そもそも「世界七不思議」って言葉

おかしいじゃないですか?

何が不思議やねん。と。

そこで英語ではどう書くか調べます。

seven wonder

やりやがったな!

Wonderだから不思議ってどういうことだよ!

それ「驚異」とか「驚き」だろ!


現在、一般的には、古代世界の七不思議として伝承されてきた、

ビザンチウムのフィロンの書にいう「θαύματα」(Theamata) とは、ギリシア語で「眺めるべきもの」といった意味である[1]

これが、ラテン語の「Septem Miracula」(驚異、奇跡[2])を経て、

英語の「Seven Wonders of the World」となった[1]。英訳の「wonder(s)」は、「驚かせるもの」「賞賛すべきもの」(something that fills with surprise and admiration)という意味であると説明される[3]

ビザンチウムのフィロン紀元前260年 - 紀元前180年)は、古代ギリシア数学者にして旅行家である。紀元前5世紀、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスが、7つの驚異的な建造物を「世界の七不思議」と名付けたのが七不思議の最初といわれているが、紀元前225年ごろにそれを提案した[1]。一般的に言われている世界の七不思議の一つであるアレクサンドリアの大灯台の代わりにバビロンの城壁を入れていた[2]


さらに追っかけるとギリシャ語で「みもの」にいきつく。
不思議でもなんでもない。
紀元前5世紀には現存していたのだから。

第一の不思議 ギザのピラミッド 現存

たまーに綺麗な四角すいなので、

宇宙人が作った!とか言われるが手前のものを見て欲しい。

雑な階段式。

つまり、有名なクフ王のピラミッドだけ異常なのだ

だいたいこういう風にスフィンクスとセットにするからわからなくなる。

ちなみになんとなく一万年くらいずっとこうだったと思いがちだがそれは違う

ナポレオンがエジプト遠征した時はこうだった!



頭しかないでやんの!

でもこれ絵だからさ。
ナポレオンくんって自分の肖像画すら美形に描かせるくらいの自意識高いくんなので、
↓アルプス超えのこんなの見て描くの無理

もしかしたらこの絵の方が盛ってるんじゃないかって人いるよね?

そこで日本人の登場ですよ(この唐突感

パシャ

スフィンクス像前での池田使節団、1864年。image by:Antonio Beato, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で
こらこら記念撮影してんじゃないよ!
でも1864年までは埋まってたのがわかる。
ちなみに日記もある。

ピラミッドに到着するなり、侍たちはエジプト人の助けを得ながら、頂上に向かって上り始めました。その時、一行の中で最年少の一人である三宅復一という男が、次のような感想を抱いたと記録が残っています。

<日本にも、もっと高く、見晴らしのいい山は沢山ある。しかし、これは山ではない。人間が−どのような人間であったかわからないにせよ−とにかく同じ人類が作りあげた途方もない構築物なのである。それはまるで「人間は、こんなことまで出来るのだ」と、他の人間をあざ笑っているほど、想像を絶する巨大なものなのであった>(鈴木明『維新前夜』(小学館)より引用)


と、「何がしたいんだよ笑バカか笑
無駄にデカすぎwww」とでもいいたげ。
実際、学説的にも「ここまででかい墓作る意味ある?」と言われる。
でも日本人は笑えない。
これ


面積では世界最大の巨大なを作ってしまっているのだ。

我らが祖先も。

ちなみにこれを仁徳天皇陵と呼んでしまう方。

今のお子さんたちの学校・塾の教科書には

 だい  せん  こ  ふん

大山古墳

と書いてあるので注意。
調査の結果、どうも仁徳天皇の墓ではないらしいというのが現在の学会の定説。
ま、宮内庁が発掘許可出さないから謎は謎のまま
一部の好事家からはふざけんな宮内庁という人もいるが、
そもそも天皇の墓じゃない可能性があるし、
墓暴きされたら気分よくないじゃん?
ってことで「触らぬ神に祟りなし」となっている。
ピラミッドの中身は調査中なのであまり語らないでおくが、
本当は真っ白だったらしく、頂上は金の板が貼ってあったらしい。

ところが他のピラミッドを作るときにエジプトの国力は落ちつつあったので、

どうも剥がして他に使ったんじゃないか、って説がある。

当時の想像図はこちら。

※画像はイメージです←画像は画像です、みたいで不満

当時はこんなんだったらしいよ。

エジプトって当時は砂漠化してなかったしね。

ちなみに極めて危険なゲームである、

CIVことCivilizationというゲームがある。

通称、時間泥棒。

一回やりだすと気がついたら朝になること多数。

よいこはてをだしてはいけない(いましめ

旧石器時代からロボット兵器まで文明を発展させて

みんなといろんな一位を競うゲームなんだけど、

がんばると作れてしまう。

このゲームでは世界遺産を作るといろんなお得なことが起こるので、

世界で初めて完成させた人だけお得になる。

しかしこのブログの都合上、リンクは貼らない。

ましてや「やると面白いよ」などと言えない。

世界一危険なゲームといっていい。

いい大人がマジにならないとクリアできないだけでなく、

世界の人類と対戦できてしまうからだ。

欲しい子は18過ぎてから自分で買おう。

本当は1記事で全部終わらせるつもりがピラミッドだけでも語れることが多過ぎて困る。


さてわかってることをお話ししよう。
まずこれ。

中身はこうらしい

しかもまだわからない部屋がある。



ちなみにこんなのも出土した。
クフ王の船(復元

ちなみにこれはアメリカ探検隊が発見した第一の船

勘違いしてはいけないが

あくまでもピラミッドの近くに

分解して埋めてあったもの。

中じゃないよ

発見者で名付け親のエジプト人技師、

カマール・マラーハさんは当時から船がもうひとつ埋まっていると考えていた

だが、目にすることなく87年に世を去った。その後、調査されずに人々の記憶から忘れ去られた。

こうして一度は終わった話だが、

早稲田大学吉村作治氏はこう考えた。

「古代エジプトの審美観は、二つのものが対称になっています。

それを考えると、西側にもうひとつの船が埋まっているに違いないと考えました」

そしてついに早稲田大学吉村調査団が二隻目を発見



この復元を日本の匠が見事にしあげました。

なんということでしょう。

ちなみにこれはその模型。

ハウステンボスのエジプト展で展示したらしい


砂というか土の中に埋まっていたのでほぼ完全体で残っていたという驚異の品。

その熱い考古学の話はこちら

この船のすごいことはエジプト文明ってなんとなーく
ピラミッドが石だから石の文化だと思われてて、
これがまた建築家の先生が
「西洋は石の文化、日本は木の文化」なんて評論書いてて入試問題にもなってたりしたんだね
ところが現実にはエジプト人も木の文化だった。
森は生きているー 人に暖かーい

当時のエジプトに豊かな森林があったことがうなづけるだろう。

ついでに言うとエジプトはその支配地域から大きな木を切り出していた。

その場所の現在の名前はレバノン。

国旗に杉を書くほどレバノン杉は有名だった

しかし今ではそれもほとんどない。

人間が切りすぎてしまったからだ。

すごいね、人間。悲しいね、人間


だんだん何の話かわかんなくなってきたけど、
とりあえず社会の動画教材のテスト記事だよ
こんな感じなの作れたらいいかなって。
歴史や考古学、森林保護に興味を持ってくれる人が多くなるといいな。

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