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社民党の日本人拉致について書きました、お読みください。



社民党について一言。ほかの方のコメント欄でも書いたけど少し丁寧に記しておきます。


今回の記者会見のことは触れない。


ただ、社民党の凋落の根本原因は「北朝鮮を支持していたため、拉致問題やあの独裁体制の本質が明らかになった後、いくら人権とか平和とか言っても説得力がなくなった」こと。社民党はこのことを第一次小泉訪朝直後にはっきり認めないといけなかった。


逆に言えば、小泉訪朝は社民党も朝鮮総連も逆に生まれ変われるチャンスだった。あれを「敗戦記念日」として受け止められなかったことがすべて。土井たか子とその追従者たちがあそこで「敗戦責任」を取って退いていれば、一時は敗北してもその後の可能性はあったはず。


戦前の日本共産党は「平和のために軍部と戦い弾圧された」のではない。スターリンという最悪の独裁者の追従者だったのだ。なを、戦争に反対して弾圧されたのは創価学会もエホバの証人も同様。個々人の勇気は讃えるとしてもその思想まで正当化されるものではない。


ベトナム反戦運動は戦争に反対したのではない。北ベトナムの同伴者だったのだ(パリ協定以後の北ベトナムの南への侵略に反対するデモなど行われもしなかった)


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韓国民主化運動への日本での連帯者のほとんどは、北朝鮮の収容所体制にも帰国者や日本人妻の悲劇にも声を当時挙げてもいない。それどころか北の体制を礼賛すらしたものもいる。


部落差別をなくすことは間違ってはいない。ただ、解放同盟の糾弾闘争は、「差別されているものが『これは差別だ』と判断すれば被差別者はそれに従え」という、基本的に逆差別の論理を生んだ。



1980年代の反核運動は、事実上ソ連の同伴者であり、ポーランドの連帯への弾圧は隠蔽された。よど号犯までこの運動にはかかわり、社民党もまた関係していた。反核平和を求める善意は政治利用されていた。


そして、かつての日本社会党、そして社民党は、拉致問題について、「推定無罪」の姿勢を小泉訪朝まで取っていた。国家犯罪の被害者ではなく、犯罪国家の側に「人権派」のはずの政党がついたのだ。


人間も組織も、自分たちの過ちを認めるのは苦しいこと。しかし、以上の点を社民党が、どんなに苦しくてもきちんと反省し新たな左派リベラルの思想と政治運動を打ち立てる努力をしていれば、そこには何らかの可能性が生まれたはずだ。社民党にはすでにもう可能性はないだろうが、戦後の「過ち」と「歴史責任」を引き受けた新しい左派リベラルが生まれることを、私は「敵側」の人間ですが本当は望んでいます。リベラリズム自体は私は大変大事な思想で、世の中に必要だと思っていますから。