以前ブログで世界のほとんどの中央銀行は政府機関ではないことを指摘しました。
今回はアメリカで中央銀行の役割を果たす"FRB"がどのように乗っ取られたかをお話しします。
そもそもアメリカには中央銀行が存在しませんでした。
各州の代表的な民間銀行が独自に銀兌換紙幣を発行していました。
しかし、かつて"世界の銀行"であったシティはドル発行権奪取を狙っていました。
そこでまず最初に「今後の支払いには中央銀行が発行する金兌換紙幣しか受け付けない」と発表したのです。
さらに「民間銀行の銀兌換紙幣は信用できない」と一方的に引き受けを拒否しました。
1910年にJ・P・モルガンが所有するジョージア州のジキル島でモルガン、ポール・ウォーバーグ、ジョン・ロックフェラーなどの金融界の大物たちが秘密の会議を開き、中央銀行創設の計画が立てられました。
1913年にその会議に出席したウッドロウ・ウィルソンがモルガンやロックフェラーなどを後ろ盾として大統領に就任します。
さらに同年、ウィルソン大統領は"オーウェン・グラス法"に独断で署名してしまいます。🖋
この法案により、アメリカを12地区に分割して、それぞれに連邦準備銀行を作り、その上部に連邦準備制度理事会(FRB)を置く連邦準備制度が設立しました。🏦
"連邦"という名称がいかにも政府機関の印象を受けますが、12の連銀は全て民間銀行です。
株主は民間の金融業界人だけであり、政府は株保有を法律で禁止されています。
その株主は大部分がシティ勢力です。
ロスチャイルド銀行、ラザード、クーン・ローブ、ウォーバーグ、ゴールドマン・サックス、チェース・マンハッタン銀行などがFRBの株主たちです。
いわゆる国際金融資本の人たちですね。
