こんにちは~✨😃



今日はいつも参考にしている


鳥居ミコさんのブログをシェアウインクキラキラ下矢印



ミコさんのYouTubeを観ながら


ふっと湧いたのは


家族や


ああこの人わたし好きだなあと


思っている人に対しての


わたしの愛情表現が


平等じゃない


ということに対して


違和感というか


罪悪感みたいなものを


感じていたようなんですよねどうも




それで


紙にね書き出してみたの


「家族とは?」って


そしたら.......





「家族とは、仲良くなければいけない
家族とは、平等に愛さなくてはいけない」


が出てきたんだよね



そもそも


「平等ってなんだ凝視はてなマーク」って話なんだけど


とにかくそれが出てきたの



これは、過去の記憶うんぬんというよりかは


自分が人と接するときの熱量が


素直になってきたサインだと思うのね 照れ


遠慮しなくなったんだなあって



それは人によっても


その時のわたしのコンディションによっても


違うと思うんだけど


明らかに温度の違いがあるんだよね


だからイヤ!とか嫌い!という訳じゃないんだけど


そこを素直に表現するということに対して


ごまかしが効かなくなってしまったんだ


だからこそ


そんな悩みというか


違和感みたいなものが湧いてきたんだと思う照れ



なのでわたしはこう書き換えたウインク乙女のトキメキ下矢印



「家族とは、必要以上に仲良くしたり、ムリに声をかけたりしなくてもいい。思ったときに思った人に伝えたい気持ちを素直に届ければいい。

家族とは、等価交換でお金や愛を表現しなくていいよ。
出来る時に自分の出来るやり方で愛を示せばいいよ。
それが今伝わらなくても伝わる自分を信じればいい。→そこがブレなければ大丈夫」


これが書けたとき


というかこれに気づいたとき


ものすごく


「そうかそうか」と


涙が溢れてきました笑い泣き



ウソをつけない自分や


固定観念みたいなものが


すこーーーんと抜けた気がしました照れ



そして


わたしはこれがお金と


とてもリンクしてるなあって


思いました照れ



例えば今回だったら


葬儀のとき。


「通夜振る舞い」って知ってる?


ようは


葬儀の後


お酒やお寿司を頼んだりして


喪主の人が参列者に振る舞う


ことを言うんだけど


今はコロナということもあって


葬儀場が用意できないことになってて


その代わりって


従姉たちがサンドイッチやおにぎりを


買ってきてくれたり


お家に帰ってから


お弁当を頼んだりしてくれたんだ


そして葬儀場からお家


そして伯母の家から帰る時も


タクシーを呼んでくれて


お金を持たせてくれたの



きっとね


以前までの私だったら


「いらないよ~いいよ~」のラリーを


繰り返して


受け取り拒否してたと思う


そうすることがマナーだし


相手への思いやりだと思ってたから



でも今は


「ただありがとう。と受け取る」


以上。



もちろん、その後に


言葉で返したいな~とか


手紙を書きたいなあと思ったらそうするけど


基本的には


ただ受け取るだけでいい。と思ってる



通夜振る舞いってね


喪主の人が


大切な人の死を受け入れるための


大事なプロセスなんだって✨



お酒やお寿司を振る舞いながら


故人について話したりする


ああこの人はこんな人だったんだって


実感するし


不謹慎かもしれないけど


システマチックでも


食事を準備して振る舞うことで


いったん悲しみの淵から


少し自分を切り離すことが出来る


そうしていく中で


だんだんと受け入れていくんだなと



子供のときはさ


「なんで悲しいことなのに、お酒やお寿司食べてケラケラ笑うの?なんか失礼!」


って思ってたんだけど(大人びてるでしょう滝汗(笑))


「ただありがとう。って受け取ることが、相手への思いやりだし、それが相手のためになるんだな」


ってことをものすごく実感したんだよね照れ



今回湧いてきた違和感は


これをわたしに気づかせてくれる


ためのものだったんだな


ってことが分かって嬉しかった爆笑



なおこ