直樹は小4の時に不登校になりましたが、

確かその半年後くらいだったでしょうか、、

ある日、急に私の右の奥歯が

ギーーーーン

と痛くなりました。

何か噛んだりすると、一瞬、気が遠くなるくらい痛くなり、歯医者さんへ行きました。



当時通っていた歯医者さんでは、すぐに歯が割れたとは分からず、その日は痛み止めを処方されて帰りました。

でも翌日、ロケ先でメロンを食べた時に、メロンを噛んだ瞬間に気が遠くなったので

再び歯医者さんへ行きました。




すると、

歯が割れている

という事でした。

治療後、先生に

私はどうして歯が割れたんですか?

と聞いてみました。

すると先生は

強く食いしばっていたからです

と言いました。

その頃の私は、奥歯を食いしばって踏ん張らないといけない毎日でした。

なので、先生の言葉で一気に涙が溢れて

じゃ、先生!

私は頑張っている、ということですね?

と聞きました。

優しい先生でしたので

そうです、そうです

と言ってくれました。

先生の仰る意味と、私が理解した意味には多少のズレがあったように思うのですが、当時の私には見解のズレを考える程の気持ちの余裕はなかったです。




私、頑張ってるんだ、、

だから歯が割れちゃったんだ

歯が割れちゃうくらい頑張ってるんだ

と思いました。

それはある意味、自分が頑張っていないから登校出来ないんだ

とどこかで思っていたから、自分を責めるのをやめたい気持ちがあったからなのじゃないかな、と思います。




あの頃の私は毎日、手探りで子どもと、子どもを取り巻く環境と向き合っていたように思います。

不登校に関する情報は、私にはあまり意味のない物のようにも思えました。

不登校、という枠組みではなく

「直樹」

としてしか考えられなかったからなのかと思います。

上手く伝えられずにすみません。

どうしてもこの時期は、あの頃の事を思い出します。



直樹のクラスのお母さんで、親身になって助けてくれたお友達がいます。

そのお母さんに

こんな苦しい経験がこの先なんの役に立つんだろう

と弱音を吐いた時、そのお母さんはしばらく考えてから

これを乗り越えたら、きっといい事がある

と、一言一言大切に言ってくれました。

私はその言葉を

絶対絶対絶対信じよう

と思いました。

そして今、割れた歯はちゃんと治療が終わったし、直樹は毎日を活き活きと過ごしてくれているし、豆はお散歩とお昼寝を楽しんでくれているし、私は安心をくれるお友達がたくさんいるし、ブログを読んで下さってたくさんのメッセージをいただけて、、

あぁ、本当にいい事がたくさんだ

って思います。