愛されなおちゃんです
いつも読んでいただき、ありがとうございます
最近、ご縁があって、「大切な人をなくしたかた」とお話する機会があった。
プライバシーがあるので、細かいことは
伏せるけども
パッと見は、
まさか、そんな哀しみのうちにいるとは
分からないくらい
本当にフツーだった。
私も父をなくしているので分かるけど
ポカーンという虚無感、悲壮感
脱力感みたいなのは
その方からはあまり感じなかった
でも、なんとなく
一生懸命笑ってる
「どうして行っちゃったの?」と
問いかけても返ってこない問いの
答えを一生懸命探している
そして、その中でできる範囲の力で
日常の生活に適応してるようだった
私はその方と話しているなかで
「苦しかったら、その抵抗をゆるめたらどう?」
って提案をしてみたんだけど
落ち着いて考えてみたら
そんなの、手放せてたら
とっくに解放できてるはずなのよね
母親だったり、恋人だったり
愛情が大きかったり
距離が近かったりすればするほど
自分を責めるみたい、ってことが分かって
父の場合は病気で余命宣告もされてたから
自分を責めることはなかったなと
昔のことを思い出したりしていた
そして分かったことがある
自分を責める=自分を傷つける
にはならないんだ、ってこと
一見するとネガティブなことに見えるけど
そうやって自分に問いかけることで
一生懸命、踏みとどまっているんだと思う
その時は分からなくて
「神さまなんていない」と
世界を呪いたくなって
生きるのが億劫になって
もがき苦しんで
というのが
大切な人を失ったあとに
「自分を取り戻す、自分に帰ってくる」には
必要なプロセスなんだってこと
その方は
自分と対話しながら
若干、人ごとみたいに
日常生活で人と関わることで
それに反応する自分を観察することで
実況中継みたいに自分を見て
感覚を取り戻しているように感じた
生きることを諦めていない
大切な人を失ってもなお
人と関わりたい
そんな生命力を感じた
私は長年たくさんコンプレックスを抱え
自分を責め続けてきたので
自分を責める=ダメ
みたいに思っていたけど
「自分を責める=自分を守る」
ってこともあるんだなということが
分かりました
検索してみたら
「自分を責める、相手を責める=防衛本能」
なんだって
結局、一期一会ってことで
連絡先は聞かないでおこうって
なったんだけど
バイバイするときに
「元気でいてください
」
って言葉がとても印象的だった
今回はそんな出逢いに恵まれたひとときでした
以上、愛されなおちゃんでした