わたしがいま一番行きたいところは、北海道でも沖縄でもなく「右脳世界」だ。
最近、仕事に追われて疲れ気味である。
仕事に追われるとすぐに余裕をなくし、余裕のなさから言動がきつくなり、イライラした態度を取ってしまう。
家に帰ると気性の荒さがさらに増す。
人間はほとんど左脳を使って日常生活を送っているらしい。
いまこうして言葉を書きだしているときも、左脳が働いている。左脳は脳内にあふれかえった言葉を選び、かたちにする、人間生活においてとても重要な役目を担う。
一方の右脳は、「よろこび」とか「幸せ」とか感覚的なものをつかさどる。音楽にノッたり、彼氏といちゃいちゃして幸せな気分になっているときは右脳で認識しているらしい。
いまのわたしの生活は、左脳の割合が98%くらいだな~、とぼんやり思う。
仕事をしていると、「理性」「時は金なり」「相手にわかりやすく説明するには」「効率化重視」
みたいな言葉で頭の中が埋め尽くされて、それを処理するのに精一杯になる。
しかしそれだけだと疲れてしまい、ところどころで「お腹すいた」「ビール飲みたい」みたいな邪念が浮かぶ。
その邪念はきっと右脳で認知するもので、そればかり考えると仕事が進まなくなってしまうから、左脳の「理性」が一生懸命働いて、わたしを仕事に戻そうとする。
右脳がフルに働くのは、ごはんを食べているときくらいだろう。
わたしの頭の中は「右」と「左」に分かれているなんて、すごく面白い!
いまこうして「分類」するのは左脳の仕事で、外で風が吹いて気持ちいいな〜と思うのは右脳の仕事かな…と考えるのはすごく楽しい。わたしは本書を読んですっかり右脳と左脳の分類にハマってしまった。
本書は脳卒中になった脳化学者の著者の奇跡的な復活劇と、いままでの日常とはかけ離れた「右脳の世界」という未知の領域に言及した一冊だ。
冒頭は脳卒中(どういうものかは検索してください)が起きた瞬間の身体の変化がことこまかに描かれている。
突如あらわれる突き刺さるような頭の痛み、徐々に進行する言語障害などの症状を通して、著者は自分が脳卒中になったことを自覚する。
脳卒中になったことはわかったが、それを伝えるための言語機能がやられている!
さて、どうしたらいい!? と、冒頭から切迫した状況が描かれ、読んでいるこちらもヒヤヒヤする。
助けを呼ぶために必死になる一方で、脳卒中になると脳内はこんな感じになるのね……! と好奇心満々になっているのが脳科学者の著者らしい。
著者はなんとか助けを呼び、そこで左脳の機能は一度「力尽きる」。手術と長年のリハビリを経て著者は復活するのだが、それまでのとてつもなく長い道のりで著者は「右脳世界」に入り込んだのだ。
「「自分であること」は変化しました。周囲を自分を隔てる境界を持つ固体のような存在としては、自己を認識できません。ようするに、もっとも基本的なレベルで、自分が流体のように感じるのです。(中略)
左脳は自分自身を、他から分離された固体として認知するように訓練されています。今ではその堅苦しい回路から解放され、わたしの右脳は永遠の流れへの結びつきを楽しんでいました。もう孤独ではなく、淋しくもない。魂は宇宙と同じように大きく、そして無限の海のなかで歓喜に心を躍らせていました。」(96頁)
この引用部分を読んだとき、わたしは「エヴァだ!」と思った。
「新世紀ヱヴァンゲリヲン」。90年代にテレビアニメが放送されてから、未だに完結していない不朽の“迷”作。テレビアニメ版の最終回で「人類補完計画」が完了し人々が液体になるシーンがあるのだが、この引用はまさにそれだった。
自意識に振り回されてきた人生を送ってきたわたしにとっては、「自我の世界」から解放されたエヴァみたいな「右脳世界」に憧れる。しかも本書によると、「右脳世界」はよろこびに満ちた安らぎの空間らしい。
ぜひ行ってみたいが、そのために脳卒中になるのはリスクが高すぎる。安全な方法が開発されるのを楽しみに待ちたい。
著者は「右脳世界」に入りながらも懸命にリハビリを続け、これらの世界を言語化する能力を手に入れる。
どうやら、ひとたび「右脳世界」に入れば、左脳の働きを取り戻しても何度でも行ったり来たりすることができるらしい!
著者は回復してから徐々に仕事をはじめるが、左脳だけに偏るような世界からは距離を置き、右脳世界と積極的につながるようにしているらしい。
そう語る著者の言葉は穏やかで、優しくて、読みながらこちらの気分も心なしか楽になる。
それが本当にうらやましい。
と思っていると、最後の方に「右脳世界」へのアクセス方法が書かれている。
詳しくはぜひ本書を読んで欲しいのだが、次の引用にハッとした。
「あなたは、正しくありたいですか、それとも、幸せになりたいですか?」(282頁)
どういう生き方でいるかは自分で選べるはずなのに、わたしはつい目先の忙しさや自意識にとらわれてしまう。
でも、わたしは本書を読んだことで「あ、今すごい左脳使ってる」とか「右脳で認知できそう」とかがわかるようになっている。
「右脳世界」に浸るのはなかなか時間がかかりそうだが、頭で「右」「左」と分析することができれば、カッとなったときにも落ち着いて対処ができそうだ。
それは怪我をしたときのばんそうこうよりも、頭が痛いときのバファリンよりも、ときには効き目がありそう。
なんだかすごい特効薬を手に入れた気分になった一冊だった。
