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気付けばさくら満開の季節になりました。
目黒川の夜桜はとても綺麗でした。

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最近はひたすら村上春樹『騎士団長殺し』(新潮社)を読んでいました。

全2巻・1000頁以上の大作。毎日2時間読書して、2週間で読了しました。

読了してから1週間、読み終えた達成感に浸りながら「読み終えたと思ったけど実は全部夢だったんじゃないか」と思うくらい、感想がまとまらない。

『騎士団長殺し』をきちんとわかろうとするには時間を味方につけないといけない。けれど時間が経つと物語内容を忘れてしまうので(そうやって放置した村上春樹作品がたくさん…)、今のわたしが思ったことを書いてみます。


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壮大な物語のはじまりは、「私」が6年間仲良く暮らしていたと思っていた妻から突然切り出された別れだった。

「私」は肖像画を描く仕事で生計を立てている36歳の男。
「私」は突然のことにどうすることもできず、家を出てしばらく放浪の旅に出る。
放浪の末、友人の祖父が暮らしていた山奥の一軒家で家守として絵を描きながら日々を過ごすことになった。

人の気配が感じられない山奥で、「私」は自分のためだけの絵を描くことに没頭しながら、妻とのことに心を痛め、友人の祖父が残した古書やレコードの音楽に慰められる…そんな静謐な日々を過ごすうち、「私」は屋根裏部屋から不思議な絵を見つける。

不思議な絵を見つけてから、「私」の周りで不思議な出来事が起こるようになる。タイトル「騎士団長殺し」が何なのかは読むとすぐにわかるが、このタイトルから絵を描く人の物語であるということを推察するのはほぼ不可能だ。

「騎士団長殺し」は作中で、ある出来事のイデア(観念)として、メタファー(暗喩)として語られる。
本書で重要なキーワードはもちろん、サブタイトルにも書かれている"イデア"と"メタファー"だ。
社会人生活が大学生活よりも長くなり、久しぶりに聞いた哲学用語に頭がくらくらした。"イデア"と"メタファー"があらわれるところから物語は難解な方向へ進んでゆく…。

後半は「私」が主観の世界(メタファーの世界)と現実世界を行き来する場面があるが、わたしは読みながらメタファーの海が深すぎることに気付き、溺れかけた。(つまりとても難しかった。これもメタファー)

「私」や妻のほかに登場人物はたくさん出てきて、物語内容を細かく語るのはとても簡単なのだが、それが何を意図しているのかがわからない。謎は謎のままで残されるものもある。
読了後すぐにプロローグを読み返したが、それでもよくわからない。

「目に見えるすべては結局のところ関連性の産物です。ここにある光は影の比喩であり、ここにある影は光の比喩です。ご存じのことと思いますが」
(第2部 371頁)

つまりはこういうことなのかもしれない。メタファーの奥深さに圧倒されるばかりだ。作中で「私」も謎かけのようなメタファーに翻弄され、がんじがらめになってしまう場面がある。

最終的に「私」は幾多の不思議な困難を乗り越え、メタファーの世界から現実世界へと戻ることができるのだが、読者としてのわたしはメタファーの世界に取り残されてしまった。

「私」が山奥の一軒家で過ごした日々は文学・音楽・芸術に囲まれた優雅な時間であり、それがとても羨ましく感じたが、不思議な物語展開に頭を悩ませられた。

ただの本では、あらない。それだけはわかった。