文章が上手くなりたくて読んだ。
 
本書は『秘事』『後日の話』と続けて読んでいる河野多惠子の創作をめぐる秘密の書。
標題の「小説の秘密」とあるように、きっと創作の裏話や文章力を上げる秘訣や極意がことこまかに語られているのだろう・・!と思いきや、そんなテクニック本のような意図よりも深く、創作をめぐる内的衝動、蠢動などの心の揺れ動きや創作時の精神のあり方について言及した一冊だった。

著者は芥川賞作家であるが、谷崎潤一郎文学の研究者でもある。
何が「巧い文章なのか」の例として著者は谷崎文学を中心に多くの文学作品を引用し、標題や登場人物の名付け方、人称の選択、物語構造、虚構と伏線についてなど表現の巧拙を細かく分析する。

巧い文章の例として挙げられた作品はほとんど未読で、大学4年間何をやっていたんだとうなだれた。
著者の分析や指摘はもちろん的を得たもので深く感心したのだが、特に染み入るのは「小説は人生の指針ではない」という一節だった。

「いかに生きるべきかを人は小説に求める、という見方がある。作者もまた、いかに生きるべきかの追求のために書く、とも考えられているようである。(中略)私はその種のものからは、人生の狭さ、人間というものの矮小さを感じさせられるだけである。
私は文学作品から、人生の指針や教唆を与えられたことは一度もない。(中略)おもしろいからこそ読み、今もそうである。
おもしろい作品は、読んでいる間の歓びに加えて、読み終えた時の醍醐味がまた格別である。(中略)人生に対して〈べき〉などで拘束しない、無言の力強い教唆が感じられる。一言でいえば、私はそのようなものこそ、よい作品であると思っている。」
(70頁 第四章 書きたいことを書く)

わたしが今まで言い表せなかった文学・読書の醍醐味を「無言の力強い教唆」と捉えていて深くうなずいた。本書はこのように深くうなずける文章が各所にあり、著者の語彙知識の幅広さ・深さに触れるだけでもとても勉強になる。

本書は最終部においてようやく「文章力を身につけるには」という題で極意めいたものを語り始めるのだが、巧い文章と拙い文章をたくさん読もう、剽窃の注意、一言で言い表せられる作家になろう、とかなりあっさりしている。

要するにテクニックなどは後から付いてくるもので、まずは自分の創作をめぐる内的衝動を深掘りし、精神世界に合ったモチーフを追究し、読書経験から表現の巧拙を体得して創作にのぞめよ、と言っているのである。

内的衝動に関しては創作に限らないと思う。
創作物(文学)の魅力を「面白い」だけでない言葉で書き表したい・・!という衝動をわたし自身が感じているからだ。
もしかしたらそこから創作の道が拓けるのかもしれない・・?と少しだけ期待しつつ、これからの読書人生に役立てていこうと思った一冊だった。

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 著者は「創作ノート」はほとんど作らないのだそう。