読書感想文ブログを書いているなかで沸々と湧き上がる目下の悩み。

読書量が少な過ぎるということ。
 
文学部に4年も在籍していながら、大学受験程度の文学知識しかなく、専門にしていた明治・昭和の文学作品をほとんど読んでいない。
自分のことながらあんた4年間何してたん?とがっくりする。
社会人になり本格的に生活に追われるようになるとさらに文学の知識・読んだ本の記憶は薄らいでいき、このままではいかん!と思い始めたのがこのブログなのだが、名作を読むたびに自分自身に文学の基礎がごっそり抜け落ちていることに気づかされるのだ。
 
本書は憧れの女性作家ふたりの文学対談なのだが、文脈についていけない自分をはっきり感じ、苦みと焦りが身体の底からせり上がってきた。
 
対談者の河野多恵子さん(2015年逝去)は37歳の時に『蟹』で芥川賞を受賞、山田詠美さんは28歳の時に『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞を受賞し、ふたりとも芥川賞選考委員の経験のあるベテラン作家だ。
この対談は2001年に行われたもので、当時の山田詠美さんの近著『姫君』のアフタートークから始まり、アメリカの同時多発テロ、谷崎潤一郎、文壇、文学賞などについて快活に語り合っている。
 
かねてからブログで発言しているようにわたしは山田詠美さんに心酔していて、河野多恵子さんの山田詠美作品に対する指摘に深くうなずいた。
 
河野 山田さんの小説に女性のファンが多いのは、読んで解放されるからじゃないかしら。それはなぜかと考えると、「姫君」がことにそうだけど、あなたの小説はものの価値を比較しないのね。金銭的なことだけじゃなくて、損得、優劣、軽重、大小、善悪、それから好き嫌いとか、そういったものを比較しないの。今はとにかく価値の比較だらけでしょう。あなたの小説はそういうことから非常に自由なんですね。
山田 そうおっしゃっていただけるとすごくうれしいです。それは必ず念頭に置いて書きますし、まあそれ以前に私自信がそうなんですけれども。
 
何かと比べられがちな世の中において、山田詠美作品の前では自分を解放できる…。確かにその通りだ。対する山田詠美さんは河野多恵子作品のうち「秘事」を賞賛していて、河野作品を一作も知らないわたしはすぐに読まなければ!という焦燥感に駆られた。
 
河野多恵子さんは谷崎潤一郎研究においても名を馳せていることから、対談上で谷崎文学の魅力を滔々と語っている。これまた谷崎作品を「刺青」くらいしか知らない&物語内容をすっかり忘れてしまっているわたしは焦りを通り越してとにかく恥ずかしく、文学部出身という肩書きを返上したくなった。
 
ふたりの文学談義の濃密さはもちろんのこと、巻末の往復書簡がとても良い。
山田詠美さんが手紙の書き方の例文に難癖をつけたり、旅の思い出に河野多恵子さんを無理やり登場させたり、追伸でオチをつけていたりしているのに対し、河野多恵子さんはそれらに優しくうなずき、丁寧な相づち(返信)を打っているのがとても微笑ましく、こういう手紙を書けるようになりたいなぁと、久しく触っていない万年筆を一瞥しながら思った。
 
…なんだか文学女子のこじらせ読書感想文になってしまったが、本書はふたりがお気に入りの文学作品を多々挙げており、まずはこれらの作品から読もう!と道すじを示してくれた。
 
社会人になってしまうと、文学に関わらなくても生活には困らない。
だけど、文学に関わることで、目に見えるものすべてがぐっと色鮮やかになる。言葉遣いが知的で華やかになる。
文学の魅力をもっと多くの人に伝えたい。
文学愛が再燃した一冊でもあった。
 
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 文学を仕事にしたいと志して挫折した会社員たけしまの奮闘記のようなブログを、これからもよろしくお願いします。