九八さん、ゆみさん、そして参加された皆さん、昨日はありがとうございます。


声聞会、縁覚点検を定期的に続けることにより、自然と「心を制する」ことができていることに、昨日の声聞会で気づかされました。

先週、長女の引っ越し手伝いのため、一週間東京に滞在していました。

日本国籍ではあるものの、イタリアで生まれ育った長女は日本語の読み書きが苦手。その上、日本での動き方に慣れていないので、引っ越し手続きのほぼ全てを私がやることに...。

北海道から東京へ行く前は、「私自身が東京生活に慣れていないのに大丈夫だろうか?」と不安が何度も過りました。

でも、その都度「ま、なんとかなるやろう!」と不安な思いに引きずられずに思いをスッと手放せました。

そして実際に行ってみれば、その都度その都度、向こうからやるべきことが起こり、するするといつの間にか全てが終わってできていました。やるべきことリストに書いてあったことで、時間不足でできなかったこともありました。でも「ま、あとは娘に任す!」とさっぱり切り捨てて🤣、お互い涙もなく「バイバーイ❗」と潔く別れて戻ってきました。

もちろん、手続き途中で「この書類ではないんですがぁ...」とか言われることもありました。でもそこでパニックには陥らず「ではどうしたら良いのですか?」と素直に尋ねていました。そうしたら相手が色々やってくださり、自力でやらずとも、必要なことは全て問題なくできていました。

また、自他が一切ない有り様をまざまざと感じさせられる機会が二度ありました。

ある場所からタクシーで、娘の住む学生マンションに大きなスーツケースを二つ運ばねばなりませんでした。タクシー乗り場に行くと一台だけタクシーが。運転手は私たちを見てあまり嬉しそうではない表情でした。そして「私はぎっくり腰を起こしたので荷物は持てないんですよねぇ」と運転手は言い。

「それは大変!」と思い「自分達で詰め込むので問題ありません!」と言葉が出て荷物を乗せ乗車。行き先の住所を告げると「え、住所だけ?行き方分からないんですか?」と言ってきました。
そしてめんどくさそうに(苦笑)、「じゃ、ナビにいれます.でも時間かかりますよ」とか、出発しても「この時間はこの道が通れないんです。そのマンションに行くならあそこから乗らない方がよかったのに...」とか、とにかく乗ってる間中、ずーっと愚痴や言い訳を言い続けるドライバーでした。(苦笑)

その人が愚痴を言っている間、私はその発せられる言葉に全く反応していませんでした。ただ 大昔 京都で愚痴のオンパレードのタクシー運転手にぶちギレて大喧嘩したことあったなぁ、そういえばと思い出し。その瞬間心の中で「フフッ可笑しい!何ずっと話してるんだろ、この人❗」って笑いが込み上げてきました。笑

そして延々文句を言っていた運転手は最後に「すみません、荷物をお持ちすることができなくて」とわざわざ降りてきて丁寧に謝っていました。当の私は「え、何?ぎっくり腰なんだからしょうがないじゃん」って心の中で思い、その謝罪にも「ぽかーん」と対応していました。笑

その他、ぎゅうぎゅう詰めのエレベーターに乗ったら.、ちょうどボタンの前に押しやられ。手も動かせない状態でドアがガチャンと半分閉まってしまい(-_-;)。その瞬間おばあさんがドアに挟まり、大勢の人の合間から私をにらんで「何やってんだ❗ふざけんな❗」と大声で罵っていました😮。

ビックリしましたが、怒りも憎しみも沸かず、私が何をせずともドアが勝手に閉まり、おばあさんは弾き出されていました。笑

この二度の機会で、言葉の意味内容に全く左右されなくなっていることに、ただただ驚いています。

そして、いつの間にか、人間的なよくある会話に全く付いていけなくなっているんですよね。

「あなたのお嬢さん、これからますますご活躍されるはね❗楽しみでしょ?」とか、「民泊許可下りたのね❗長年の夢が叶ったわね❗」とか、言われても正直全くピンと来なくなってしまい...。「活躍?」、「長年の夢?」。

事実は目前しかないと言う自覚がはっきりしてくると、未来だの過去だのの話が全くピンと来ず、なんとも返事ができなくなりますね。そして夢だの目標だの、それらは言葉だけで意味のないものと気づけ。

思考以前の偉大なる活動のみが事実であると気づければ、どんなことがあっても、大安心、大安堵、大平和なんです。

この事実に気づかせていただくには、九八、ゆみ塾しかない❗と実生活の様々な場面で証明され、また新たに実感しました。🙏

短気で、イラチで、ワガママだった私が、こんなにも自他のない有り様に遭遇するなんて考えられません😮!

自分が正しい!と言う正義感を振りかざし、怒ったり泣いたり、本当に激しかった...(-_-;)。

特別な修行など一切せずとも、知らぬ間に穏やかで優しく静かになってしまう、九八、ゆみ塾。

ただただ素直に真摯に声を聞くだけ。何をやっても心が落ち着かない人。是非、声聞会、縁覚点検に参加されることをお勧めします。

「どこにもいかん、ここにおる」

この言葉を実感し、「じーん」と来て、涙が溢れます。

今日も お読みいただきありがとうございます。