないのはつらい。
だって、それは嘘をついているのと同じことだもの。
まわりの環境や状況にあわせて、無意識に損得を考えて自分の本当の感情を押し殺しているのは、つらい。
嫌なことをし続けるのは、つらいんだよ。
不快なことを不快なままにし続けるのは、とても不自然なこと。
「しあわせに生きる」という本能に反したことをしてることになる。
するとね、おかしくなってきちゃうんだ。
( 中 略 )
「しあわせに生きる」ということに反したことをしてしまっているから、しあわせに生きることから遠のいてしまう。
だから、
嫌なことをしない。
自分にすなおに生きる。
したいことをする。
そういったことは、とっても大切なことなんだよね。
でもね・・・
ずっと
自分を押し殺してきてしまったり、
世間の普通にあわせてきてしまったり、
自己犠牲を自分にしいていきたり、
まわりのひとにあわせてきてしまったりすると
わかんなくなっちゃう。
生まれながらに持っていた「しあわせに生きるちから」が眠ってしまう。
ずっと寝たきりだと筋肉が衰えて歩けなくなるように、
使わない能力というのは衰えるものだから。
でもそれは弱ってしまっっているだけ。
使わなくて錆びついていたとしても、もともと持っている能力だから、ちゃんとよみがえらせることができる。
いろんな考え方があるし、なにが正解っていうのもひとによって違うけど
ぼくは、
体から整える方法が好きだし、いいと思うな。
たくさんのカウンセリングをしてきて、体が整うと心が整って、自然としあわせになっていくひとたちをたくさん見てきたから。
強くそう思う。
* ( 中 略 ) の部分は、
『食べる事』について書かれています。
堀江昭桂 さん
心を根っこから考える。その4
〜 誰でも「しあわせに生きるちから」
を持っている 〜 より
