後編です。
お母様に申し上げたのは実はとてもとても細かいことでした。
私の当時の担当科目は理科なので、
その時の彼が笑った授業がなんだったのか、
問題を解く時にどうしていたのか、
普段どういう会話をしていたのか。
おとなしいお子さんで、
質問教室でも見かけたことはありません。
しかし私は毎回ノートを読み、
彼が笑顔になったのは何の話か覚えています。
可能な限り全員の生徒さんの。
この細かさが私の合格の秘訣です。
そして最後に言いました。
「お母様、誰でも初めては緊張します。
失敗もします。
だから埼玉入試を受けてもらったのです。
不合格になる子もいます。
そうして早めに苦しいことを乗り越えたら、
次は高い山に登れるものです。」
それから毎日のように一言お電話差し上げました。
そして1月後半、
これもまた不合格になりました。
「もう辛くて。
受験やめようかと思ってしまいます」
旦那さんにも言えない悩みを
我々塾屋は受けることがあります。
だからこう言いました。
「面談のあの日、旦那様から名刺をもらい、頼みますと握手されました。
私は約束を守る男です。
必ず最後に笑顔で終わるようにします」
そして生徒さんに授業後に会いに行きました
「世界で誰もがきみの合格に不安を覚えても、
私は必ず信じてる」と。
ここからは私の特製メニューです。
他科目と連携してバランス整えました。
2/1K中学の付属校受験。
ここも不合格でした。
やはり最後のど本命にかけるしかない。
後から聞いたことですが、
私のGUCCIのメガネがK大学のカラーなので、
「先生って卒業生なのかな?
先生みたいになりたい」と
言ってくれてたそうです。
いや。ちがうから。国立だから。
すべての理論を固めた上で
私自身、過去問を全科目を解き、
私はお母様にK中学の問題傾向と
彼の性格にあった対策をお伝えしました。
そしてK中学の入試、2/7。
1日からほとんど寝てない私は
受験日の夜に様子を電話しました。
「やったところがでた」と。
そしてもう新学年のはじまった2/9、
ついに電話が鳴りました。
K大附属中等部、堂々の合格です。
Bコース50前半からの逆転劇です。
お母様は電話口で泣いておられました。
私の受験指導上、もっとも遅い合格報告でした。
1月から1ヶ月以上。
ご家庭のご苦労はあまりあります。
しかし
やり遂げたその子に再会した時、
自信に満ち溢れていました。
おめでとう!お父さん、約束守りましたよ。
だからこれを読む皆さんに一言。
諦めないでください。
最後まで常に私は
STAND BY YOUです!
きみは今頃、ゴールに向かって走ってるはずだ。

