このブログには沢山の方が来られますが、今からどう行動していけばいいのか・・・と考えてしまう時期になられている方も多いと思います。
そのような時、kuのセッションやブログでは、大いなる流れの中で、静寂な中で流れに乗って行く・・・・という事を大筋、記事にしたりセッションしたりしています。
エゴをジタバタさせても、結局のその通りになることは少なく、仮に心配して行動しても結局大丈夫だった・・・・という事も多かったはずです。 笑
それゆえに、解放して、自分が神として膨らんでくると同時に行動の時を迎える・・・・という流がアセンション的として一般なのかもしれません。
なぜなら、ゆったりした気分というのは、豊かさであり、この世の中は豊かさを求めて行動しているのに、豊かさの気持ちになってないがゆえに、苦労ばかりしている恰好となっているからです。笑
しかし、この記事の来られる方の中に、まだ待つ時期、もうちょっとで飛び立つ人、もう飛び立って、日々イノベーションをかけて生きている人など。その人によって違います。
今日は、もうこの中でも大胆に行動する時が来ているのに、恐怖で動けない・・・という人も居ます。 もう魂が動く用意なのに、動けない・・・とか。
逆にエゴが静寂という言葉を使って、今度はダマしてきます。
すっかり静寂を学んだエゴは、まだその時は来ていない・・・・と逃げようとします。
大切なチェックする観方として、逃げようとしていないか・・・・ どうか・・・・・です。 そのとき、恐怖があるかどうか・・・・です。
恐怖があるから逃げたいのであれば、それはGOです。 もちろん、その恐怖のマインドを浄化したり解放してください。
「 ○○さんに会いたくない・・・」 というのなら、会いたくない理由にその人から逃げたいわけです。 不安、恐怖があることを正直になって認めて、その恐怖そのものを浄化してください。
○○さんに問題があるように見えますが、そうではなくて、○○さんに対して思う、恐怖を解放するのです。
すると、インスピレーションによって、いよいよ出る、いよいよ飛ぶ時期がわかって来ます。
湧き上がって来る、ハートから来る何かです。笑
このように、前に出て行く姿勢で、浄化するのと、逃げてばかりで浄化しているフリをするのは微妙に違います。
ですから、静寂とか静かというのは、別に動かないこと、じっとしていることではないです。
エゴが静寂を学んでしまうと、カタチにとらわれて、ジッとしていることだけが、静寂学ぶのです。
もちろん、ジッとしなくてはならない時もありますが、そうではなく、大きく動く時も、普通に動くときも、行動の事ではないのです。 行動と捉えて、頭の中にカタチを作るのがエゴなのです。
どんなに行動している中でも、静寂はあります。 ロッククライミングのような真剣に身体と心を統一するような、スポーツなどでも、思考ではなく、静寂さがとても大切なはずです。
「 今ここ 」でなくては、F1の何百キロのスピードの世界も、アイススケートの世界も、有名になりえません。 静寂です。
ですから、行動的な中にも、静寂はあり、 静かにしているフリして思考だらけ・・・もあるのです。このカタチに拘るエゴのダマしにも臨機応変となることが大切です。
結局、人生でいよいよ飛び立つとき、動かなくてはならない時というのは、必ず、うごけるようになります。
それは普段から、自分を柔軟にしていれば、柔軟な心でれば、その時が来た時は、純粋に動けるようになります。
それでも、動けるようになったときに、一歩前に出る時に怖いと思う時が さっきのそれです。
それは怖いということは、ワクワクだからです。久々に動くわけですが、久々ゆえに、でてきたのです。ですから、その怖さを解放してください。
浄化して解放して、浄化して解放して、動きやすくする。準備体操です。笑
もう動くときが来ている、前へ進むときがきている。 というより、魂が綺麗になってますから、
スムーズに後押しされるような行動ができるはずです。 そういう人の場合は・・です。
そのような時は、大きく動いた時に喜びと共に有ると思われます。そして大きく動かされた感じが出てきます。
目の前の世界も変ってきます。そのとき、異質なインスピレーションが働きます。
それが自分のステージが騰がった証拠です。 異質なインスピレーションは、今までの自分ではありえないような、異質な場所へ連れてってくれます。
