
私の小学生時代
それは正にプロ野球が国民の娯楽No.1だった時代、
地元にプロ球団があることに対する憧れが強く、
隣の川崎球場をフランチャイズにしていた大洋ホエールズが、同じ神奈川県ってだけで地元だ~!と言ってはいましたが、やはりプロ野球を地元で観たいと言う憧れはありつつも、夢のまた夢だった時代。
隣の川崎に大洋ホエールズがいても、見に行くには当時の小学生には距離があり、地元と言う意識を持つには遠い存在でした。
そんな時期、小学生のお小遣いでプロに近い野球の試合、大学野球や高校野球が観られる場所、それが現横浜スタジアム、当時の名証横浜平和球場です。
別名ルー・ゲーリック球場。
日本初の日米野球で使われた球場です。
当時の大学野球では、試合開始前にスタンドに向かってトスバッティングを行っていて、入り込んで来た打球を、率先してキャッチしてグラウンドに投げ返し「お前上手いな」って言って欲しくて、必死に打球を追い続けていた記憶があります。
試合が始まれば、外野席も内野席も無いスタンドの好きな場所で眺めていました。
そんな中、ハマスタが作られて弱小大洋とは言え、プロ野球チームがフランチャイズされると知った時の喜びはひとしおでしたね。
地元で巨人戦が観られる~!って。