火定 火定
 
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読みながら「不条理」という言葉が思い浮かび、20代前半の暗黒時代を思い出した。

20歳、まず体重が増えた。ぬるい大学生活に浸り、研究と就活が上手くいかないストレスでさらに太り、今より10kg太っていた。
21歳、だらけ切ったわたしが超氷河期の就活戦線に耐えられるはずもなく、内定一社目で入社を決断。
22歳、入社後縁もゆかりもない関西に転勤になり、社会の荒波に、会社組織に、取引先に、とことんしごかれる。
23歳、24歳、意地と根性だけで乗り切った。
25歳、東京転勤と転職を決意するがどちらも上手くいかなかった。
 
なんでわたしばかりがこんな目に、とずっと思っていた。世の不条理を嘆き続けた。
一昨年東京へ転勤になり、職場環境も変わったことでずいぶん心は落ち着いたが、貴重な20代前半を台無しにした、と呪詛がたまに出そうになる。
 
この物語の登場人物・蜂田名代(はちだのなしろ)も世の不条理を嘆いている。
時代は奈良時代。なんと(710)見事な平城京から、泣くよ(794)ウグイス平安京までの時代。
730年に京内の病人の収容・治療を行う施薬院(せやくいん)がつくられ、名代は意に沿わない人事によりしぶしぶ施薬院に勤めていた。出世が到底見込めない施薬院で、唯一の里中医・綱手と同輩の広道にこき使われる生活にほとほと嫌気がさし、逃げ出す機会を見計らっていた。
 
しかしそんな名代にさらなる災厄がおとずれる。新羅の国へ赴いた使節団が高熱に倒れる事態が相次ぎ、はじめは旅の疲れとみられていたが、それは後に京内を絶望の淵に陥れる伝染病・天然痘の流行の発端だった。
天然痘は京内で瞬く間に流行した。身分の貴賤にかかわらず流行し、政権にも影響を与えた。民間で売られる薬代は跳ね上がり、怪しげな神にすがりつく者もあった。一部ではこれを好機に胡散臭い商売を始める者もいた。町の人々はなすすべもなく絶望に狂乱し、川は死屍累々が溢れた。
 
施薬院は総出で看病を行うが有効な治療法がなく、罹った人々は高熱を経て皮膚に痘瘡が出て、苦しんだのちに息絶えてしまう。綱手や広道、名代は奇跡的に病にかからず、つきっきりの看病に疲弊しきっていた。
前代未聞の混迷のさなか、懸命に治療を施す綱手や施薬院の人々を見ながら、名代は人間の生死について思い巡らすのだった…。
 
この物語には名代のほかに主要な登場人物がもうひとりいる。猪名部諸男(いなべのもろお)は宮城内の侍医だったが何者かの謀略にかかり、冤罪で獄舎に入れられ、数年前に赦免された。それまで医術に献身してきた諸男は世を恨み、医術を恨んで生きていた。
天然痘の流行で人々の狂乱と絶望を目の当たりにした諸男は、なすすべない現状に苛立ちながら、全て狂ってしまえばいいと黒い思いに浸るのだった…。
 
耐えがたい絶望と凄惨な描写に、わたしの不条理さなど鼻で笑えてしまう。ぬるすぎるわたしには到底耐えられない。追い詰められた人間の愚かさ、汚さを目の当たりにし、自分の中の黒いものがうごめく。
そんななか懸命に治療にあたる綱手が尊く感じる。名代たちと諸男は後半部で邂逅を果たすが、諸男が自分の誤りに気付く場面にハッとする。
 
「人はみな、自らの存在に限りあることを知っている。それゆえに世の者は誰しも己の求めるものを追い、その生を充実させんともがくのだ。(中略)
生と死、正と邪とは紙一重であり、腐りきった世の中にあってこそ、あの施薬院が崇高なものと映るが如く、世にはびこる全ての悪は、ほんの一かけらの善なるものを輝かせるために在るのだ。」(302頁)
 
世の不条理を嘆き、呪詛を吐き続けてもどうにもならないのだ。
阿鼻叫喚のさなかでも施薬院の人々は諦めずに治療法を懸命に探し、一筋の光が見えるところで物語の幕は閉じる。
自分に与えられたわずかな生の時間を尽くした彼らの姿に、わたしもこうありたいと思った。そして諸男の境遇には心から同情し、最終部で救われるきざしが見えて安堵した。
 
暗黒時代の自分が本当に嫌になり、自分を変えたくてやけくそで25歳からランニングを始めた。それが今となってはすっかり習慣になり、ピークから10kg痩せた。
まだまだ悔しく思うことはあり、呪詛を吐きたくなるほどしんどい日もある。けれどいろんな不条理に対する一番の意趣返しは「いまをより充実させること」なのだと改めて感じた。
 
あの時あんな仕打ちをしたやつが、猛烈に羨むような人生を送ろう。
改めてそう決意した一冊だった。
 
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