こんばんは〜!
6月、いまのところいい感じにゆるやかに過ごせています^ ^
わたし、けっこう占いを信じる方なんですが
(いきなりどうした笑)
どの占いをみても
今年の6月から年末にかけて「体調に気をつけて」
と言われていて・・
いままでそんな大病をしたことがなく、
なんならここ2年ぐらい寝込んだことがないくらい丈夫なたちで、
「これから一体なにが起こるんだ!?」と
ちょっとドキドキしています。。笑
がんばりたいこともたくさんあるし、
引き続き「疲れない」生活をするのが大事ですよね。
心に刻んで過ごしていきたいと思います。
そんな最近読み終わったのは
幸田文『台所のおと』(講談社文庫)。
幸田文は昭和後期に活躍した作家で、
明治の文豪・幸田露伴を父に持ち、
父の死後に小説家・随筆家として数々の作品を出しています。
わたしは本書を読んで、
普通の生活も「文学」に成り得るのだよな・・と改めて納得しました。
いままで読み継がれる「日本文学の名作」って
いわゆる「普通の生活」からはみ出たものが多い気がするんですよね。
森鴎外「舞姫」は医者の主人公がドイツで経験した恋物語だし、
(医者でもないしドイツにもいけない人がどれほどいるか)
太宰は生き方が破天荒(?)だし、
谷崎潤一郎はなんかもうはちゃめちゃだし・・
一般ピーポーが共感する物語というよりは
「日本に新たな文化をつくるための作品」とでも言うべき
強烈な物語が多いような気がするのです。
当時、作家を生業にできる人は
裕福な家庭の人たちばかりだったから
というのもあるのでしょうけれど・・
幸田文『台所のおと』にはそうした強烈さはなく、
庶民的な暮らしのなかにある「文学」をあぶり出しています。
『台所のおと』は表題作ほか9編の短編集です。
以下、簡単にあらすじをまとめます。
「台所のおと」
料理人の夫・佐吉が病で台所に立てなくなった。妻のあきは精一杯佐吉の代わりをつとめようとするけれど、佐吉の病状の深刻さを悟られまいとするあまり、手元が緊張してしまう・・。
佐吉はそんなあきの異変を「台所のおと」で敏感に察知するのだけど・・。
「濃紺」
6年前に夫を見送ったのちも、変わらず働きもののきよ。
たまに世話になる息子の家で、孫たちが下駄をめぐって口論になっていたのを微笑ましく見守っていると、
ふときよの脳裏に30年以上前の思い出がよみがえってきて・・。
「草履」
「私」が親しくしているご近所の野内さんは、心の清い人だけれど病に冒された息子の看病で疲れ果てているようだ。
そんな野内さんはある夜、金策のお願いで「私」のうちへきて、とある巡り合わせでもらった草履にまつわる苦々しい話を聞かせるのだが・・。
「雪もち」
東京にはめずらしく粉雪の降ったある日、酒屋に嫁いだばかりの埴子がおすそわけをしに友人夫婦のところへ行くと、雪道に女客らしき下駄のあしあとがついていて・・。
「食欲」
離婚寸前まで冷めきっていた夫が結核で入院することになり、金策と身の回りの看病をせざるを得なくなった妻の沙生。
夫の甲斐性のなさに沙生はやり切れない思いがつのるが、夫は自分のことにかかりきりでまるで気づかず、沙生に食べものをねだり続け・・。
「祝辞」
人生の一大事である結婚式の場で、どこか不穏な祝辞をもらい、困惑する甲斐子。
新婚生活や子どもの誕生でしばらく忘れかけていたものの、夫の久生の事業が傾きはじめ、家庭生活の雲行きがどんどん怪しくなっていき・・。
「呼ばれる」
30を過ぎても結婚のきざしのない息子・哲夫がある日病に倒れ、一緒に暮らす老夫婦はあわてふためいてしまう。
どうやら脳によくない腫瘍があるらしく、手術をするも哲夫の目は完全に見えなくなってしまう。
心身ともに苦しみを負うことになった家族だが、ひとすじの光が差すときもあり・・。
「おきみやげ」
病に伏した先生へのせめてものお見舞いにと、おでんを持って行ったいよ子。
同居人の克江にそのことを揶揄され、いよ子は浅はかなことをしてしまったかと気にやむのだけれど・・。
「ひとり暮らし」
老後にはきっとそうなるだろうと思っていたけれど、いざひとり暮らしが始まるとなるといろいろな面倒や気苦労が増えて心が落ち着かない「私」。以前暮らしていた仮住まいの日々を思い出し、さみしくひとり暮らしをしていた人や、気持ちよく暮らしていた人に思いを馳せ・・。
「あとでの話」
きびしい寒さで「天にかえった」人の多かった今年を振り返る「私」。
おばあさんの臨終が近いと大勢の人がせわしく動き回り、うわさ話をしたものの「その時」というのは予想通りにならないもので、そういうときにも「間のわるさ」というのはあるもので・・。
台所の物音、思い出のある下駄、不思議なわらしべ長者、雪の日の思い出、病人の食欲、結婚式の祝辞、不幸の中に差す光、細かな心遣いの要るお見舞い、ひとり暮らしのわびしさ、思い出される「間のわるさ」・・
このように、幸田文『台所のおと』に描かれているものはすべてわたしたちの暮らしに身近なもので、感情の機微に共感しながら読み進めることができます。
文体もひじょうに読みやすく、暮らし系エッセイが好きな方はとても面白く読めると思います。
ふだんの生活にまつわるものが人の思わぬ感情を呼び覚ますことは十分にあり、
そしてそこに文学の余地もあるのだということに改めて思い至ったのでした。
とくに好きなのは「台所のおと」と「祝辞」です。
「台所のおと」は、台所の物音から夫の昔の女の話に展開してゆくのですが・・個人の気性(性格よりももっと本質的なところ)を「音」で巧みにあらわし、「音」から滲み出てくる男女の絶妙な不一致を描き出したところに痺れました。
「祝辞」は、働きものの夫婦がともに苦労してゆく話なのですが、物語の結末が胸をすくものであり、最終部の「祝辞」に拍手喝采を送りたくなるお気に入りの作品です。
「祝辞」で少し触れましたが、この物語には各編それぞれに「働きもの」の人が登場し、苦労している様が描かれているところにも不思議な新鮮さを感じました。
「生活の細かな苦労」が描かれる文学作品をあまり読んでこなかったのですよね。
(これまで精神的、哲学的苦悩・・みたいな題材のものを多く読んでいました)
親近感をもって、とても面白く読み終えられた素敵な作品集でした。
そして自分も「物語のある暮らし」がしたいな・・としみじみ思いました。
「物語のある暮らし」というのはいまつくった造語なんですが、自分のイメージでは
身近にあるモノひとつひとつにちょっとした思い出(物語)があったり、
人とのご縁(その人たちとの物語)を大事にしたり、
苦労があっても「いつか笑って振り返られるだろう」という心づもりで過ごしたり。
という感じで思っています。
そんな感じで日々「物語」を感じながら過ごせたら、自分の心も気持ちよく成熟していくんじゃないかなぁと思ったのです。
そのためには、自分のなかに「物語をためこむ場所」がないといけませんね。
この物語を読んで、さらに暮らしの余裕が欲しくなったゆとり世代なのでした。
(そういえば自分はゆとり世代だった・・と書きながら思い出しました)
それではまた更新します!
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