ママの腕の中では
ぐっすりなのに
ベッドにおろしたとたん
うぎゃあ
まるで
睡魔に抗うかのように
泣き声をあげる。
悩ましき
赤ちゃんの背中スイッチ

(もしくは、お尻スイッチ)
そうして
小さな体を抱っこしたまま
授乳間隔の3時間は
すぐに過ぎて
ママは布団に入る間もなく
仄かに明るくなってきた
カーテン越しの朝陽を
重い瞼で感じるのだ。
そんな
新生児育児の頃
なぜに泣くんだろと、
心地よい
眠りの世界に
そのまま身をまかせればいいのに
なんて
疑問に思って
育児書を読みあさったことがある。
その中の
印象的だった、ひとつの説。
生まれてすぐに
立ち上がり
自らおっぱいを探し求める
仔馬や子鹿と違って
人間の赤ちゃんは
何にもできない。
動くことはもちろん、
乳首を口元にあてがってあげないと
ミルクを飲むこともできない。
できることは唯一
泣いてSOSの信号を発すること。
そんな赤ちゃんにとって
睡眠は危険に満ちている。
もしかしたら
猛獣に襲われるかもしれない
寒さに凍えてしまうかもしれない
寝ていたら
泣くことさえもできないのだから。
眠ること=死の危機
生まれたばかりの赤ちゃんには
そんな動物的本能が
備わっているのだそう。
ほお、と私は思って。
私なんか
寝るのが大好きで
最近なんか
のび太くん状態で
布団に入ったらものの数秒で
夢の世界。
だけれども、赤ちゃんは違う。
眠りに就く瞬間
ちっちゃな体で
死の恐怖と闘っているのだ。
だから
しっかり守られている
ママの腕の中では
安心して眠りに就けるのだけれど
ママの手を離れた瞬間
本能的に目覚め
泣き出すのだという。
そんな一説を読んで
ツライ気持ちが少し
楽になったような覚えがある。
「おやすみなさい」
ママが赤ちゃんにかける
言葉には
安心して眠っていいんだよ
ママがそばにいるから
そんな意味が込められている。
早く寝てくれないだろかと
念じていた、あの頃。
ママにとっては
しんどい日々なのだけれど
それはいっときで
すぐに
次のフェイズに移行する。
2歳の娘ちゃんは
もはや
寝たらライオンに食べられるとは
思っていないだろう。
そのうちに
ひとりで寝るようになり
起こしても起きなくなり
そうしていつかは
私の知らないところで
眠るようになる。
想像すると
ちょっぴり寂しいのだけれど
でもきっと
赤ちゃんの頃の
「おやすみなさい」のママの言葉は
ココロの底のほうで
安心感の土台
みたいなものに
なるんじゃないかなあと思うのだ。
その先の人生でも
ママが隣にいなくたって
ちゃんと、
ぐっすり眠れるように。
だから、
「おやすみなさい」
いい夢を見ていますように

さて、
一方でママは…
いい加減に
休みボケから目覚め
本格始動しなくちゃいけないな







