| 伊豆の踊子改版 (新潮文庫) [ 川端康成 ] 388円 楽天 |
想像力とはたいしたものである。
と改めて感じた一冊。
まだまだ続く、誰もが知っている文学作品&物語内容をすっぽり忘れたシリーズ。
本書は表題作「伊豆の踊子」他3編が収録された短編集。
以下、あらすじの覚え書き。
「伊豆の踊子」
伊豆の温泉宿へ一人旅に来ていた「私」は、温泉街を転々とする旅芸人の一座と遭遇する。「私」は一座の踊子を気に入り、しばらく一座と行動を共にする。
17歳くらいに見えた踊子は14歳の少女だった。「私」はいじらしい気持ちとほのかな恋心を同時に抱きつつ、刻々と近づく別れの時を惜しむのだった…。
「温泉宿」
温泉宿で働く七人の女達。気の強いお滝、あどけないお雪、三度の嫁入り経験のあるお芳、百姓娘のお時、身体の弱いお清、根っからの娼婦気質のお咲、髪結の夢を持つお絹。彼女達は貧しい生活のなか給料の少なさを愚痴り、男を取り合い、娼婦を恨み、かすかな希望を抱くが、それぞれが男のために少しずつ身を持ち崩していく…。貧しい女達のさもしい群像劇。
「抒情歌」
「私」が愛したもうこの世にいない「あなた」へ。「あなた」への想いと、霊的世界への関心と、「私」が生まれ持った不思議な力を告白します…。少し先の未来が予知できる神秘的な力を持つ「私」だったのにあなたの死は予知できなかったのです。
悔恨と恋慕と寂しさが積み上がる「私」の嘆きのような抒情歌。
「禽獣」
男に世話をしてもらいたくない、とは言え女は面倒くさい。「私」は子犬や小鳥のつがいを飼うようになる…。鳥を愛でると寂しさが幾分やわらぐ。けれど、小鳥の命が消え入りそうになった時、「私」は自らの薄情さを感じないではいられない…。ただ一人想う「女」の面影とともに語られる「私」と禽獣との日常。
全作品に共通するのが「想いは結ばれない」ということ。実らないまま別れたり、別の人のものになっていたりする恋い慕う相手の様子を想像し、さらに恋心をかきたてられて涙を流したり神秘的な思いを馳せたり代わりに動物を愛でたりするのである。
本書の登場人物たちは結ばれなかった惜別の念を「その後には何も残らないような甘い快さ」(伊豆の踊子)と表したり、別の人のものになった女を死顔に例えたり(禽獣)、良くも悪くも好き勝手な想像をして寂しさを慰めている。
この物語を読んで「想像力が恋慕をかきたてる」ということを改めて感じる。
当たり前のことじゃないの?とも思ったが「温泉宿」だけが抒情的な描写がほとんど無く、生活に追い立てられる女達の様子ばかりが語られていくのを思うと、本書は想像力が裕福な者だけが持ち得る特権のように描かれている・・?と推測してしまう。
温泉いいなぁ、抒情的だねぇ、時代が違うわねぇ、とお気楽に読み進めたいのだが、抒情的な表現のまわりにはっきりと感じる貧しい人間の生活感、さもしさにどうしても目が行ってしまうのだった。
苦しくて切ない物語集だった。
【誰もが知ってる文学作品シリーズ】
