そろそろ書こうか、とここ最近ずっと思っていたことがあって。
この一年、旦那との冷戦状態が続いていて
冷戦と言っても、私は一度好きになった人のことって嫌いになることがないので
私にとっては、
一方的に嫌われている
呼んでも返事もない
話しかけても私だけ家庭内で無視
みたいな状況でした。
彼は彼でもちろん色々な理由があったのだろうけど
ああ、この人って一度シャッター閉めたらもうダメな人だから
関係が戻ることってないんだろうな
と思っていました。
まだ口をきいてくれていた頃になんとか聞き出したことには
そもそも、「うっかり女子でも大丈夫」という考え方がいやだと。
自閉って遺伝子とかではないけど
家族性みたいなものはあるってなんかの本に書いてました。
親子で性質が似ているというのはままあることだと聞くけれど
旦那はハルと傾向が似ています。
旦那はそういう生き辛さを
努力を重ねることで
乗り越えてきたんだろうと思います。
わざわざそういうことを言う人ではないけれど
ハルの診断の際、医師が勧めてくれた吉田友子先生の本を読んで
「俺がこれだ。」
と言って
だからか、とつぶやきながら
どこかほっとしたような
腑に落ちたような
そんな表情をしたように私からは見えました。
そういう彼にとって
それまで、泣きながらでも努力してなんとか家事や育児や仕事に取り組んでいた私が
まずは「自分」と意識を変えて
いろんなことを手放していき
苦手なことへの努力より
得意なことへの追及
できないがあってもいいじゃない
そういうスタンスに転換していったことは
自分の大事にしてきたこと
必死やってきたことを
足蹴にされるような
そんな気持ちがしたのかもしれません。
いろいろと気持ちの落ち込むような出来事があって
もう一緒に生活するのは限界だな、と感じて
今年の頭に離婚を申し出ました。
そのときに一番思ったのは
子どものことではなく
私の発信を見て、
「自分だけじゃないんだと、涙がでました」
「生きていてよかったと思えました」
と、メッセージやメール、または直接お声がけくださった女性たちのことでした。
子どもにとっては
不仲の両親と生活するよりも
離婚しても笑顔で過ごしているほうがハッピーなんじゃないかって思っていたのだけれど、
私の発信の先にいる方に対して
「うっかりでも大丈夫」っていって
離婚になるってorz
なんか私、間違ってたのかなぁ
あんなふうに言ってくださった方々も
こんなふうに悲しい思いをすることはないだろうか・・・
そんなことを考えました。
それで、そこまで考えて
あ、私
離婚を不幸って思ってるんだ?って思いました。
それはちょっと自分でもびっくりで
ああ、今まで出会った方々で
離婚されて
活き活きと生活している人が
どれだけいるか。
再婚されても
シングルで子育てされてても
あの人もあの人も、
全然不幸じゃないじゃん。
って、思いました。
そう思ったら
あー私よく一年もがんばったわ。
むしろ離婚した方がハッピーじゃん。
離婚するかどうかが問題じゃなくて
自分らしくあることで自分が幸せに生きられるか
「うっかり女子でも大丈夫」って
そういうことなんじゃないだろうか
って思えたんですよね。
さて、
そんなこんなで一か月子どもと3人での生活をしていたのですが
向こうから申し出があり、結局また4人で生活することになりました。
この先またどうなるかはわかりませんが
今のところ冷戦に突入する前のような
いろんな話ができるような関係が戻ってきました。
まったく想像していなかった展開にびっくりです。
自分が嫌な目に合うのは
自分のせいだ
自分が悪いからだ
自分ができないことがあるからだ
そう思うのをやめて
どう思われようと
自分の幸福を守ると決めたこと
それから、何があっても親権は渡さない
と意思を表明して実際に敢行したことで
何かが変わったのかな、とも思います。
私はあまりそう見えないみたいだけど
メンタルは豆腐です。(笑)
何も知らない他人からは何を言われても全然気にならないけど
距離の近い人
自分が大切に思っている人
尊敬している人
そういう人から嫌われるのが怖いのです。
だけど、結局は
「自分をしあわせにできるのは自分しかいない」
そういう決意を持つことが
きっと人生では大切なんだろう
という気がしています。
家族の形が変わっても
誰にどのような評価を受けようとも
自分が、自分の理解者であり、応援者であるということが
結局は身近な人との関係性を築いていくにあたっても大切なのかもしれません。
「自分なんて」という思いを持ったままでは、きっと相手と対等の立場を保つことは、できないから。