異質とはいいかえると、新鮮な感じです。 そして行動すると、喜びとなり、こんどは一旦、大きなカルマが出てくる場合もあります。これはお釣りです。笑
とはいえ、新しい世界、新しい生き方など、大きな喜びの前進があり、気が付いたら自分の目のまえが変って行きます。 そしてその変容を受け入れながら生きていく事です。
これが、発展的な「 あるがままに生きる 」 という意味です。
あるがままというのは、ドラム缶の中に入って、静かに生活しているだけではありません。
状況が大きく変わっても、ストーリーが全く未知な世界になっていっても、抵抗せずに生き抜くことを あるがままに生きると という積極性も含んでいるのです。
病人みたいに、半分死んだように、生きることがあるがまま ではありません。
よく宗教やっている人の中には、病気が大好きで、病弱に生きていることで、 「 それでも生きているから・・・ありがたいんです・・・・」 という消極的な人がいます。
なんか、こうペーソスが漂うような、同情をもらわないと生きて行けないような、不自由さと、鎖に繋がれた、弱い生き物のような感じがします。
このようなマインドはアセンションの時代にはとても古い、感じがします。
これは宗教的な人格の人に多いです。 宗教的な人格の人というのは、過去に崇高なるものだけを求めて生きることをしてきたので、この世的な事にすこし疎かったりします。
しかし、「 あるがままに生きる 」とは、ただ空気すって生きていて、苦笑いしているだけの消極的なことではありません。笑
もっと、もっと、積極性を含んでいます。 かといって、無理矢理エゴの積極性ではなく、本来の自分の内面に眠っていた、龍のようなパワーが、いよいよ発進するようなものです。
湖の底に10000年いても、川の近くの洞窟に10000年いても、止まる時は、止まっている、そして飛ぶときは、その時を知って、一気に・・・・飛んでいく・・・・龍の如きです。
そして大きく動くときは、新鮮なインスピレーションにより、新鮮な出会い、新鮮な体験と発展していきます。 この発展とは、とても新鮮な新しい何かであって当然です。
それは、アセンションの時代だからです。
大きく動く中でのインスピレーションはすさまじい発展を導きます。今のその時を迎えている時の人もいるはずです。
けれども、恐怖があって動けないなら解放してください。その恐怖から逃げようとするなら、その恐怖を解放してください。
大切なのは、いつでも自由であるということです。 静か暮らして、過ごしている時も、力を貯めるという、自由がそこにあります。
そして、大きく動くのも自由、逆立ちするのも自由、ジャンプするのも自由。今から北海道行くのも自由、ハワイ行っちゃうのも自由・・・・・・笑 ぜーーんぷ自由なんです。
じつは、どれだけ自由になれることによって人生が開けていくるのくるかがわかるはずです。制限しているのは自分自身なだけなのです。
だれが、やっちゃいけないなんて言いましたか? 自分で制限かけているだけなはずです。
つまり、なすがままに生きていく ということは、自由な在り方を体現していく ということでもあるのです。
自由を阻害するような観念やカルマを取っていく事なのです。
そして、そんな中で行動することで、おおいなるインスピレーションが生まれ、インスピレーションからの大胆な行動によって、新たな体験ができた時、魂は喜ぶようになっているのです。
今日は、ストーリーの中での体験として、新鮮なアセンションの時代ならではの記事となりました。
このアセンション時代の新鮮な体験はスターシードとしての体験したい部分であり、どんどん経験されて良いと思います。
だけど、執着の度合いは、シフトされているので、あまりないと思います。
さらさらと流れるようなマインドで、発展を経験されてみてはいかがでしょうか。
その時期に来ている方も多いと思い、記事となりました。笑
宇宙波動www ↓
昇龍・プラチナ龍 ↓ Sirius
しっかり大地と繋がって・・・ ↓
あっけらかーんkuです。 すずけん放送局 ↓
大変申し訳ありません。 只今、すべての企画は販売してません。
完売中です。 9月末から再販売します。
販売開始日は、その1週間前くらいにここに、ご報告します。
殺到が予想されます。有難い限りです。 感謝です。
これから9月末に申し込んでも、 セッション設定日は、2月からになります。
約、4ケ月以上の待ちとなります。ご了承ください。
↓ ↓ ↓ HP












