
先日、友達と「うまれる」という映画を見てきました。
前回見たときは、実は自分の誕生日で
自分の誕生日に、この映画を見るのは
それは感慨深いものでした。
でも、まだそのときには絶賛不妊治療中。
まだまだ自分に子供が授かるなんて夢にも思っていないどころか
子供がいないことで「そんな私はダメなんだ」と
自分で自分を気持ちの中で責めている葛藤の日々でした。
「子供がいない私でもいいや」って自分を赦した瞬間に
授かったのですから、気持ちというのは本当不思議なものですね。
今回一緒に行った友達は、実は不妊治療中にブログで知り合った方。
ちょうど同じ時期に帯広から札幌まで何度も通い、同じ思いをして
ともに辛さや苦しみを分かち合い、共有していました。
気がつけば、彼女とは予定日もほとんど同じで
私にとっては戦友のような感じ。
年末に初めて会ったときには嬉しくて、楽しくて
時間を忘れていろいろと話しました。
不妊治療していることを当時の私は他の人には知られたくなかった。
そんなことをしなくてはいけない自分はダメな自分。恥ずかしい自分。
知らない人にとっては
「結婚して何年も経つんだから、あなたもいい年なんだから
早く子供つくらないと。」なんて軽く言ったり
勇気を持って相談したとしても
「りかこはいろんな趣味もたくさんあるし、友達もたくさんいる。
夫と毎年あちこち旅行にいったりしていいよね」とか
「子供いたら自分の自由な時間がなくなるから、うやらましいよ。
人ってないものねだりだよね」って言われたり
気持ちをわかってもらえないことが、とても悲しくて仕方がなかった。
そしてそれが今の自分の悩みに繋がっていた。
気持ちをわかってもらう。
どんな自分でもありのままの自分を受け止めてくれることの大切さ。
そのことを全肯定や不妊治療を通して学びました。
そして同じような経験のある友達と見た「うまれる」はとても感慨深くて。
私と同じように体外受精した人の話もあって。
言葉には表せない感情が沸きあがってきました。
3組の家族のいろんなあり方を見て
「うまれる」ということは、いつか「逝く」こと。
「何のために人はうまれてくるのか?」
「愛ってなんだろう?」
そんな素朴でなかなか一言では言い表せない疑問が
私の中で行き来して。
今私が思うのは
いろんな経験や思いはあるのだけれど
それを通して、たくさん喜び、悲しみ、苦しみ、楽しんでいこう。
私たちは、それを全て経験するためにやってきた。
それならば辛いことや悲しいことがあったとしても
「あ~、私はなんて自分の人生を謳歌している」
「あ~、なんて順調なんだろう」って思えることもある。
いろんな人に助けられ、気持ちに寄り添いながら
自分自身の素晴らしさや人の優しさの中で愛を感じていくんだな。
それって血のつながりじゃなくて、時間でも距離でもない。
人にどう思われるのかが恐くて、言いたいことを言えなくて
つい他人の顔色を窺って、ビクビクしていたこともあったけど
もうその自分は手放してもいい。
どんなふうに思われたとしても、
自分らしく、あるがままの自分でいこう。
今お腹の中にいる子も、ここに出てくることを
そんなことを味わうことも楽しみにしているに違いない。
そうやって命は繋がっていく。
例え体はなくなっても思いは繋がっていく。
「ずっといっしょ」
今の人生は一度きりしかないのだから。
自分の人生を味わい付くそう。
そんなふうに思います。
まだまだ、できないことも言えないこともたくさんあるし
辛いときには早くここから抜け出したいとか
もうちょっと楽に苦労なくくらしてもいいんじゃないか?
って思うことも、もちろんあるんだけどね(;´▽`A``
帯広での「うまれる」は2月5日まで! 予告はこちら
気になる方は見に行って~(*^o^)乂(^-^*)
とてもじゃないけどそんなふうに思えない。
だれも自分の気持ちをわかってもらえない。
とにかく辛い。
というかたは、一度無料カウンセリングを試してみて(*^ー^)ノ