こいつ、どうしようもないな。

読みながらまずはじめに出た感想が、こんな暴言でした。笑

木村友祐「幼な子の聖戦」は、青森県の小さな村で名ばかりの村議をつとめる男がゆるやかに発狂してゆく様が描かれた物語です。

男はとある政治家にとんでもない弱みを握られ、村長選に出馬した同級生の選挙戦を妨害するように脅されます。

男は村で育ったものの、学生時代はいじめられてばかりいて、上京したけれども振るわず、村に戻れば妹の婿に親の会社の後を継がれていて、親の配慮で村議のポストに運良くついたものの「どうしようもなく冴えない」と言い切れる人生を歩んできていたのでした。

村長選に出馬した同級生は、村おこしの歌を作って動画を配信したり、村の名物料理をいくつか開発したりと個人で様々な活動をしていて、村の若者たちにも人望のある男で、名ばかり村議の男のみじめさを際立たせる活躍ぶりを発揮していました。

男はそんな同級生を妬みつつも素直に応援したい、と思うようになり、しかしその矢先に政治家があらわれ、男は自分のどうしようもなさに悶絶しながら選挙戦の日々を過ごします…。

男は自分のどうしようもなさに耐えきれないあまり、「信仰」に助けを求めます。

東京にいた頃に勧誘されたとある宗教団体との出会いを思い出しながら、男は選挙を妨害する「大義」を見いだそうとします。

男は「大義」をひねり出して同級生への妨害をはかるのですが、ここで自分の「冴えなさ」が足を引っ張り、男の計画は失敗に終わるのです…。

クライマックスと思しき場面で男の「冴えなさ」は最高潮に達し、男の行動は思いっきり空回ります。

男の「大義」は空回り、冴えなさ、どうしようもなさはくすぶり続けます。
そして最終部でついに男は発狂するのです。

クライマックスの「大義」を性欲とつなげてあらわす場面が印象に残りました。

ほとんど逆上するように、何か猛々しいものが底のほうからたぎってきた。(中略)
いががへる(言う)希望なんてのは、おらのこのグズグズの、ドロドロの、ぐぢゃぐぢゃの、ねちゃねちゃの、陰毛みてぇにみっともねぇ現実ば、なぁんも救わねんだよ。(中略)
せばハァ、それ以上、喋んねぇほうがいい。そごでやめどげ。そんで、そのまま伝説さなれ。おらが、いがば伝説にしてやる。
かすかな発火を最大限に燃焼させるべく、言葉という手で自分を激しく高速でしごくようにそう思った。
(67頁)

この物語は男の性欲と「冴えなさ」を「聖なるもの」に昇華しようとした意欲作なのかもしれません。

「幼な子」なのは、男の冴えなさ、視野の狭さや自意識過剰さを表しているのか、「幼な子」のように無垢な心を大事にしたいという「大義」を表しているのか、はたまたどっちでもないのか…。

この物語で感じたのは、男が「美しい」もの、「正しくてきれいなもの」に強く惹かれ、焦がれているということでした。


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