良い具合の「冴えない感じ」だった。
 
津村記久子作品は「冴えない日常」の精度がとても高い。一人称と名前が違うだけで、学生時代のイケてない頃のわたしのことを書いてる?と思うぐらいの既視感を覚える。
そのため登場人物たちの冴えない日常に共感しすぎるし、物語内で何かしらの展開を期待する。そして少し応援したくなるのだ。
 
津村記久子『これからお祈りにいきます』は「サイガサマのウィッカーマン」と「バイアブランカの地層と少女 」の二編の物語が収録されている。
 
「サイガサマのウィッカーマン」には顔の吹き出物に悩む冴えない男子高校生・シゲルが登場する。シゲルは公民館でアルバイトをしている関係で地元の不思議な神様・サイガサマを祀る行事の手伝いをすることになった。
サイガサマは願いを叶える代わりに人体のどこかを持っていってしまう交換型の神様だといわれ、町の人々はここだけは持っていかないでくれ、という部位を紙や粘土で形作り冬至の時期に行う祭で「申告」する。シゲルはその「申告物」を作る教室の手伝いをすることになったのだ。
 
改善されない顔の吹き出物、バイト先の公民館職員のイヤミ、家族の不和、ちょっと気になるセキヅカという女子とのメールが続かないなど、シゲルの日常は上手くいかないことだらけだ。
手伝いをするうちに、シゲルは自分の周りのことの他にサイガサマの力について、この町独自のサイガサマ信仰について想いを馳せる。「申告物」とともにシゲルが願ったこととは…。
 
「バイアブランカと地層の少女」には、嵐山で外国人観光客のアマチュアガイドをしている大学生・作朗が登場する。恋人の浮気現場に遭遇しそのままフラれた作朗は 、高校生の頃に気になる女子から自宅の真下に活断層が通っていると指摘され話せなくなったことを思い出す。失恋の傷が癒えず何をするにも腰が重たい日々を過ごすが、友人のエンドーから勧められた京都好きの英語コミュニティサイトでアルゼンチンに住む女性とメールで交流するようになる。つたない英語でのやりとりから、次第に幸せについて語り合うようになり…。
 
どちらも、これといったドラマはない。共通するのは、他の誰かのことを思って祈るシーンがあることだ。
シゲルも作朗も自分に自信がなく言いたいことをはっきり言えないけれど、祈りのシーンには彼らの願いが込められていて、他人を思い遣れる優しい心根にほぐされた。
 
「サイガサマ」ではちょっとした奇跡が起こるが、どちらのラストも冴えない感じで幕を閉じるのが、なんとも彼ららしいと思って笑ってしまった。
キラキラ・ワクワクすることだけが青春じゃない。二つの物語はキラキラよりむしろ傷ついている冴えない男子学生の日常風景が描かれているが、その中に彼らなりの青春を感じ取った。
 
長い人生、毎日が刺激いっぱいだったら寿命が縮む。たぶん人生の8割くらいは淡々とした冴えない日常が占めているだろう。
 
本を閉じて、やっぱドラマなんてそうないよね〜!明日からまた頑張ろう〜とゆる〜く伸びをして冴えない日常を噛み締めさせてくれる。
生きていくにはこういう地に足のついた物語も必要だ。
 
津村記久子作品
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