突然ですが、わたしは宮沢賢治という名前を聞くと、「甘えまくり、現実から逃げまくりの坊ちゃん」というイメージがあります。

なぜかと言うと、今年のはじめに直木賞になった門井慶喜『銀河鉄道の父』を読んだからです。
 
この感想文のわたしの宮沢賢治評がけっこうひどくて。笑
これは「裕福な家庭に育って、な〜んてうらやましいのかしら!!」というわたしのひがみに他ならないのですが笑、このたびやっと本家(?)の『銀河鉄道の夜』を読みました。
 
『銀河鉄道の夜』を読んで、わたしの宮沢賢治に対する「現実から逃げまくりの坊ちゃん(ひどい)」というイメージが、わりとけっこう変わりました。
 
この物語集からは“裕福な感じ”がまったくせず、むしろ貧しい人の側に立っているように感じました。
生活はすごく貧しいけれど、想像力に富んだ「豊かな心」を持っていて、切ないながらも心温まる物語、というようなものが多いように感じました。
 
読んだのは、角川文庫の特装版。
恥ずかしながらすべて未読で、未読だからこそ新鮮な気持ちで読むことができました……。
 
角川文庫版は表題作「銀河鉄道の夜」はもちろんのこと、「双子の星」「よだかの星」など星や空の物語が多く収録されていました。
 
擬人化された動物や星がたくさん登場するので、これって寓話集なの? と思いつつ読み進めましたが、読み取れるのは教訓めいたものよりも「この世の無常」「苦しさの中にあるかすかな光」みたいな暗~いものばかり。

物語展開はどれも暗〜い感じになっていくのですが、だからこそ「かすかな光」がきらめいていて、儚げな美しさが際立っている物語集でした。
 
表題作「銀河鉄道の夜」は、行方不明の父と病身の母を持つ苦労人の少年・ジョバンニが、ある日友人のカムパネルラとともに「銀河鉄道」に乗り、銀河系のような不思議空間を旅するという物語。

銀河鉄道はどうやら「死にゆくもの」とか「死に近いもの」だけが乗れる鉄道らしく、乗客はみんなどこかの目的地へ行ける切符を持っています。なぜかジョバンニはどこでも行ける通行証を持っています。

かと言って降りたら「死」が待っている、と明言されているわけではなく、会話から推測されるばかりですが、銀河鉄道から見える景色はとても美しく、ジョバンニは夢うつつの状態で銀河鉄道の旅を楽しみます。

この鉄道の乗客たちは、車内でりんごをくれるような人や、順番を譲り合うような優しく思いやりのある人たちばかり。

ジョバンニも苦労人ですし、カムパネルラも優しい少年なので乗車する資格はじゅうぶんにありそうですが、ジョバンニは彼らの話を聞いて、思いやりにあふれた立派な人たちのもとに襲う容赦ない現実に気の毒な思いがし、ふさぎこんでしまいます。

ほかの乗客がジョバンニを慰める場面で「本当の幸せってなんなんだろうねぇ」というような会話があり、この箇所はう〜んと考えさせられます。

「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとならとうげの上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」
 燈台守がなぐさめていました。
「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」
 青年が祈るようにそう答えました。

(青空文庫より引用)

この物語もなんとも悲しい結末で終わるのですが、ウィキペディアを調べると未定稿の作品らしく、解釈をめぐって数々の研究がなされているそうです(文学部のくせに知らなかった~汗)。
 
語り口がやさしい(ひらがなが多く、読みやすい)ぶん、儚げな美しさや悲しみが余計に伝わるような物語が多く、童話作家ならもっと明るい話を書けばいいのになんでこんなに暗くて悲しい話ばっかりなんだ??? とふと思ってしまいました。
 
これは『銀河鉄道の父』を読んだからこその感想ですが、宮沢賢治は「そういう生き方しかできない人」の苦悩を抱えていたからこんな悲しい物語ができあがったのかなぁ、と思いました。
 
宮沢賢治は岩手の大きな商家の出身で、家業を継げと父に言われ続けていました。しかし接客が苦手で、病弱で学問が好きな賢治はかたくなにそれを拒み、拒みぬいた末に作家の道へ進みます。

賢治は恵まれた環境に育ち、親のスネをかじりまくりますが、親から与えられた使命をまっとうできない後ろめたさや「自分のやりたいことと求められていることの違い」に苦悩を抱えていたのかなぁと想像させられました。

親のスネをかじりまくった後、妹の病死などの不幸もあり、親の使命はまっとうできないけれどせめて自分の適性に沿ったつとめは果たそうと、賢治は子どもたちが喜びそうな童話を中心に書くようになります。

苦悩の末に賢治は国語の教科書に載るような超有名作家になりますが、作品を認められたのは賢治の死後。
宮沢賢治の人生までも物語世界のような悲しさが滲んでいるよなぁ……と思い、なんとも切ない気持ちにさせられます。
 
宮沢賢治の物語は登場人物が都合よく救われるということのほとんどない悲しい物語ばかりですが、だからこそ「いま苦しい人が少しでも幸せなひとときを感じられますように」という祈りを強く感じます。

そうした祈りのもとに描かれる想像の世界はとても美しく、今でこそ星空の物語という設定は頭の中に刷り込まれた感じがしますが、そういうものがなかった当時は病気などに苦しむ人の気持ちをちょっとでも晴らすような「救いのアイデア」だったんだろうなぁと思いました。


 作品についての解釈は、11月中旬の「コンプレックス読書会」までにもう少し考えたいと思います(読書会の課題図書でした)。

読み終わって無性にきれいな星空が見たくなりました。