安倍政権の新閣僚が決まってから、いろんな大臣の問題発言や資質について疑問が出てきてるのは、「お友達内閣」のセイであり、身辺調査が行われていないからではないのか、つまり新陳代謝が血液の流れのようになってないからではないでしょうか。
一度ならずとも、新しい大臣の在庫整理とも揶揄された今回も前途多難であることには間違いない。
前回に失敗していても、再度登板させる人事はどう見ても、まともではありませんね。
特に安倍首相の盟友と言われる麻生財務大臣は、どう転んでもまっとうな人事だとは思われないでしょう。
多分、この人が財務大臣をやってること自体が、ふさわしいのかがあり、この人が常に首相のお傍付きのように居られるから、
安部さんも心強く頑張ってられるのであろう。
同じ考えに同調してくれる人間がいることの心強さが、安倍さんを忖度することで、
自己保身に専念し、あわよくば前回のように首相の地位が転がり込んでくる可能性もあるからではないのかね。
今朝の東京新聞の発言欄に掲載された大学名誉教授である東京にお住いの工藤 進氏(77)の意見に同調できるからである。
それは、麻生財務大臣と同年で、宗教も同じカトリックだという共通点があり、生まれ育ちの決定的違いから、考え方に半世紀以上の大きな隔たりを感じるという。
「不摂生をして病気になった人の医療費を公金で支払うのは、
『阿保らしい』とかつての知人が発言したことを引用し、『良いことを言うと思った』と同調してることに驚いた」と述べている。
貧しい境遇の人こそ誠実な人が多い、と言うのが大臣と同じ年齢まで生きてきた私の実感だそうで、しかしながら様々なめぐりあわせで、経済的にも健康的にも不如意な状況にいる方も少なくありません。
政治家として宗教家は違うが、まつりごとの「政」は言葉の力による事業であり、政治家の言葉は、さまざまな人間からなる社会において、敬愛されるものでなくてはなりません。
こういう考えの財務大臣と言う閣僚を国民は尊敬できるものではありません。はなはだ疑問に感じる政治家ではなく、政治屋がいかに多いのかが解ろうというものでしょう。
私も思うに、皆さん知ってると思いますが、
こういう人を選ばざるを得ない現在の選挙制度が如何にダメなものかが解ろうというものです。
もう少し益しな人間が政治家になれる人材がいなくなってる現状の教育の欠陥にはただただ残念でなりません。
ただただお友達だから、政治の勉強もせず、知名度があるからとかで国会議員になられては困るのは選挙民、国民ではありませんか。